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かつての理系女は帰還する

 グリースバッハの救護所で、アンは傷からの感染症に苦しむ一人の少年兵を見つけた。その少年兵は譫言で「ハミルトニアン」とか「交換相互作用」とか言っていた。もちろんそんな概念はこの世界にはなく、地球の物理学用語だ。だからアンはヘレンにネリスを大至急呼ぶよう頼んだ。

 とりあえず治癒魔法をかけると、患者は静かな寝息を立て始めた。


「なんじゃなんじゃ」

 すぐにネリスはやってきた。

「ネリス、この少年兵なんだけどね」

「うむ、良い筋肉じゃ、しかし、む、むむ」

 ネリスは察したようだった。

「さっきまでね、熱でうなされてたんだけど、ハミルトニアンとか交換相互作用とか言ってたよ」

「では、やはり」

「そうだと思う。だけどかなり熱にうなされてたから、しばらくまだ寝ていると思う」

「では、ワシはここに残る」

 すると先程アン達を救護所に案内してくれた騎士が発言した。

「あの、ここは夜は危険です。いつ敵襲があるかわかりません」

 ヘレンがその騎士に聞いた。

「いままではどうでしたか」

「なんとか防ぎ切りましたが、私はやはり危険だと思います」

 アンはとりあえずの結論を出す。

「決断は急がなければいけない。こうしている間にも夜は近づいてくる。ヴェローニカ様に聞いてみよう」


 急いでヴェローニカのところに行く。ヴェローニカは鹵獲した地図を見ていたが、バタバタと入ってきたアン達を見て「どうした」と言った。

 アンは手短に、

「最後の一人が見つかりました。ただ負傷していて治療しましたが、現在寝ています。ネリスが今夜付き添いたいと希望していますが、ここの騎士は危険だと反対しています」

と報告した。

 それだけですべて察したのだろう、すこしだけ考えてヴェローニカは決断した。

「予定通りすぐにここを発つ。ただしその人については、馬車で輸送する。馬車のスピードを上げるため、その馬車には荷物をつまず、御者以外はネリスとヘルムート殿だけが同乗せよ」


 大急ぎでグリースバッハを出発した。アンには忘れ物があるような気がするが、そんなことに構ってはいられない。夜の訪れまでに、なんとしてもヘルムスブルクに辿り着かなければならない。

 心強いのはルドルフの存在で、一行の頭上をぐるぐる回っている。

 気の毒なのは捕虜のヘルムートで、目隠しされた上に両手両足をしばられていた。ヴェローニカは出発前ヘルムートに、

「申し訳ないが、貴殿を監視するのに人数をあまりさけないのでな。しばらく我慢してくれ」

と言っていた。


 もう冬と言ってもいい季節であり、日の落ちるのは恨めしいほど早い。アンは草むらに敵兵が潜んでいないか、必死に目をこらした。揺れる馬上から隠れる敵を見つけるのは難しい。


 薄暗くなってきた。日没までにヘルムスベルクまでたどり着くのは難しいかもしれない。

「ルドルフ、お願い」

と、思っていたら道の前方に土煙が見えた。

 

 出迎えであればよいが、敵であれば最悪である。空を見上げるとルドルフは落ち着いて飛んでいる。

 

 土煙の中に、第三騎士団の大きな大きな旗印が見える。白地に真っ赤な薔薇の紋章だ。あの紋章はヴェローニカ様そのものだと、アンは思った。

 近づく騎士たちの顔に懐かしい顔が見える。

 レギーナ、ラファエラ、エリザベート、ディアナである。

 休暇のため王都にとどまってもらっていたのだが、ついにヘルムスベルクに来てくれた。

 

 助かった、と思った。

 

 それがアンの乗馬の姿勢に出ていたのだろう、ヴェローニカが言った。

「アン様、ご安心されるのはまだ早いです。ヘルムスベルクに帰り着くまで、気を抜かないでください」

 アンがヴェローニカの方をみやると、ヴェローニカの笑顔が薔薇に見えた。

 

 ヘルムスベルクの城門は赤々と火が焚かれ開け放たれていた。戦時の今は日没とともに閉門であるので、一行を待っていたのは間違いない。門をくぐってもスピードを落とさず領主の館へむかう。

 数人の騎士たちが道を開けさせるため先に出ていて、通行人が追いやられるのが見える。

 

 アンは通行人たちに申し訳ないと思うが、今更隊列の速度を落とすのも難しそうだ。ごめんなさい、ごめんなさいと思っていると、街の人々の中から声が上がった。

 

「バンザーイ」

「ヴェローニカ様、バンザーイ」

「騎士団、バンザーイ」


 騎士団はヘルムスベルクの人々と良好な関係を築いているらしい。アンは馬の速度を緩めないよう気を使いながらも、背を伸ばし、笑顔をつくることにした。そう言えばヘルムスベルクに来て以来、街に出たことは一度もなかった。フローラとケネス、ネリスとカサドンはこの街でデートに行けるだろうか。

 

 アンはふと、カサドンのこちらの世界での名前をまだ聞いていなかったことに気づいた。カサドンが運ばれた馬車はかなりの揺れだっただろうから、強制的に目覚めさせられたかもしれない。そうだったらネリスは名前くらい聞き出しているだろう。

 

 カサドンはむこうの世界では、何故か男性にもてた。先ほど見かけたカサドンもムキムキマッチョっぽかった。こちらの世界でBL的嗜好に走っていないか、アンはちょっと心配になった。

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