二人の陰キャ(雪、童心、ノスタルジー)
「第一回!チキチキカモガワ雪合戦ーーッ!」
『おー!』
公園にて、高らかに右腕を掲げ、葵さんは演説かのように言葉を続けた。
なんで、こんなことになってるんだっけか……。
◆
「うわ、寒っ」
朝、ゴミを捨てに外に出ると辺り一面が真っ白だった。どうやら雪が降り積もったらしい。葵さんとか大変そうだな。
「今日は家の中で過ごすか。……毎日家の中だけど」
などと独り言を呟きながら、ゴミ捨てを終わらせる。周りの静けさも相まって、どこかさみしげな風景に見えた。ゲームであればヒロインが歩いている姿の一枚絵として使えるような、そんな綺麗な景色。
「あー寒かった」
「やぁソウスケくん、ゴミ出しご苦労」
葵さんも起きたようで、目をこすりながら労ってくれた。しかしそれだけなら良いのだが、葵さんは何故か布団を羽織ったまま歩き回っていた。
「暖房入れましょう」
「ああ、すまないね」
「温かいミルクも用意します」
「ありがとう」
せっせと葵さんの環境を整えつつ、2人分の朝食も並行作業で作り上げる。いい出来だ。
「今日も仕事休みですか、葵さん」
「あぁ。仕事始めまでもう少しある。うちの会社は長いからな。スーパーホワイト企業だ」
体を震わせながら笑顔で答える葵さん。なんだか少し可笑しい。思わずこっちも笑顔になってしまう(多分笑顔の理由が違うが)。
「そういえば外、積もってました」
「おお、雪が積もっているのか。この地域にしては珍しいな」
「結構綺麗でしたよ。葵さんは見に行か……なんでもないです」
「いやまぁ言いたいことは分かる。事実私は寒いのが苦手。だが、雪となれば話は別だ」
葵さんはバッと立ち上がり足早に自室へ戻る。そして、2分も経たないうちに厚着姿で戻ってきた。
「さぁ、雪合戦だ!」
「なんで?」
◆
「ルールは簡単だ!2チームに分かれて雪を投げる!当たったら死!生き残ったチームの勝ち!以上!」
脳内で再生した回想を停止しても、葵さんはまだ話し続けていた。当たっても死なないだろ、という無粋な発言は当然口にしない。ちなみにチームと言っていたが、雪でテンションが上がっている葵さんの手によって僕や葵さんの知り合いが何人か呼ばれているのだ。
まず、当然の如く竜田、千葉さん、利根さん。竜田と利根さんの関係性がどうなったか聞く前にこんな状況になっちゃったよ。
そして神戸先生と御杖。神戸先生は後輩ということでまだ理解できるが、御杖に関しては何でいるんだ。
というかよくよく考えてみたら葵さんはまだ社会人になりたてなのに何故その後輩の神戸先生が担任なんだ?あ、大学院卒って言ってたっけ。でも神戸先生2年以上いるよな。あれか、年下に後輩扱いされてるのか?なんか残念だなこの人。
とまぁ合計7人で始まると思っていたのだが、もう一人、意外な人がここにはいた。
「お久しぶりです、あけましておめでとうございます」
「はい、お久しぶりです〜!覚えててくれて嬉しい限りですよ!あ、ちゃんと覚えてますか?こんな寒い日でもぽかぽか元気な城廻冷雨ですよ!」
「あ、覚えてます。それはもう……」
去年の夏、温泉旅館に泊まりに行った時に出会った、葵さんの知り合いだ。たまたま近くに旅行しに来ていたのでこっちまで飛んできたらしい。観光地、多分隣の県だよな……どんだけ元気なんだよこの人。
「それで宗介さん。葵さんとは今どこまで進みましたか?子供できちゃいました?」
「何言ってるんですか、もう産まれてますよ」
「えぇぇーーーっ!?」
「おいソウスケ君。人に対して冗談を言えるようになったのは喜ばしいことだが、それはさすがに聞き捨てならないな」
とまぁ、なんやかんやありつつも、雪合戦のためのチーム分けが始まった。その結果――
僕のチームには竜田、千葉さん、神戸先生。
葵さんチームには御杖、利根さん、城廻さん。
――という具合の分かれ方になった。
「さーて、行くぞー!」
うちのチームの他三人は気合十分なようで、スタートの合図もまだなのに玉を大量生産していた。元気だなおい。
「それでは始めるぞ!よーい……スタート!」
スタートの合図と共に卑怯にも神戸先生が葵さんを狙い、投擲した。ホントに卑怯。卑劣極まりない。
しかし葵さんはそれをすんでのところで回避し、その流れでカウンター攻撃を仕掛けてきた。
「あぶなっ!よし、お前らいけー!」
「「いえっさー!」」
なるほど、とうやら最初は葵さんを集中攻撃する作戦らしい。僕その作戦教えてもらってないんだけど。
しかしこちらが4人なら敵も4人。木の陰に隠れる葵さんに集中しきっている間に、御杖が横から雪玉を炸裂させた。
「ぐはーっ!」
「せ、千葉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
千葉さん、死亡。
「仲間の敵――ぎゃー!」
竜田、御杖に気を取られた隙に城廻に攻撃され死亡。
「お、お前らぁ………うぐっ」
神戸先生、仲間の死を悲しんでいるところに利根さんのヘッドショット。
……4対1でどうしろと?
「もうにげらんねーぞ!」
御杖が怒鳴る。借金取りみたいだな、なんて呑気な事を考えてはいるが、そんな余裕は微塵もない。
「大人しく負けを認めてください!抵抗しなければ殺しはしません!」
利根さんの勧告が耳に入るが、降伏の選択肢はない。仲間の死を無駄に出来るはずがないのだ。
「宗介くーん、この勝負に勝ったら葵さんがキスするんでッ――死ぬ死ぬ、さすがにやりすぎじゃないですか葵さん!」
城廻さんの誘惑が飛んでくるが、頭は冷静だった。飛び出す考えは微塵もない。
「さて、万事休すだ。そのまま死を待つのか?」
葵さんが問いかける。その言葉に、熱い何かがこみ上げてきた。そして、気付かない内に口が動く。
「僕は、みんなのためにも負けるわけには、いかない!死んでも死なない!絶対に、勝ってやる!!」
そして、10秒も経たずして敗れた。
「……なんなんですかねこれ」
隣に立つ葵さんに向けて言い放ってみた。みんなは雪合戦や雪像を作ったりで遊んでいる。
周りのノリに合わせてみたものの、過ぎてみればバカバカしい茶番でしかなかった。ホントになんだったのか、この時間は。
「まぁ楽しいかったんだし、良いじゃないか」
「いやまぁ楽しくないといえば嘘になりますけど、なんか……多分明日ぐらいには恥ずかしい思い出になりそうだなと」
「こういう事を全力で楽しめるぐらい人生は気楽な方が良いって事だよ。何事も糧だ」
そういうものなのか、と思ったが尋ねるまでもなかった。事実、全力でやったからこそ面白くて、何も考えず、頭を空っぽにして楽しめた。
なんか、こんな事でってのは癪だけど、成長できた気もした。
「よし、満足したし私は先に家に帰るよ。寒いし」
「あ、はい」
いつもなら僕もついて行って帰っただろうが、今日はなんだかここに残って遊んでみたいという気持ちもあって。
結局、僕は雪合戦に混ざったりした。




