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かつての理系女は旧友を治療する

 カサドンは領主の館の治療室に担架で担ぎ込まれた。担架の横にはネリスが心配そうについている。アンは、

「ヴェローニカ様、行ってきてよろしいでしょうか」

「はい、こちらはなんとかしておきますから、みなさん、どうぞ」

 するとフローラは、

「ヴェローニカ様、私とケネスはむこうであまり接点がありませんでしたから、仕事の方をお手伝いいたします」

「そうか、すまないな」


 アンとヘレンは治療室に行った。ひとつのベッドの横にネリスが座っていた。

「ネリス」

 アンが呼びかけると、ネリスが顔を上げた。目が真っ赤だった。

「聖女様、おかげで会えた。ありがとう」

「うん、よかった。で、具合はどう?」

「うん、よっぽど疲れているのか、寝たり起きたりの繰り返し」

「そう、心配?」

「いや、傷も炎症も治まっているから、ゆっくり休ませれば大丈夫だと思う」

 ネリスはいつものオヤジ口調ではなかった。それだけカサドンに会えたのがうれしく、安心できたというのが伝わってきた。

「ネリス、今夜はカサドンの看病ね」

「あ、名前は聞いた。マルスだって」

「ほんと? 強そうな名前ね」

「うむ、ワシの相方にピッタリの名前じゃ!」

 やっとネリスがいつもの調子に戻ってきた。それを見たからか、ヘレンがすっと立ち上がって部屋を出ていった。

 

「しかしじゃな、腹が立つのはこやつ、譫言で聖女様、聖女様と言うばかりでな、ワシの名は全然呼んでくれないんじゃ」

「そうか、それはいかんね」

 アンはマルスの耳元に口を近づけ、

「真美ちゃんを大事にしないと、ゼミでしごくぞ」

と言ってみた。

「真美先輩、許してください。一番は真美先輩ですから」

と譫言で言い始めた。アンは苦笑いしながら、

「だってさ」

「うむ、かたじけない」


 しばらくするとヘレンが戻ってきた。トレーに飲み物や食べ物を沢山乗せている。

「おう、さすがワシの妾、ようわかっとる」

「うん、ネリスここに居たいでしょ。アンも食べるのよ」

「そっか、夕食時か」


 食事が始まった。あまり話題はない。カサドンを発見できた喜び、生きて帰れた安心感で、かなりの疲労感を覚えていたからだ。病室だから、という遠慮もある。一通り食べ終わった時、ヘレンはポケットをゴソゴソとし、菓子を3個出した。補給にまぜるためにヘレン自ら焼いた菓子である。アンは嬉しくて、

「これで元気出たら、回復魔法がかけられそうよ」

と言ったら、ネリスは自分の菓子をアンに渡した。

「カサドンを見つけてくれただけで嬉しいのじゃが、これでカサドンが早くよくなるのなら」

と、ネリスが言った。するとヘレンも自分の菓子を差し出して言う。

「私もおんなじ」

「じゃ、じゃあ遠慮なく」

 遠慮なく、とは言ったものの、やっぱり後ろめたい。自分のを食べきったところで残り2本。1本を半分に分けて二人に渡した。

「あのさ、そんなに見つめられると食べらんないよ」

「うむ」

「うん」

 二人は案外素直に半分ずつ食べてくれた。

 

 魔力・体力が回復してくるのがわかる。お菓子の効果が半分、友人二人からもエネルギーが流れて来ているとも思う。早く消化・吸収されて、私の力になってと思う。

 カサドンに向き合う。今この病室に他に十人ほどの患者がいる。ついでにやってしまおう。

 立ち上がって祈る。

「神様、修二くん、力をかしてください。ここにいる皆さんを元気にしてください」


 病室は静かになった。患者達はカサドンを含め皆すやすやと寝ている。熱も痛みも無くなったのだろう。部屋を見回したヘレンが言った。

「明日の午前、病室の仕事無くなっちゃったね」


 念の為一晩付き添うと言うネリスを置いて、アンとヘレンは作戦室に行く。作戦室ではレギーナ達がヴェローニカやレベッカたちと話していた。聞こえてくるのはレギーナ達に戦況を伝えるレベッカの声だ。レギーナから王都の状況はすでに報告したのだろう。

「二人の様子はどうだ?」

 ヴェローニカが聞いてきた。

「一晩眠れば元気になると思います」

「とりあえず今夜はネリスには自由にしてもらおう」

「そうしていただけると、友人としてありがたいです」

 ヴェローニカはフフッと笑い、レギーナに向き直った。

「それはそうとレギーナ、胸につけているそのマークはなんだ? 第三騎士団ではそんなもの許可した覚えはないぞ」

 レギーナ、ラファエラ、エリザベート、ディアナの四人はまだ甲冑姿で、確かに胸元に見慣れないマークをつけている。ヴェローニカの言葉を聞いた四人は、なぜか急にアンの方を向いて姿勢を正した。

「申告が遅れました。聖女様親衛隊、レギーナ、ラファエラ、エリザベート、ディアナの4名、只今着任いたしました!」

 四人がアンに申告するのを聞いて、ヴェローニカ、レベッカ、カロリーナ、ネーナ、マリカの5名は腰を抜かすほど驚いた。

「ちょっと待て、なんだその親衛隊というのは!」

 ヴェローニカである。

「アン様達の護衛は、ずっと私たちがやってきたのに!」

 レベッカである。

「一体誰よ、そのトップは!」

 ネーナである。

 アンはヘレンに、

「フィリップよね」

と言うと、ヘレンは、

「そうだよね、ごめん」

と返した。


「なんですか、アン様、親衛隊、ご存知だったのですか」

 ヴェローニカの口調は、完全にお怒りである。ヘレンが代わりに答える。

「知らなかったと思います。ですがフィリップが、むこうでも似たようなことをしていましたから」

 ヴェローニカはこんどはレギーナに聞く。

「そうなのか? 説明せよ」

「はい、フィリップ殿が発案し、全騎士団の中から志願者で聖女様の親衛隊をつくることになりました。聖女様の身辺の警護が必要な時にだけ編成されます。胸の徽章はフィリップ隊長から認められたものだけに交付されます」

「なんだと、わかった、私は明日王都へ戻り、フィリップ殿に談判してくる。レベッカ、カロリーナ、ネーナ、マリカ、同行せよ!」

「「「「ハッ」」」」

「お待ちください、皆さんの分の徽章もありますから」

 レギーナがそう言い、ディアナがポケットから包みを出した。

 包みにはレギーナ達がつけている徽章と同じものが8個入っていた。

 ヴェローニカ、レベッカ、カロリーナ、ネーナ、マリカはそれぞれ手を伸ばす。

 3個あまった。

「これって私たちの分よね」

 フローラがそう言って手を伸ばす。アンもつい手を伸ばすとヘレンに叱られた。

「それはネリスの!」

 アンは慌てて、

「わかってるわよ。私から渡そうかと」

と嘘をついた。すると今度はネーナが文句を言った。

「だめです。ネリスだけアン様から親授されるなど、不公平です!」

「「そうです」」

 というわけでアンだけ徽章なし、ちょっと寂しかった。

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