休憩する陰キャ(げほっ、ごほっ)
『ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ』
鳴り響いたのは誰かの声、なんてことはなく機械の音だった。
現在の時刻は9時。もう1時間目は始まっている。だというのに僕は床に伏している。
「うわ……38度」
機械――体温計に表示された数字に、もはや笑いが込み上げてくる。39度じゃないだけ良かったと思おう。
「動けない……だるい……」
こんな日に限って葵さんは早出だった。電話したら光の速度で帰ってくるとは思うが、早出ということは仕事がたまっているか急な仕事が入ったかだろう。邪魔は出来ない。
一応自力で学校に休む連絡はしたのだが、晩ごはんとかどうしよう……。
と、考えているうちに身体が睡眠を渇望しているらしく、意識が薄れていった。
◆
「宗介くん学校休みなんですか?とうしててすか?」
一向に現れない鴨川を心配した竜田は、担任の教師である神戸に問いかけていた。
「風邪らしいぞ。まぁあれだ、葵先輩もいるし大丈夫だろ」
「……」
竜田は、理解はしているがそれでも心配だといえ様子だった。それが神戸にも伝わっていたのか、取ってつけたかのような、わざとらしい言葉を漏らした。
「あー、そういえば今日中に届けて欲しいプリントがあるんだった。竜田、頼めるか?」
「え、あ……はい!」
「ありがとう、そろそろ授業だから席に戻っとけよ」
お礼を言いたいのはこっちだ、と口にする隙も無く、神戸は竜田のもとから去っていく。打って変わって元気を取り戻した竜田は、そのまま教室へと戻るのだった。
◆
「竜田から聞いたけど、なんか鴨川が休みなんだって」
「えっ、そうなの?もしかして修学旅行で問い詰めすぎたかな……」
「いやいや、さすがにアレで体調崩す男子高校生はいないって」
昼休みの教室では千葉と利根がいつものように話をしている。しかし、表情は普段とは違い心配の色が強くでていた。
「竜田はお見舞い行くらしいけど、どうする?」
「ふぇっ!?た、たた竜田くんが何って!?」
「まふ、動揺しすぎ。お見舞い行くか?って話だよ」
「お見舞い……ああ、鴨川くんのお見舞い!行きたいとは思うけど、大勢で押しかけてもだし……」
「そう?私は行こっかな。料理できるし、なんか作ってあげるとかもありかなーって。もし迷惑なら玄関で帰ればいいだけだし」
「ええっ!な、なら行く!行きます!」
「んじゃ決まりだね」
そうして普段の何気ない会話へと戻っていく。
◆
「――ん」
チャイムが鳴った気がする。今何時だ、葵さん……ではないよな。
宗介は重い身体を起こし、フラフラと危ない足取りで玄関へ向かう。朝よりもはマシになっているが、寝すぎたせいか頭がジンジンする。
「はーい……って」
開けてみるとそこには竜田と千葉さん、利根さんがいた。手にはプリントやビニール袋……中身は食材か?
「お見舞い来たよ」
笑顔で軽い挨拶をしてくる。
「わざわざ良いのに……」
「葵さんは?」
聞く耳持たず。いやまぁ正直来てくれて嬉しいけど。
「今日は仕事」
「えっ、じゃあ何も食べてないの!?」
千葉さんが信じられないものを見たと言わんばかりの顔をしている。「これは色々言われるパターンだな」と覚悟し、渋々首を縦に振る。
「はぁ……ちょっと上がるね、お邪魔します」
「あっ」
僕の制止も聞かず、千葉さんはそのままズカズカと台所へと足を運ぶ。
「おお、綺麗……取り敢えず鴨川でも食べれるようなものを作るからさ、座っといて」
「いや、それはありがたいけど……」
「いーからいーから!病人はなんの反論もせずに這いつくばってればいいの!」
半ば強引に押し切られ、しかし別に断るほどの事でもないため、その好意に甘えることにした。
「いつもは鴨川くんが作ってるんですか?」
「う、うん」
「そういえば前、家に来た時葵さんが褒めてたね」
「そんな事もあったな」
「私、久しぶりに葵さんに会いたいです」
「んー、今日は遅くなるかも。朝早かったし」
千葉さんにおかゆを作ってもらっている間に僕たちは駄弁っていた。先ほど体温を測ったところ、体感の通り下がっていたらしく、37度まで落ち着いていた。
にしてもここまで心配してくれる人達がいるとは思ってもみなかったので、むず痒い。普通休んだとしてもお見舞いに来ないのではないか、そこまで僕への思い入れがあるのか?
「はい、おまちどうさま。って言ってもインスタントに野菜入れただけだけど」
本来、インスタントのおかゆには卵ぐらいしか入っていないはずだが、これにはほうれん草やネギ、おそらく鶏のササミが入っている。
「……ありがと、ほんとに」
少し目がうるっとした。もしかすると涙として溢れているかもしれない。まぁ周りが指摘してこなかったんだし、きっと気のせいだろう。
「ただいま――って、みんなしてどうした。ああ、ただいま。それで……風邪!?聞いてないんだが!……あー、ソウスケ君、体調悪いときぐらい自分の心配だけをしなさい。わかった?
じゃあ晩御飯は私が今から――って、千葉君が作ってくれたのか……なんとお礼をすれば良いのやら。とにかく、ありがとう。いただくよ……ん、美味しい!いや、冗談抜きで私の人生の中の料理で5本指に入るレベルだよ。ソウスケ君と同じぐらいに凄い。……いやいや、別に身内だから贔屓目で見ているわけじゃない、本心からだよ」




