かつての理系女は捕虜を得る
榴弾の試射のため、アン達はヘルムバッハへの補給部隊に同行することになった。護衛も増やしたし、それよりもドラゴンのルドルフが居てくれる。だから襲撃を受けても大丈夫だという判断だ。
隊列が平原に出ると、アンはやはり緊張した。前回は背の高い草に隠れた敵兵に弓で狙撃され、乗っていた馬のアウグストは落命、アンも骨折のけがをした。またあの「シューッ」という音が飛んでこないか怖い。ルドルフは飛行高度を下げ、敵を発見し次第攻撃できる体勢をとっている。アンは意図的に視線を、ルドルフから見えない方向に向けるようにしていた。
前回このあたりに来たときにくらべ、遠くに見える木立は落葉がすすんでいる。草の茶色もより濃くなって、冬が訪れ始めているのがわかる。いつになったら雪が降り始めるのだろう。雪が降ったら戦の形態はどのように変わるのだろうか。アン達は、白い布を大量に買い付けるよう指示を出してはいた。
アンの目に、草むらの生え方が少し変に思える場所があった。
「ルドルフ、あそこ」
空にいるルドルフにその場所を指し示すと、ルドルフは急降下した。
「防御魔法!」
フローラが叫んだ。
シューッと、あの嫌な音がしたが、矢はフローラの魔法で弾かれた。
ルドルフが火炎をその草むらに浴びせたので、草むらは炎上した。
敵兵が炙り出されて逃げ惑い、こちらの兵が矢を射かける。
アンは水魔法でとりあえず消火し、つづけてルドルフに呼びかける。
「周辺を警戒して」
ルドルフが飛び回り火を吹くと、その場所からかならず敵兵が炙り出された。
それに矢を浴びせ、解決したところでアンが消火する。
その繰り返しだった。
戦闘は案外あっけなく終わった。味方に被害は小傷以外なく、敵は全滅のようだ。敵兵の死体を集めた。9人だった。アンとしては敵といえど弔いたい。ヴェローニカは容赦なく敵兵の持ち物を調べた。多くの死体は黒焦げであまり多くは得られなかった。持っていたとしても地図と小銭くらいである。小銭もヴァルトラントの小銭でなく、我が国ノルトラントの小銭である。地図もあった。
そして一人だけ、虫の息の者がいた。
「アン様、この者の回復をお願いできないでしょうか」
「承知しました」
アンは治癒魔法をかけた。みるみるうちに矢傷は塞がり出血はとまる。火傷のあとも綺麗な皮膚になる。
「もうすぐ、気がつくと思います」
アンがヴェローニカに告げると、ヴェローニカはその敵兵を縛るように命じた。
「ヴェローニカ様、敵兵の遺体はどうしましょうか」
「通常なら打ち捨てますが、アン様は弔いたいのでしょう」
「はい。敵とはいえ、国のため家族のために戦ったのでしょう」
「そうですね、ただ、時間はかかりますが、この者が意識を取り戻してからが良いでしょう」
「なぜですか?」
「敵兵と言えど大事に扱うと知れば、尋問も楽になるかも知れません」
「なるほど」
ヴェローニカは大急ぎで穴を掘らせた。もちろん戦死した敵兵を埋葬するためである。戦死者は9人でなく8人であったので、8人が入る穴を掘る。8個の穴にすると手間がかかるので、一つの大きな穴にした。
穴を掘っている最中、捕虜が目を覚ました。鋭い目でこちらを見ているが、無視して作業を続ける。
穴の底に8人を並べ、アンが祈りを捧げる。
土をかけ、墓標を立てる。
「アン様、墓標にはなんと入れましょうか」
「勇敢なるヴァルトラントの戦士8名ここに眠る、ではいかがでしょうか」
「承知いたしました。とりあえずのものをつくり、後日きちんとしたものにいたしましょう」
「それがいいでしょう」
ここまで捕虜に見せつけておいて、ヴェローニカは捕虜に目隠しをさせた。
そしてグリースバッハにむけて出発した。戦闘とそのあとの埋葬のため、予定よりかなり遅れている。
その後は敵の抵抗はなく、無事にグリースバッハに到着した。大急ぎで荷物を降ろす。特に榴弾の試作品を最優先で降ろし、投石器のところまで運搬してもらう。ケネスとフローラ、それにネリスに同行してもらい、試射が始められるようになり次第始めるよう、ヴェローニカはアンの承諾を得た上で指示した。
とにかく忙しい。捕虜も尋問しなければならないし、鹵獲した地図も確認したい。
アンとヴェローニカ、そしてグリースバッハ駐屯の士官達で鹵獲した地図を検討した。ヘレンも参加する。
地図は恐ろしいくらい詳細だった。森の中に道、川、そして複数の記号が記されている。そしてこちらの道、村、その他の地物についても完璧に書かれている。侵攻開始より相当以前から準備していたにちがいない。
それから捕虜のところに行った。捕虜の入れられた小屋に入ったら、遠くで爆発音がした。試射を開始したらしい。
ヴェローニカが捕虜に近づき、
「目隠しと猿轡を外せ」
と命じた。近くにいた騎士が命令通り、最初に目隠し、次に猿轡を外した。
すると驚いたことに、椅子に後ろ手に縛り付けられていた捕虜は舌を噛み切って自殺を図った。
アンはすかさず治癒魔法をかけ、出血を止めた。
ヴェローニカは「ふむ」と言って、捕虜の頬を張った。
「お前、名をなんという」
また舌を噛み切った。アンはまた治癒魔法をかけた。
「なかなか根性があるな、敵にしておくには惜しい」
ヴェローニカはそう言ってまた、捕虜の頬を張った。
なぜかヘレンが、小屋を出て行った。




