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かつての理系女は旗印をたてる

 その日、ヴェローニカは帰ってこなかった。

 夕方までに突破口破壊の報告は来た。報告のすぐあとから負傷者がつぎつぎと搬送されてきて、アンたちは治療室で働き詰めとなった。今まで見たことがない数の負傷者だった。少数だがヴァルトラントの者もおり、治療後は牢に隔離された。

 必死に治療をつづけへとへとになっていると、中庭に呼び出された。

 悲しい仕事である。戦死者の葬儀だ。


 ずらっと並ぶ棺の中の者を、ひとりひとり確認した。名前を覚え、顔を覚える。民のため、国のために戦ってくださり、ありがとうございます、と思う。

 全員の顔を見終わったところで祈りのため前に出ると、ルドルフは戻ってきていたが、ヴェローニカの姿はなかった。


 動揺した。


 女学校入学以来、ずっと親しく導いてくれた方だ。先輩というか姉のような人だ。女学校卒業後のアンのやってきた仕事の多くは、ヴェローニカとの共同作業だった。

 もしかして初冬の荒野に、あの美しいお顔を、お姿を晒してしまっているのかもしれない。


 そう考えたら、膝から崩れ落ちそうになった。


 そのアンの顔色をみたのか、顔見知りの第三騎士団の騎士が寄ってきた。

「アン様、ヴェローニカ様はお元気です。だれが止めても新突破口の近くの陣地から動こうとしないのです。明日の朝まで守り切るとおっしゃいまして」

「そ、そうですか、お怪我は」

「まあ多少はされていましたが、お元気です」

「補給は」

「あのお菓子がいっぱいあって、酒のつまみにはならないからちょうどいいとおっしゃっていました」

「そうですか、ありがとう」


 儀式を中断してしまった。今夜の葬儀はヴェローニカのかわりに領主メルヒオールが行った。


 作戦室に行き、そこにいる参謀達と一緒に戦況の分析を行った。

 ノイエフォルトとグリースバッハは陥ちなかった。

 新突破口は破壊され、今夜はヴェローニカの監視下にある。

 つまりは今日の作戦は成功だと言うことだ。

 参謀達がほっとした表情を見せる。

 一応指揮官となっているアンは指示を出す。

「出撃していた部隊は休養に入ってください。興奮状態にあるようであれば、ポーションをのませてもかまいません。守備部隊は交代で仮眠をとり、明日の朝までがんばりましょう。なにかご意見、ご質問は」

 細かいことしか出なかった。

「では私は門の見張り台まで参ります。敵残存兵力が、最後の賭けに出てヘルムスベルクを襲わないともがかぎりません。そのときは私も微力ながら戦います」

 レギーナが血相を変えて前に出てきた。

「なりません。街の城壁の警備は大丈夫です」

「そうですが、警備の皆さんはお身体は大丈夫でも神経がすり減っています。警備に増援できる余力はもうありません。であれば私も街の守りにお役に立ちたいのです」

「アン様の存在自体、街の守りの支えになっています。そのアン様が前に出るなど」

「もうここまで来れば、力で守り切るだけです。私も直接力に加わりたいのです」

「わかりました。親衛隊の我々が、命に変えましてもお守りいたします」

 そういった瞬間、レギーナの後ろにラファエラ、エリザベート、ディアナ、レベッカ、カロリーナ、ネーナ、マリカが並ぶ。さらにはフローラ、ヘレン、ネリスもいる。皆胸に、親衛隊の徽章をつけている。

 まあついてくるだろうとは思っていたので、

「みなさん、よろしくお願いいたします」

とだけ言って、部屋を出た。

 そのまま厩舎へ行こうとしたらフローラに止められた。

「すこしは準備しなさいよ。あんただけでなく、レギーナ達にも時間をあげてよ」

「みなさん、夜に必要なものをご準備ください。準備ができましたら、厩舎に集合ということで」


 自室に帰り、下着を改め、手近にあったお菓子類をポケットに詰める。他はどうしてるかなと見ると、フローラもヘレンもネリスも同様にしている。

「ヘレン、守備の各部隊にお菓子の配給増やせないかな?」

「うん、それくらいはあると思う。あとで頼んどく」


 厩舎に行くと、親衛隊の女騎士8名はすでに待っていた。さすが本職は仕事が早い。そしてマリカは旗竿に大きな白い旗をつけたものを持っている。

「それは何でしょうか」

と尋ねると、

「聖女様の旗印です。徽章のデザインをもとに私達で勝手に作りました」

「みせていただけるかしら」

「はい」


 旗の中央に円がある。円の中には波の形、ただし海の波の形ではなくて丸い波の形、数学的には高校で勉強するサインカーブである。これが上と下、左右に上下対称に描かれている。要は定在波だというのだろう。その波のカーブの上に雷のマークが入っている。

「フィリップ様のデザインは、波は国民の協調を、雷のマークは電撃のような聖女様のお知恵を表しているとのことです。徽章の丸印だけではさみしいので、その下にルドルフを書きました」

 フィリップの説明は、おそらく適当だろう。

 

 杏が愛し研究していた超伝導現象は、一部の金属を低温にしたとき電気抵抗がなくなってしまう現象である。これはある意味、金属中の電子がバラバラでなく、協調したような振る舞いをするとも言える。これをコヒーレンスと言うが、フィリップはそれを定在波のデザインで表したのだろう。もちろん雷マークは電子を示す。

 結局フィリップデザインの親衛隊徽章は、単に超伝導を表している。一目でアンは気に入った。今に至るまで、親衛隊の徽章を真面目に見なかったことが悔やまれた。

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