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かつての理系女は前線に出る

 グリースバッハへの補給部隊にアンが同行する朝、まだ日が昇らず寒かったが晴れていた。空は濃い青でまだ星がいくつか見えた。吐く息は白い。今日は馬車でなく騎乗である。馬はアウグスト、もう付き合いは長い。

「今日もよろしくね」

 首のあたりを叩いて挨拶する。

 

 領主邸の中庭に補給部隊が整列した。第三騎士団長ヴェローニカが前線視察のため同行すると言う名目で、アン達も補給部隊に同行する。補給部隊の通常の護衛に加えヴェローニカの護衛、本当はアンの護衛が加わり、けっこうな人数になった。アンも含めいつもの四人は第三騎士団の甲冑を身につけている。ヴェローニカもそうだが第三騎士団の甲冑は白い。遠目にも目立ち嫌なのだが、騎士達は誇りを持って身につけているから文句も言えない。

 ヴェローニカが整列した部隊を前に話し始めた。

「おはよう諸君。今回の補給は第三騎士団長として同行させてもらうことになった。補給の実情とグリースバッハの実情をこの目で確認したい。諸君には余計な負担をかけてしまうが、いざというときは我々も戦力として働かせてもらう所存だ」

 ヴェローニカはここで一呼吸おいて話を続けた。

「昨日までの補給は、みなの努力のおかげで無事済んでいる。しかし聖女様は敵遊撃部隊が密かに潜入し、補給部隊など後方の撹乱をすることを予想されている。それは今日かもしれない。したがって道中警戒を怠らないようにせよ。また遠方でも不審なものを発見した場合、すぐに報告するように。では出発!」


 ヘルムスベルクの街を出る頃に、日は昇って来た。もっと早く出発したいという意見もあったが、平原の真っ只中で夜明けを迎えるのをヴェローニカが嫌がった。太陽が地平線付近にあるころ、太陽を背に草むらに隠れられると発見が困難だとヴェローニカは説明した。街の近くは野菜畑なので、敵兵が潜むのは難しい。


 日が高くなって来た頃、平原に出た。平原の草の丈を見てアンはヴェローニカの言っていたことがよくわかった。平均的には草丈はアン達の胸くらい、だが場所によっては大人でもすこししゃがめば隠れられそうなほどもある。馬に乗っていれば草の動きなどで接近は察知できそうだが、それでも待ち伏せされたら危険である。陽光に照らされほぐれた体に悪寒が走る。怖いと思う反面、実際に目で見れてよかったとも思う。


 行軍は神経をすりへらすわりに退屈で、ついつい気を抜きそうになる。悪い意味で緊張感に慣れてしまいそうで怖い。そしてゆっくりとだが国境の森が近づいて来た。


 アンはシューという音を聞いた。そして急にアウグストが立ち上がり、アンはアウグストから振り落とされてしまった。急に地面が近づいて来て、気を失った。


 どれだけ気を失っていたかわからない。アンが気がつくと、アンは横たわったアウグストの腹の横にいた。アウグストの向こうから剣のぶつかり合う音、敵か味方かわからないが号令する声、気合いを入れる声、足音、いろいろな音が聞こえる。戦闘中らしい。また、アンのとなりにはフローラが寝かされていて、先ほどまでのアン同様、気絶している。甲冑は汚れているが血の跡はない。おそらく限界を超えて防御魔法を使い、魔力が切れて気絶しているにちがいない。

 ヴェローニカの声が近くに聞こえる。

「そこ、引くな、押せ! 守り切れ! 円陣を組むぞ!」

 ヴェローニカ自身も剣を交えているようだ。

 恐る恐るアウグストの胴体から顔を出す。左手が動かない。落馬したときどこか骨折したらしい。見ると、アン達を中心に半円状になって防戦している。そして両翼がすこしずつ後退しながら円陣を組もうとして騎士達が苦労しているのがわかる。幸い敵は馬に乗っているものがおらず、こちらは騎士団なので有利な視界を得られているのが救いなようだ。ただ、どうしても弓兵の目標になってしまうようで、我が方の騎士で甲冑に矢が刺さってしまっている者が何人もいる。


 アンを守ろうと円陣を組もうとしているのはよくわかった。しかし攻められ続け円の半径が小さくなっていけばいずれ壊滅する。ヴェローニカの近くでヘレンもネリスも敵兵に剣をふるっている。

 アンは自分にできることを考えた。ヘレンやネリスのように剣を手に取ろうかとも思った。いや、自分には魔法がある。魔法を学び始めた頃、かまどを爆発させてしまった魔法がある。というよりそれしかない。

 アンはもう一度味方の陣形をよく見た。その味方の前にエネルギーの壁を作り、それを外側に広げるように爆発させたい。ただしエネルギーの壁を立体的に爆発させてしまうと、そのエネルギーは距離の2乗に半比例して減少してしまう。単純に水平方向にだけエネルギーを拡散させれば単純に反比例するだけになるから威力は大きい。


 そして祈った。敵を追い払え! 味方の傷を癒せ! 全身全霊を打ち込んで祈った。


 意識が遠のいていく。真っ青な空が見える。ドラゴンが飛んでいる。ルドルフだろうか。あのドラゴンに修二くんと乗って空を飛んでみたい。

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