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かつての理系女は再び前線へ出る

 数日で榴弾と手榴弾の試作品ができた。榴弾は二十発、手榴弾は三十発つくられた。どちらも爆発までの時間は導火線で調整する方式である。化学の知識が豊富なケネスにも、信管まではまだつくれていなかった。手榴弾の方はアン達でなくても扱えそうなので、ノイエフォルトから連絡に来た騎士に使い方を教え、ノイエフォルトの実戦でテストしてもらうことにした。ケネスが使用法を教える際3発使用したが、ノイエフォルトの騎士はその威力に興奮していた。


 榴弾は投石機で発射するので、テストはグリースバッハで行うしかない。当然ケネスがグリースバッハに行きたがった。しかしフローラが難色を示した。

「ケネス、気持ちはわかる。だけど危険よ。実際私たちも襲われたんだから」

「うん、だけど今はルドルフもいるし」

「そうだけど、なら、私も行く」

「いや、それこそ危ないよ。僕だけで十分だよ」

「ケネスはただの民間人でしょう。私は一応騎士としての訓練も受けているし、実戦経験もあるから」

「だけどさ……」

 二人で完全にもめてしまったので、ヴェローニカのところに相談しに行った。


 アン達女子4人プラスケネスの合計5人でヴェローニカのところにいくと、

「どうしたどうした、雁首揃えて」

と言われた。フローラが説明すると感情的になりそうだったので、ケネスやフローラが口を開く前にアンが説明を始めた。

「グリースバッハで行う榴弾のテストですが……」

 一通り説明すると、ヴェローニカが立ち上がった。

「アン様……」

 アンは一瞬怒られるのかと思った。口調がバカ丁寧になったからだ。思わず身構えると、ヴェローニカは丁寧な口調で続けた。

「私としましては、アン様に今一度ご出陣いただいて、グリースバッハでの投石機の試射のご指導をいただきたいと考えます。護衛につきましては今度こそ、我が命に代えても万全を尽くしますゆえご安心ください」


 ちょっとあっけにとられた。実のところアンは、もう一度グリースバッハに行きたいと考えていた。現地の将兵の様子を知りたかったのである。補給は現地からの要望に応じてやっているが、それでも何かしら不満は出るはずだ。また、ちょうどそのとき怪我をしている者がいれば、その場で治療ができる。

 第一、一度グリースバッハ行きを試みて負傷し逃げ帰って来たままであるのは、聖女としてよくないと思うのだ。ただ、前回のことがあるので今日までアンはそれを口にするのを遠慮していた。


「アン様、ちょうど明日グリースバッハへの補給が予定されています。追加の馬車2台ほどで乗りますでしょうか」

 アンはケネスの方を振り返ると、ケネスはうなずいた。

「大丈夫です」

「では、アン様始め、ケネス殿、フローラ、ヘレン、ネリスも行きますね」

「はい」

「わかりました。護衛もそれに応じて増やしましょう。大変申し訳ないのですが、アン様からルドルフに頼んでおいていただけますでしょうか」

「承知しました」


 こうしてアンの再度のグリースバッハ行きが決まった。護衛について、アンはなにも心配していなかった。


 ヴェローニカの部屋を退出すると、ケネスが感心したように言った。

「いやあ、本当に聖女様になったんだな。騎士団長が敬語だからな。あ、僕も気をつけないとまずいか」

 女子達が声を立てて笑った。


 出発の朝が来た。今朝も晴れ渡っていた。もう初冬と言っていい季節で、猛烈に寒い。補給隊が並ぶ中庭には、ルドルフが翼を休めていた。アンは並ぶ将兵達に声をかけながら、ルドルフのところに行った。

「来てくれてありがと。今日もおねがいね」

「ウォン」

 アンにはルドルフが「当たり前だろう」と言っているように思えた。


 並ぶ騎士達の中に、レベッカ、カロリーナ、ネーナ、マリカの姿も見える。前回のグリースバッハ行きでも同行してくれたが、今回も来てくれるのだ。前回のことがあるからか、皆気合いの入った顔をしている。

 

 ヴェローニカが演説を始めた。

「おはよう諸君、今回の補給には投石機で使う新兵器が含まれる。そのテストのため、この5人が同行する。諸君には負担を強いて申し訳ないが、この5人はこの国にとって私よりはるかに重要だ。万が一私とこの5人の誰かが同時に襲われたら、迷わず私を守らず、5人を守れ。私も私自身を守るためでなく、5人を守るために戦う。ただし」

 ヴェローニカはここで話を区切った。一呼吸おいてニヤッと笑って続けた。

「ただし、だ。聖女様は命を軽んずることを許さない。安易に命を投げ出さないよう、つまり生き残って任務を全うするよう、私は強く望む。以上だ」


 アンは今、ヘルムスベルクに駐屯する部隊では、だれが当代の聖女なのか知られていると感じた。前回補給に同行した時、アンは強力な魔法を放ってしまっている。敵を一撃で薙ぎ倒し、味方の負傷は自分以外全部一気に治してしまった魔法だ。そんな魔法はどんな魔法書にも載っていない。それに毎日、葬儀には聖女の礼装で参加している。死者を送り出す祈りの際、金色の光が出ているのを目撃した者は多い。ただ、今まで通りに接してほしいというアンの希望を尊重して、部隊の皆は特別扱いしないでくれているのだ。

 

 そう考えているうち、出発の号令がかかった。今回もアン達は騎乗であるが、アンの馬はアウグストではない。初めて乗る馬で、名をニコラという牝馬だ。ニコラとも信頼関係を築きたいと思う。動き出した隊列を見て、ルドルフが飛び上がった。

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