かみさまはくそ~王の言い分、聖女の言い分、神の言い分~
はぁ……聖女か。
いや、そう恐縮するな、大臣。別に卿を責めているわけではない。ただ、どうしたものかと思ってな。
『胸中お察しします、陛下』
ああ。そう言ってくれるのは卿だけだ。
民衆たちはこれで我が国も神の加護を得たと大喜びだろう。
気に入った女一人生まれなければ民に何の利益ももたらさず、女に何かあれば災厄をもたらす存在など邪神以外の何者でもないだろうに。
『……陛下』
いや、すまん。忘れてくれ。
それで、その聖女は平民ということだが……まずその人となりについて聞かせてくれ。
『はっ。歳は十四。背後関係や人格に目立った問題は見つかっておりません。豪農の出身で最低限の教育は受けているようですが、貴族教育を受けるにはややとうが立っております。ただ流石聖女と言うべきか見目だけは麗しく、教会の神輿としては過不足なく役割をこなすでしょう』
ふむ。十四歳か。我が息子たちと年齢的な釣り合いはとれぬこともないが……どう思う?
『……難しいかと。聖女の血を王家に取り込むは常道なれど、先ほども申し上げた通り貴族教育を受けるには遅すぎまする。王妃としての役割をこなすことは出来ぬでしょう』
で、あるか。第一王子には既に婚約者もおるし、今更聖女が出てきたからお役御免というわけにはいかぬだろうしな。
では寵姫として迎え入れるか、第二王子妃とするのはどうかな?
『お薦めはできませんな。その場合、正妃と聖女の血を巡って王家が割れる危険性がございます』
聖女に人格的な問題はないとのことだったが?
『今問題が見られないという事実が、将来にわたって平穏を約束するわけではありません。また聖女本人にその意思がなくとも、それを利用する者は現れるでしょう』
確かにな。王家に迎え入れることは難しいか。
では適当な地位と領地を与えて貴族に叙してはどうか?
『それも難しいかと。大義名分がございません』
大義名分とな?
『聖女は今のところ王家や国家に何ら貢献を果たしたわけでもありません。婚姻による血の取り込みならまだしも、新たに貴族に叙すとなれば教会の権威が王権を侵すことにもつながりかねません。また聖女の血を将来にわたりどう扱うかという問題も残ることになります』
なるほど。となると既存の貴族に娶らせるというのも難しいわけか。
『仰る通りです。もし聖女を迎え入れたいという貴族がいたならば、叛意を疑わねばならぬでしょう』
ではどうする。卿の意見を聞かせてくれ。
『……恐れながら。聖女に対しては国家として最低限の援助のみを行い、関わらぬが最良かと』
ふむ?
しかしそれでは教会の権勢が増し、少々厄介なことになるのではないかな?
『この際それはやむを得ぬことでしょう。この場合、聖女を手元に置いて得られるメリットよりもリスクの方が勝ります』
リスク……ああ。
聖女に何かあった時、その責任を誰が負うかという問題だな。
『はっ。聖女とはいわば何がきっかけで爆発するか分からない爆弾のようなものです。その身に害が及んだ場合は勿論、聖女の機嫌を損ねたことで神罰が下されぬとも限らない。となれば王家は聖女とは距離を置き、教会に一任するのが最も安全かと』
なるほど。教会が危険物の管理をしてくれていると思えば、多少大きな顔をされようと腹も立たぬか。
聖女の血筋についてはどう考える?
教会へ援助と引き換えに、釘を刺しておくべきだろうか?
『その必要はないでしょう。教会も内部に新たな派閥を作りたくはないはず。聖女の血筋も良いようにしてくれるでしょう』
確かにな。では、手はずは卿に任せてよいな?
『御意。──ところで陛下、何かご不満が?』
……分かるか。
いや、不満というわけではないのだが、少々馬鹿馬鹿しくなってな。
『と、言いますと?』
なに、かつてこの地で王権は神の名に下、神官と共にあった。しかし結局、彼奴等の下では国が立ち行かず、我ら武門が国を治めることとなった。
その我らが、未だ神や神官共の顔色を窺わねばならんとはな……
『…………』
なに、ただの愚痴だ。
それほど神が、聖女が尊いというのなら、貴様らが国を治めてみせろ、とな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ふざけんなぁぁぁっ!
『聖女様。そのように大声を出されては……』
これが大声出さずにいられますか、っての!
何よこの一方的なやり方は?
勝手に聖女に選ばれたと思ったら、いきなり家族から引き離されて聖都に連れて来られて! 毎日毎日お祈りだの儀式だの……私は尼さんでもなんでもないんですけど!?
『大切な聖女のお役目です。そのように我儘を仰ってはいけませんよ』
何が我儘よ!
私にはデザイナーになるって夢があるの。そのためにずっと勉強だってしてきたのに……こんなのあんまりだわ!
『聖女になった以上は、それまでの人生全てを捨てねばなりません』
何それ!?
私は聖女になりたいなんて一言も言った覚えないわよ!
神様だか何だか知らないけど、何勝手に加護なんかくれちゃってんの? これじゃ見ず知らずのオッサンにいきなり『君を僕の推しにする』って指名されて、攫われて劇場で踊り子やらされんのと何が違うのよ!?
『…………』
怒ったの? それとも都合が悪くなって黙り込んだだけ?
ああいいわよ。あんたたちがそういう態度をとるんなら、私だって聖女としての力を使わせてもらうわ。
神様にこいつらが私の自由を奪って虐待してるから、罰を与えてくださいって祈ってみようかしら。
『何を馬鹿なことを……』
そう? 聖女って一番神様の寵愛が深いんでしょ? 本当にそうなのか確かめてあげるわ!
それが怖かったら今すぐ私を解放して村に帰して!
『……はぁ。今更貴女に帰る場所などありませんよ。ご両親も、貴女が聖女に選ばれたと知って大変お喜びでした』
あぁ゙!? 私を売ったな、クソおやじ!
『そもそも、聖女である貴女の身に万一のことがあれば、誰にどんな神罰が下るとも限りません。貴女のせいで、ご家族やご友人に危害が及ぶ恐れもあるのですよ?』
何それ……まるで脅しじゃない。
『事実です。貴女の身体はもう貴方一人のものではない。そのことを良くご理解ください』
~~~~っ!
百歩譲って、聖女の役割はまぁいいわよ! 全然よくないけど、まだ理解はできる!
でもなんなのこの『原則異性との接触禁止』って!
一生独り身でいろとでも言うつもり!?
『……聖女ですから』
ンなわけないでしょ!?
聖女でも結婚した例なんて幾らでもあるじゃない!
御伽噺みたいに王子様と結婚するとかは死んでもごめんだけど、私にだってその……す、好きな、男ぐらい……
『聖女の配偶者とその御子は本人たちが望む望まざるとに関わらず強い影響力を持つことになります。貴女と結ばれたことで、そのお相手に不幸な事故が起きないとも限りませんよ』
何よそれ……脅し?
『いえ。ただの事実です』
……私は自由に恋愛も結婚もできないってこと?
『ご自分の影響力を理解していただきたいと申し上げているのです』
ふ、ふざけんなぁぁぁっ!!
こら、クソ神! 私はお前なんかこれっぽちも信じてないぞぉぉ!
お前の加護なんていらないから、今すぐ私を解放しろぉぉぉっ!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『……猛ってますなぁ。まあ、気持ちは分からんでもありませんが』
君、仮にも教皇でしょ? 僕の一番の信者だよね? もう少し言い方ってもんがあるんじゃない?
『何、彼女の言葉を借りるなら“勝手に推されて自由を奪われた”わけですし、荒れるのも仕方ないでしょう。敬虔なる使徒である私が、神の前で嘘をつくわけにもいきませんしな』
……そこまで嫌がらなくてもいいのに。
神の寵愛を受けるって凄く名誉なことでしょ?
『受け取る側次第ですな。彼女はさほど熱心な信者というわけではなかった。せめて尼僧の中から選んでくれたら良かったのですがね』
仕方ないじゃん。
信仰心の強さと僕の加護を受け入れる才能は全く別物なんだから。
『……そもそも、聖女を選定する必要があるのですか? 態々そんなものを選ばなくとも、穏やかに人々を見守り、恩恵を与えてくださればよいではありませんか』
駄目だよ。それじゃありがたみがないじゃないか。
『そんなことは──』
あるんだよ。
人間ってのは何の代償もなく与えられてるものは、それを当然と勘違いして感謝を忘れる生き物なんだから。
だから僕ら神は、ただ恩恵を与えるのではなく、時に人に試練を与え、理不尽に振る舞わなくちゃいけない。
昔は恩恵どころか災厄だけもたらしてた時期だってあったんだよ? だけど、その時の方が人間は今よりずっと真摯に僕らに祈っていた。
『…………』
聖女っていう代行者を置いて反応を見るなんてのは、優しい方だと思うけどね。
『優しいかどうかは知りませんが、それにしたって他にやり方があるでしょう。最近は精霊王も貴方方の真似をして“愛し子”だなんだと加護を与えてトラブルを起こしているようですし』
ああ、あいつら何でも僕らの真似するからなぁ。
『こんなまだるっこしい真似をせずとも、人々の信仰が薄れたら天変地異を起こせばよいだけなのでは?』
馬鹿だなぁ。
単に天変地異が起きても、目に見える分かりやすいトリガーでもなけりゃ、今の人間はそれが僕の仕業だなんて思わないよ。
最近の人間はやけに小賢しくなって、大地を揺らそうが雷を落とそうが、何にでも理屈をつけて僕らと無関係だって説明しようとするんだから。
『それは、そうかもしれませんが……』
何より神も存在感出してかないと忘れられちゃうからね。
聖女とか分かりすい目印を作るのは大事なことなんだよ。
『……それを我々の前で言いますかな?』
だから仕方ないじゃん。
君らが頑張ってくれてるのは分かるけど、僕自身の存在感が薄れると信仰対象が教団や宗教観の方にブレちゃうからね。
僕だって信仰してもらわないと衰えて消滅しちゃうんだ。
『…………』
あ。今君、いっそ消滅した方が世の為なんじゃないかって思ったでしょ?
『…………』
まあいいけど。
ともかく聖女には好きにさせてあげなよ。
別に僕は処女厨じゃないし、好きな男がいるなら結婚させてあげればいい。
その結果、何か彼女の周りで問題が起きれば、適当に罰を下してそれで終わり。簡単でしょ。
そんな過保護にしてると、後がキツイよ?
『……はぁ。残念ながら、荒ぶる神を祀り鎮めるのが私の役割なもので』
ははは。そうだったね。
ま、別に君は僕の部下ってわけじゃない。好きにしなよ。僕もそうする。