かつての理系女は出撃部隊を見送る
日が昇る頃、前線から作戦室に情報が入り始めた。
敵の攻撃が活発なのはノイエフォルトの近くの新突破口であるが、ノイエフォルト自体もグリースバッハ近くの古い突破口付近もそれなりに活発だそうだ。ノイエフォルトの迫撃砲、火炎瓶、グリースバッハの大砲はかなりの効果をあげていて、敵の押し出しを防ぐことに成功しているらしい。
問題は新突破口で、突破口の予想は的中していたのだが敵兵力が予想を大幅に上回っていた。築いていた陣地も一部破壊されていると言う。追加投入した戦力が間に合うかどうかだ。ここが陥ちると敵はノイエフォルトの背後を突く可能性が高い。
地元の古老の話だと、天気はもって明日いっぱいだとのことだ。
ヴェローニカはブラウアゼーの第二騎士団と王都に救援要請を行った。しかし往復にかかる時間を考えると、到着は明日の早朝がいいところだろう。
アンは許可を取って街の門の見張り台に上がらせてもらうことにした。領主の館を出て街中を馬で進むと、ときおりドーンという音が聞こえる。大砲か迫撃砲か、新兵器が活動している音である。街はほぼ活動停止しており、どの店も閉め切っている。市民に生活必需品が渡っているのか心配になる。
見張り台は高かった。駆け上がっていったのだが途中で力尽き、息を切らしながら歩いてよろよろと登る。
見張り台にたどり着くと、そこにいた兵士が、ノイエフォルトの方角、グリースバッハの方角を教えてくれた。どちらも複数の煙が上がっている。ノイエフォルトの方が煙が多く見えるが、それは火炎瓶を使用しているからだろう。煙はあまりたなびかず、まだ好天がつづく気がする。
もう一つ、はっきりと煙が上がっている地点があり、それが新突破口だそうだ。この視界があれば、敵遊撃部隊がヘルムスベルクへの接近もしっかり把握できるだろう。そしてどの方角を見ても、雲はほとんどない。
急いで領主邸の作戦室に戻る。
「何か見えましたか」
ヴェローニカの問いに、あまりいい返事はできない。
「私から言えることは、まだ天候悪化の兆しは見えない、ということです」
「そうですか」
「一般市民は、きちんと食べられているでしょうか」
「それはまたなぜ」
「すべての商店は休んでいました。日々の食事をその都度買うような人は、困っているのではないでしょうか」
「それもそうですな」
ヴェローニカは人を呼んで指示を始めた。
昼になった。ノイエフォルトとグリースバッハの防衛戦は、優勢というか敵が攻めあぐねている感じ、新突破口周辺は、遊撃部隊化しそうな敵兵をもぐらたたきのように潰しまくっているとのことだ。ただ、突破口自体は敵によりガッチリ守られ、次々と新手が繰り出されているらしい。
「うーむ、決戦はやはり明日か」
ヴェローニカがつぶやいた。アンはこれに異論を唱えた。
「ヴェローニカ様、素人考えではありますが、今日のうちに決着をつけるべきかと思います」
「何故でしょうか」
「夜の間に、敵は遊撃部隊をさらに送り込んでくると考えられます。夜、視界がきかないうちに方方を荒らしまわる、または明日の決戦にそなえて潜伏する、さらには明日以降に遊撃戦を展開するなどが考えられます」
「しかし、兵力が」
「街の防衛に必要なのは最低限にし、思い切って新突破口を叩くべきです。ルドルフも出します。予備の迫撃砲も投入すべきです」
しばらくヴェローニカは腕を組んで考えていた。気がつけば作戦室にいる参謀達もみな、ヴェローニカを見つめている。ややあってヴェローニカは決断した。
「第一騎士団第三中隊、第三騎士団第一中隊は真突破口へ出撃、指揮は私がとる。残りの部隊は聖女アン様の指揮下に入れ。領主のメルヒオール殿には、アン様の補佐をお願いしたい。親衛隊の8名はアン様をお守りせよ!」
アンとしてはヴェローニカまで出陣する必要はないと思うし、逆に自分が前線に近づき治癒魔法とか最悪の場合でも攻撃魔法とかで貢献できる。なんだったらルドルフを指揮してもいい。
ただヴェローニカがはっきりと出ると言い切っている以上、アンとしては今更反対意見を言うのは控えた。そんなアンの心うちを察してか、ヴェローニカはいつものようにニヤッと笑った。
「ご心配なさらずとも、このヴェローニカ、敵を蹴散らしてくれましょうぞ」
「どうかご武運を」
そうとしか言いようがなかった。
急遽中庭に出撃部隊が整列した。第一騎士団の男性騎士、一般兵士、第三騎士団の女性騎士達がずらっと並ぶ。ルドルフも並んでいる。ヴェローニカが演説を始めた。
「敵は今朝方新突破口をつくり、つぎつぎと新手を繰り出してきている。そのため我が軍は後手後手にまわってしまっている。聖女様の予想では、敵は今夜、新突破口からさらなる遊撃部隊を我が国の領内に送り込む。したがって今日陽のあるうちに新突破口を叩き潰す。新兵器迫撃砲のみならず、ドラゴンのルドルフも投入する。だから勝つ。絶対に勝つ。皆力を合わせ、祖国を守るぞ!」
ウォオオーという力強い声が起きた。
アンはヴェローニカに促され、台上に立つ。声を張り上げる。
「皆様の気力、能力、私は信じております。皆様のお力であれば、かならずノルトラントは守りきれます。ただひとつお願いしたいのは、命を大事にしていただきたいことです。死んでしまったら、国を守り続けることはできません。生き残ることを恥とせず、命を粗末にすることを恥とお考えください。ご武運をお祈りしております」
アンは心の中で修二に力を借り、力一杯祈った。皆さんに矢があたりませんように。魔物の毒を浴びませんように。白兵戦で負けませんように。
祈っていると再び中庭が大きな声で満ちた。
「聖女様の御加護があるのだ! 我々に敗北は無い! 出撃!」
各部隊の隊長達の号令が聞こえ、部隊が動き出した。