かつての理系女は弔う
戦争が始まった。予想通りヴァルトラントはグリースバッハの森とノイエフォルトの砦2箇所を攻撃してきた。他に突破口を開いたかは現在偵察中である。幸い予想の範囲内で敵が動いているので、今は大きな動きはない。作戦室は落ち着きを取り戻している。参謀たちは補給計画の見直し、他の突破口の予想などを淡々とこなしている。
アンは今、ここでできることは無いと判断した。フローラ、ヘレン、ネリスを集める。
「みんな、今はここで私達ができることは無いと思う。それであくまで一時的に何だけど、手分けしたほうがいいと思う。ネリスは野戦病院の手伝い、フローラはここに残って、私達の連絡をお願いしたい」
そこでヘレンが聞いた。
「私はどうすればいいの?」
「私と一緒に調理室に来て欲しい。焼き菓子を焼いて、前線に届けたい」
「なんでお菓子?」
「戦いながら、水が少なくても食べられるもの、そして甘みがあるものがあれば、前線の将兵の助けになると思う。お菓子なら、補給物資にまぜて運んでもらってもじゃまにならないでしょ」
「わかった。私先に行ってるから、ヴェローニカ様の許可を得といて」
「了解」
ヴェローニカにお菓子配給の許可をとりに行ったら、ついでに戦況の分析について意見を求められた。アンとしては心配なのは敵の遊撃戦で、補給部隊の護衛の強化やパトロールについて意見を述べておいた。
調理室に行くと、ヘレンは館の使用人を何人か使ってすでに作業を始めていた。アンが近寄っていくと、
「クッキーにドライフルーツ混ぜた」
と教えてくれた。
「塩入れた?」
「ううん」
「ちょっと入れられないかな」
「塩分補給ってことね」
「そう、そういうこと」
「次の分からやってみるわ」
「ありがと」
アンは焼き上がった菓子を袋詰めした。袋詰めは、おいしく食べてほしい、疲れが取れてほしい、けがなどしないでほしいと真剣に考えながら行った。
午後になると野戦病院に負傷者が送られて来始めた。アンも手伝いに行く。どういう戦闘をしているのかわからないが、骨折はいいほうで、手がない、足がない、体の一部が黒焦げなどけっこうひどい傷の者だらけだ。実のところ、必死に吐き気を抑えながら手伝いをする。やっているうちに慣れてくると無理やり信じる。必要であれば治癒魔法もかける。
夕方、治療室にヴェローニカがやってきて、
「アン様、お着替えいただいて中庭までお越しくださるでしょうか」
と言った。アンはついにこの時が来た、と思った。ヴェローニカが「アン様」と言っているということは聖女としての仕事をしろと言っているわけだ。ヴェローニカの重々しい口調で、アンは聖女の礼装に着替えた。
中庭では、アンを8個の棺が待っていた。ヴェローニカもいた。ノイエフォルトにしろグリースバッハにしろ第一騎士団が担当しているが、第一騎士団長のダミアンはまだ王都にいる。つまり武官でもっとも階級が高いのはヴェローニカなので、葬儀はヴェローニカの責任においてなされる。アンは聖女として、戦死者たちの魂が天国に辿り着けるよう祈る役目がある。頼んだわけでもなかったが、フローラもヘレンもネリスも参列した。
まだ葬儀が始まっていないので、アンは近くにいた騎士に尋ねた。
「皆様のお顔を、見たいのですが」
するとその騎士は、
「それは大変ありがたいお言葉ですが、つらいことになると思います」
「私にできることは、せめてそのお顔を記憶し祈ることくらいですので、お手間をおかけし大変申し訳ないのですが」
「とんでもないです。彼らも喜ぶと思います」
居合わせた騎士達が全員で、棺をこじ開け始めた。
アンは開いた棺から順に見て回る。
最初の棺は顔は綺麗だったが、下半身がなかった。吐き気を抑えながら、神のお力で天国まで辿り着けるよう祈る。
次の犠牲者は、なにを被ったのか全身の表面がドロドロになっていた。悪臭もひどい。浄化の魔法をかける。
ひとつひとつの遺体に時間がかかってしまい、全員分見終わったら真っ暗になっていた。
「ヴェローニカ様、たいへんお待たせいたしました」
「とんでもない、彼らも安らかに神のもとに行けると思います」
そしてヴェローニカは葬儀を始めた。
一人一人の名を階級順に呼び、簡単に死に至った原因を述べる。
彼らが、神のため国のために命を捧げたことを讃える。
彼らが死後の世界で、神の祝福のもとに平安で永遠に生き続けることを祈る。
儀式の最後に、ヴェローニカがアンに祈りを捧げるように言った。
アンは戦死者達を前に跪き、祈った。いまさら回復魔法などかけても手遅れであるのだが、せめてご遺体がすこしでも綺麗になるように祈った。心の中で、
「修二くん、彼らの魂が不滅であるよう、一緒に神様にお願いして」
と祈った。
あとから聞いた話では、アンが祈っている最中、日がとっぷりと暮れた中庭に金色の光が満ちたそうだ。それを聞いてもアンは悲しいだけだったが、死んだ彼らのため、生きて国防に努力を続ける騎士達のため、アンは無理やりに口元に微笑みを浮かべ続けた。
つらい一日になったが、つらいのはその一日だけではなかった。次の日も作戦会議に顔を出し、全線に送る菓子作りを手伝い、治療を手伝い、葬儀をする。アンは微笑みを絶やさないこと、戦死者の顔を見ることの二つは、なにがなんでも貫いた。ときどき顔のない戦死者もいて、そのときは部隊にその人物の人となりをあとで問い合わせることにした。戦争が落ち着いたら、その人となりからもう一度祈り直すつもりである。
何日か同様の日が続いた。夜寝ようとした時、アンはフローラ、ヘレン、ネリスに囲まれた。代表してヘレンが言った。
「聖女様、あんたの気持ちはよくわかる。与えられた任務を一生懸命やっているのは私たちが一番よく知っている。だけどね、全部一人でしょいこんじゃだめだよ。もちろん、聖女の仕事はあんたにしかできない。だけどね、聖女様の辛さを、わたしたちにも共有させてほしい」
アンがみると、3人とも目が赤かった。
フローラが言う。
「辛い時は辛いと言って。私たちだけの中にしておくから」
ネリスは、
「聖女様、私がカサドンのことで泣いた時、あんたは私に寄り添ってくれた。泣きたい時は泣こう。一緒に泣くから」
と言った。もうアンは堪えきれず、声をあげて泣いた。




