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かつての理系女は武運を祈る

 好天が予想される前日、アンは忙しかった。敵の攻勢が予期されるので、ポーションの出荷を手伝っていた。カサドンを発見した時にわかったことは、前線では大怪我に備えて少しくらいの怪我だとポーションを使い惜しみしていたことである。有り余るほどの在庫が各部隊にあればそんなこともおきないだろうから、とにかく増産させてはいた。大攻勢であれば大量に消費するはずだから、思いっきり輸送しておく必要がある。

 

 また、忙しいのに余計なことを思いついてしまった。火炎瓶の燃料にポーションを混ぜたら、毒系統の魔物への攻撃力が上がるのではなかろうか。人間や普通の魔物相手には逆効果かもしれないが、毒系の魔物はやっかいらしい。だから火炎瓶を作っている部屋にポーションを持っていって、そこの親方に話してみた。親方は忙しいのを邪魔されたと思ったらしく最初は嫌な顔をしていたが、内容を聞いてやってみてくれた。試作品としてマークをつけて出荷すれば大丈夫だという。

 

 新たな突破口の予想には、鹵獲した地図を活用した。好天が訪れる前に部隊を配置しないといけないが、それには女学校1年の冬、第三騎士団ではじめた研究が役に立った。アン達は距離の単位をネリスにして、天候と視界のききぐあいを調べていた。その後第三騎士団でその研究を継続し、吹雪の中での行動力は、なんと全騎士団中第三騎士団がもっとも優れているらしい。だから予想地点への道案内にはなんと第三騎士団が行ったとのことだ。

 

 アンとしてもグリースバッハかノイエフォルトに行きたいと思うのだが、ヴェローニカに一蹴された。

「最高指揮官は作戦室で全体を正しく把握しなければなりません」

 ヴェローニカはそう言うのだがアンとしては、

「ここでの最高指揮官はヴェローニカ様ではないのですか」

と言うしかない。ところがそれも、

「何を仰る、私等ただの飾り、よくて相談役、実質的にアン様が動かしているではないですか」

と大笑いされた。このヴェローニカの決定にはフローラ、ヘレン、ネリスも不満である。

「それはそうと真面目な話なのですが」

 ヴェローニカが珍しい口調で話しかけてきた。

「アン様は眠りの魔法とかおできになりますか」

「はあ、やったことはありませんが、癒やしの魔法の系統でできると思います」

「そうであれば私を含め、参謀たちの半分を今夜はやいうちに眠らせていただきたいのですが」

「それはまた何故でしょうか」

「詰めているものはみなある種の興奮状態にあり、いつ敵が動くか気になって眠れたものではありません。しかし疲れた状態で戦闘に入るのは避けたいのです」

「承知しました、のちほどおかけします。その時、お声がけください」


「アン様、お起きください。時間です」

 領主邸のメイドがアンを起こしに来た。

「天気はどうですか」

「とても寒いので、おそらく晴れているかと」

「わかりました」

 アンが起きるとそのメイドは他の3人も起こしにかかった。窓の外は真っ暗である。

 

 作戦室に行くと、さっぱりした顔のヴェローニカが出迎えた。

「おはようございますアン様、敵の動きはまだありません」

「そうですか、待つだけですね」

「そういうことです」

「よくお眠りになれましたか」

「おかげさまで溜まっていた疲れも取れました」

 まあ癒やしの魔法の応用で眠らしたのだから、疲れも取れたのだろう。

 

 作戦室には眠ってもらった参謀たちが顔を出し始め、徹夜組と情報の交換をしている。情報を交換しおわった徹夜組の参謀は静かに退出していく。寝ることも戦いなのだ。

 アンはヴェローニカの横に陣取って、地図やら報告書やらをチェックしていく。いまのところ全く敵の動きは無い。ただ、前線と作戦室の距離はそれなりにあるから、今この瞬間戦闘が始まっていても全く不思議ではない。なんとかして無線ができないかとかなり無理なことを考えていると、ヘレンがお茶を淹れ始めた。

 

 お茶がスタッフ一同にまわったころ、廊下に大きな足跡が響いた。

 その時が来たのだ。

 

「新しい突破口から敵が侵入しました。場所は予想通りの地点ですが、敵勢力は予想より多いです」

 作戦室が騒然とした。

「グリースバッハはどうなってる?」

「ノイエフォルトは?」

 ヴェローニカが大音声を発した。

「皆落ち着け! 至急応援部隊を派遣する。第一騎士団第二中隊、第三騎士団第二中隊、準備でき次第出撃!」

 これは重大な命令だった。ヴェローニカは第三騎士団団長だから本来は第一騎士団への指揮権は無い。ただ、このような場合に備え、勅命によりヘルムスベルク周辺に展開する第一騎士団の部隊に対する指揮権が与えられていた。問題は第三騎士団第二中隊への出撃命令である。第三騎士団は女性騎士により構成されているから、通常儀仗部隊としての業務が多い。現在はアンの警護のため前線に近づいているだけで、これまで参加した戦闘も護衛任務中に限られていた。それが今、ヴェローニカは第2中隊に防衛戦とはいえ通常戦闘に出撃を命令したのだ。

「ヴェローニカ様」

「同行は許可できません」

「わかっております。ただ出撃の見送りをさせてください」

「ありがとうございます」

 アンは作戦室を出て、自室にもどった。騎士の服装を脱ぎ、聖女の略装に替えるためである。着替え終わると急いで領主邸の門に向かう。

 

 なんとか間に合った。

 

 門の脇に立ち、出撃する部隊を見送る。第一騎士団の団員も、第三騎士団の団員も、みなアンに目をあわせる。アンは武運を祈った。

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