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書き下ろす陰キャ(新年あけましておめでとう)

『あけましておめでとう!』


 竜田たちから各々新年の挨拶がスマホに届く。全員まだ起きているらしい。


 だが、今年初めての挨拶は彼らではなく他の人にもうあげてしまっている。


「みんなからもメッセージ来ました。こういうもんなんですね」


「ああ、そうか、そういうの初めてなのか」


 先ほど挨拶をしたばかりの葵さんが気まずそうに目をそらす。そこ気遣いしなくていいので、むしろいたたまれなくなるから。


「初詣、行くか?」


「一応近くの小さい神社に毎年行ってますけど、そこだけですね。それ以外の近くにあるのはデカくて人も多いんで……三社参りはしないです」


「……ああ、そういえば。ソウスケ君の実家はそっちの方にあったね。三社参りは全国共通ではないぞ」


「!?」


 てっきり初詣は3箇所行くのが礼儀と思っていたが、そんなわけではなかったのか。常識を疑いすらしなかったらこうなるわけだ。それなら近くの神社だけ行けばいいか。


「……何時頃出発します?」


「いや、目が覚め次第でいいだろう。元旦に行きたいと言うなら午前中に起こすが」


「そうですね……昼前に出て、帰ってきてから昼飯とかどうですか?」


「いいな、そうしよう」


 予定も立てたところで早速寝る準備を始める。正月だって1年の中の何も変わらない1日だ。特別に夜更かしだなんてそんな事をする必要性が僕たちにはなかった。というか、寝正月という言葉があるのだから許される行為だろう。むしろ健康的で褒められるべきなことですらあるかもしれない。


 なんて考えているうちに睡魔に襲われ意識が落ちるのだった。







「わ、寒っ」


 外に出てみると、雪こそ無いが周りの家の車はすっかり凍っていた。地面もよく見ると滑りそうな部分もある。昼過ぎに出て暖かくなるのを待つべきだったか?


 まぁ、もう外なんだしこのまま行くか。葵さん先に歩き始めちゃってるし。


「葵さん、足元気をつけてくださいよ」


「わかってるさ。いくら寒さで身体が強ばっているとはいえ、この程度の道でコケるほどやわではないさ。私としてはむしろ、ソウスケ君のほうが心配なんだが」


「奇遇ですね、言ってみた後に僕もそう思いました」


 やれやれ、といった困り顔で葵さんは笑う。僕たちは白い息を吐きながら、神社へと向かった。




「ホントに人がひとりもいないな」


「はい、おみくじもありません。やりたかったですか?」


「いや別に。神様に挨拶さえできればいいからね」


 ううむ、前までの葵さんなら「折角だし」と言っておみくじがある神社まで行きそうだが……僕に気を遣っているのか、寒いのが苦手なのか、はたまた僕が葵さんに影響されたように、葵さんも僕に影響を受けていたり。


 理由は定かではないし、聞く気もない。僕と葵さんは各々財布から5円玉を取り出して、それを賽銭箱へと投げ入れる。


 二礼二拍手一礼。祈るのは『今年も良い1年でありますように』。身の丈に合わない願いは切りが無いから。


「……ふぅ」


 5円玉を投げるのはたしか御縁がありますように、という意味があるらしい。僕はそういう駄洒落、もとい言葉遊びが大好物だ。そして、5円玉の消費は大して痛くもないので、考えた人に敬意を払って5円を投げるようにしている。もしかすると、その思いが伝わってこんなふうに縁が結ばれたのかもしれない。と考えたがそうすると伝わるまでこんなに年月がかかったことになるわけで。


「これこそ考えたら切りが無いか。葵さん、どうします?寄りたいところとかあります?」


「今すぐこたつに直帰したい」


 あ、テンションが低いのは寒いのが原因か。





「どうせなら正月らしいこと、もう少ししたいな」


 葵さんが、みかんをひょいと投げ上げながら言う。ぱくっと口でキャッチし、こちらへ向き直る。


「こたつでみかんも充分正月じゃないですか?おせちだってもう食べましたし」


「こたつでみかんは正月ではなく冬だろう。そして『もう少ししたい』というのは既に正月らしいことをした後の言葉だ。決して初詣もおせちも忘れていないぞ」


 あ、いつも通りの葵さんに戻った気がする。


「じゃあなんですか、餅つきですか?凧揚げ?福笑い?」


「外は論外だな。この二人で福笑いをすれば場の空気が凍るだろう。そうだな……室内で、落ち着いてる感じで、正月らしさが強いもの……」


「んー……今年の抱負を書く、とか?」


「それだっ!」


 そう言うと葵さんはドタバタと自室に戻る。5分後、肩で息をしながら葵さんが戻ってきた。せっかく大掃除をしたばかりだというのに……。


「これで書道が出来るぞ。書こうじゃないか」


「あ、はい」



 そんなこんなで、流されるままに事は進んでいき――。



「私のはこれだ」


 葵さんは『会話』の二文字を書き上げた。ああ、変わって無くて良かった。


「ソウスケ君はなんだい?」


「これです」


 僕が書いたのは『合格』。来年度から受験生なんだ、妥当な抱負だろう。葵さんは興味無さげに「あーいいな、うん」と言っていた。まぁ言いたいことはわからんでもないが、それにしても露骨すぎやしないか?


 抱負も書き終わり、習字セットを手分けして片付ける。


「よし、じゃああとは寝正月だな」


「……ですね」


 葵さんと二人の正月は、なんだかいつもと変わらないような、でもやっぱり決定的に、根本的に違うものになった。多分、走馬灯にも今日の記憶は流れてくるだろう。

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