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かつての理系女は目を覚ます

 気がつくとアンはベッドに寝かされていた。天井の装飾は近頃見慣れたヘルムスベルクの領主邸の天井である。

「聖女様、目覚めたのね。よかった」

 アンの顔を覗き込んだのはフローラだった。

「上半身、起こす?」

「うん、ありがと」

 フローラが背中に手を入れて、体を起こしてくれた。体に力が入らない。

「水、飲む?」

「うん、飲む」

 フローラは水をコップに汲んで持ってきた。そしてそのまま飲ませてくれようとする。

「フローラ、自分で飲めるよ」

 アンはそう言って両手でコップを受け取ろうとしたが、左手が上がらない。というよりお腹の前に固定されていた。

「アン、鎖骨折れてる」

「あ、そう、折れたんだ」

 アンは思い出した。補給部隊についてグリースバッハに向かっていた途中、敵の遊撃部隊に襲われ落馬した。一旦気絶したが回復後、攻撃系魔法を全力で打ち、力尽きた。力尽きた視界にルドルフらしきドラゴンが青空に浮かんでいるのを見たのも思い出した。

「フローラ、大丈夫だったのね」

 フローラがアンの横で気絶していたのも思い出したからだ。

「うん、大丈夫。単なる魔力切れだったから」

「そう」

「ヴェローニカ様、呼んでくるね」

「うん」

 

 すぐにヴェローニカがやってきた。

「アン様、気分はいかがですか」

 ヴェローニカは憔悴した様子だった。

「はい、大丈夫です。まだ体に力が入りませんが」

「このヴェローニカ、聖女様をお守りするとお誓い申し上げたのに、お怪我をさせてしまい、面目ございません」

「いえ、私のわがままでした。止めるヴェローニカ様に従っていればと反省しております。それよりヴェローニカ様、お怪我は?」

「かすり傷程度でしたが、アン様のおかげで無傷です」

「そうなのですか?」

「はい、聖女様が最後に打たれた魔法で敵を一掃するとともに、私どもの怪我もすべて治癒いたしました。あんな魔法を打てば、魔力切れをおこされるのも当然です」

「そうですか、で、補給はどうなりましたか」

「申し訳ありません。失敗です」

「被害は?」

「物資はすべてその場に打ち捨て、ヘルムスブルクに急ぎ撤収いたしました。聖女様の安全を最優先とさせていただきました」

「それは申し訳ありません、せっかくの補給を私のせいで……」

「いえ、物資はあとからまた、参りますから」

 アンは恐ろしくて聞けなかったことをついに聞いた。

「あ、あの、人的被害は」

「大丈夫です。みな無事です。ただ……」

「ただ……?」

「アウグストは、死にました」

「そうですか、アウグストはだめでしたか」

 襲撃を受けた際乗っていた馬がアウグストである。アンの狙った矢が微妙にそれ、アウグストを死に至らしめたのだ。アウグストは女学校1年生のときから乗らせてもらっていた馬で、なぜだかアンと気があった。皆アウグストは気が荒いと言っていたが、アンは一度もそう思ったことがなかった。もう老齢にさしかかるころで、そろそろ引退かとも言われていた。どこかの牧場で呑気な余生をすごすこともできたのではないかと思うが、もうそれは叶わない。

 アンは涙が止まらなかった。

「申し訳ございません」

 ヴェローニカが、がっくりと肩を落としてアンに謝罪している。不敵な笑顔を浮かべ、いつも颯爽としているヴェローニカの姿はどこにも見えない。今、眼の前にあるのは任務に失敗し、部下や国の重要人物を危険にさらしてしまった指揮官の姿だ。

 

 アンは気力を振り絞って、ヴェローニカに声をかけた。

「ヴェローニカ第三騎士団長」

「は、はい」

 アンはこんなふうにヴェローニカに話しかけたのは初めてだった。

「今回の補給任務の失敗、原因はすべて私、聖女アンにあります。騎士団長は私の同行には最初から反対でした。敵遊撃部隊の跋扈を予期されていました。それにもかかわらず、足手まといになりかねない私に同行を強要されたのです。私の責任問題はいずれ、国王陛下に仰ぎましょう」

「いや、そんな、それでは私の気持ちが……」

「騎士団長のお気持ちはこの際どうでもいいのです。もちろん私の気持ちもどうでもいいのです。大事なのは敵を我が国から追い出し、平和をとりもどすことです。そのために今できる最善のことをいたしましょう」

「わかりました」


 しばらく部屋を静寂が支配した。

 

 静寂を破ったのはヴェローニカだった。

「不肖ヴェローニカ、聖女様におねがいがございます」

「なんでしょうか」

「聖女様ご自身に治癒魔法をおかけくださいませ。そのほうがステファン殿下もお喜びになるとおもいます」

「!」

 ヴェローニカの顔にいつもの不敵な笑みがもどっていた。

「今すぐは無理ですが、体力、魔力がもどりしだい、最初にいたします」

「お願いいたします。ルドルフも待っていますから」

「?」

「ドラゴンのルドルフですよ。あの時、聖女様を救おうと飛んできたのです。ルドルフのお陰で撤退は楽でした」


 ヴェローニカが退室し、かわりにヘレンとネリスがやってきた。アンは二人に聞いてみる。

「ね、お菓子持ってない?」

 ヘレンが呆れた。

「なにそれ? もうお菓子?」

「うん、早く体力回復させたい」

「じゃ、探してくる」

「ありがと」

 

 残ったネリスが、アンの横の椅子に座った。

「ヴェローニカ様はなんじゃと?」

「うん、まず自分に治癒魔法かけろと約束させられた」

「うむ、妥当じゃな」

「でも、早速私は約束破りたい。アウグストを弔いたいの」

「アウグストか、よい馬であったの」

「うん。ネリスもお祈りしてよ」

「わかった」

 二人でアウグストに感謝し、冥福を祈った。

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