かつての理系女は捕虜を尋問する
グリースバッハの小屋で、アン達は捕虜の尋問を始めた。目隠しと猿ぐつわをしていたのだが、それを外したとたん、捕虜は舌を噛んで自殺を図った。アンは治癒魔法をかけた。それでも捕虜は自殺を図る。その繰り返しになってしまった。
憎しみを込めた目で捕虜は室内にいる人々を睨む。アンは正直、怖いと思った。
ヴェローニカは先程の地図を突きつけ、
「この記号の意味はなんだ?」
時いたが、捕虜は無言だった。
遠くでまた爆発音が響いた。捕虜が少しだけ、怯えた目をした。
「諦めて、地図の記号の意味を言え!」
またも捕虜は舌を噛んだ。
もう一度目覚めさせられた捕虜の前に、ヴェローニカは椅子を置いて座った。長期戦の構えである。
また爆発音がする。
「お前は知らんだろうが、我が国の拷問にはな、じっくりじーっくりとなぶり殺しにしておいて聖女様の治癒魔法で蘇生し、白状するまでそれを繰り返すというのがあるんだぞ」
アンはもちろんそんな拷問は知らない。
ちょうどそのとき、ヘレンが小屋に入ってきた。アンはどうしたのかと思って見ていると、なんとおぼんにカップを並べて持ってきた。それにお茶をいれてそこにいた人間に配り始めた。
ヴェローニカはそのお茶を一口啜り、
「お前も飲むか?」
と聞いた。捕虜の目に怯えが走った。
少し待ってヴェローニカは話し始めた。
「我が国の聖女様はな、とてもとても慈悲深い方でな、お前も見たろう、お前の戦友達が葬られるのを」
捕虜はさすがにうなずく。
「あれは聖女様の命令だ。敵といえど敬意をもって扱えと。だからお前も行動を間違えなければ、戦が終われば生きて国に帰れるよ」
ヴェローニカはまた、お茶を一口うまそうに啜る。
「だけどな、そんな聖女様もな、嘘つきだけは許さないんだ。嘘も場合によっては死罪だ。だが、ふつうの死罪とはちがう。わかるだろ」
またお茶を飲む。
「死罪が一回ですまないんだよな、これが」
遠くで爆発音がする。
「私もな、聖女様とは親しくさせていただいているんだ。だけどな、これだけは私も恐ろしくてな、あ、いかんいかん、どこに聖女様の耳があるかわからん」
アンとしては抗議したいが、捕虜の前なのでそれもできない。
捕虜がついに口を開いた。
「私はヴァルトラントの騎士、ヘルムートだ。しかし軍事情報に関しては話すわけにはいかない。これは如何なる拷問でも口を割るわけにはいかない。もし私が拷問に負け、秘密を話してしまったら、そのときは騎士の情けで我が名を祖国に伝えないでいただきたい。祖国の裏切り者として生還するよりも、行方不明者として土に還えりたい。我が名誉はともかく、家族が裏切り者の一族とされるのは耐え難い」
それを聞いたヴェローニカはさすがに無理と悟り、
「アン様」
と聞いてきた。アンはうなずくと、ヴェローニカは話を続けた。
「ヘルムート殿、安心されよ。貴殿には拷問はしない。捕虜として戦が終わるまではがまんしてもらうが、いずれ国には帰れるよ」
「いや、戦が終わっても恥ずかしながら裕福ではないゆえ、身代金は払えないだろう」
「そうか、ではこうしよう。和平交渉の場で、ヘルムート殿は聖女様の拷問にも耐え抜いた勇者ゆえ、ノルトラントで召し抱えることにしたと伝えるよ。さすればヴァルトラントも悪いようにはしないだろう」
「かたじけない」
ヘルムートの尋問を終え小屋を出ると、ちょうどケネスたちがやってきた。
「聖女様、試射は好調だよ。このまま量産に入ろう」
「じゃあ、早くヘルムスベルクに帰ったほうがいいね」
それを横で聞いていたヴェローニカは即断した。
「よし、すぐ帰還しよう。早駆けで行く。運良く死者もいない」
アンは一応意見を言う。
「負傷者の治療だけ、させてください」
「わかりました、おねがいします」
一人の騎士の案内でアンとヘレンは救護所へ行く。救護所に指定されてる小屋は、6人ほどの兵士が寝かされていた。フローラ、フィリップ、ネリスはもう一度投石器のところに行った。
「みな大した傷ではないのですが、傷口が膿んでしまって熱が出ています」
「傷をポーションで洗うよう指示されていないのですか」
「指示しているんですが、現場の者はつい、大怪我の時のため温存しがちなんですよ」
「ポーションは不足ですか」
「いえ、十分なんですがそれでも」
「わかりました。ポーションをより多く送らせるよう手配します。それでも不足の時は、せめて水でよくよく洗ってください」
「承知しました」
アンは、傷ついたもの達に片っ端から治癒魔法をかけていった。3人目の兵士は、なんだか見覚えがあるような気がする少年兵で、少年でありながらもやたらと筋肉がムキムキとついている。そして熱にうなされて何事か口にしている。耳を寄せてみると、
「聖女様、迷える子羊をお救いください」
と言っている。この世界に迷える子羊などという言葉はない。驚いてさらに聞いていると、
「ハミルトニアンに交換相互作用を入れると……」
などと言っている。この人は、夢の中で磁性体の研究でもしているらしい。
「超交換相互作用は考慮したの?」
「え、聖女様、それは、まだ……」
アンは確信した。
「ヘレン、ネリスを大至急呼んで」