二年三組の変身・午後 二年三組修学旅行・二日目
「見て!このぬいぐるみ可愛くない?」
テーマパーク特有のカチューシャをつけたギャルが、僕にぬいぐるみを見せてくる。
「確かに可愛い……あんまり詳しくはないんですけど、こういうの見てると欲しくなりますね」
僕と千葉は別に付き合ってるわけでもないし、そこまで深い関係でもないのに何故か現在デート中である。
何故か、とは言ったものの竜田が利根さんを誘ったから、余り者同士……という理由はある。だが、それでも二人で周る必要はあるのか考えてしまう。
千葉さんと二人きりだと妙な噂が立ったりもするだろう。なんせテーマパークで二人きりなのだなら。普通は噂になる(陰キャが普通を語るなという意見もあるだろうが)。
千葉は気にしないと言っていたが、微妙にわかってないような気もするんだよなぁ。
「ありゃ、鴨川詳しくないんだ。まぁ私もそんなに知らないんだけどね」
そう言いつつ千葉はぬいぐるみを棚に戻す。
「……鴨川、なんか元気なくない?大丈夫そう?また休む?」
「あ、大丈夫ですよ」
考え込みすぎたか。今はとにかく千葉とのデー……遊びに集中しなければ。いつの間にか敬語になってしまってたし、ほんとに気をつけないと。気ぃ抜いたら怒らせてしまいそうだ。
「そういえば千葉と利根さんってどういう経緯で仲良くなったの?」
「ん?えっとね、覚えてないや。なんか女子で集まって話してたときにでも意気投合したんじゃない?」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんでしょ。まぁまふなら覚えてるかもしれないけど、私はわかんない」
僕は昨日のように思い出せるが、これまでそういう経験がないから印象強く残っているだけかもしれない。
「私の方からも質問して良い?」
「?」
「好きな人とかいる?鴨川は」
「えっ………と」
さて、どうしたものか。
僕のようなタイプは勘違いしやすい。なんなら今もそれってまさか!とか思ってしまった。でもよく考えなくても、竜田の件からの流れでこの質問をした事はわかった。
問題はどう答えるか。人を好きになることが無かったから、そういう感情には疎い。一応葵さんがそうかも知れない……というぐらいだが、恋愛的な好きなのかもわからない。
取り敢えず正直に伝えるか。
「……ごめん、そういう経験なくてさ。恋愛とかそういうのほんとわかんなくて」
「……」
めっちゃキョトンとしてる。わかんない感覚だったのか。いやそりゃそうか。根掘り葉掘り聞かれそうだな……。言い方も陰キャっぽさ出てたし。
「まぁ人生長いしこれからっしょ!なんかごめんね!」
意外なことにこれ以上は聞いてこなかった。常々思っていたが、子供っぽいと思いきや僕なんかよりもよっぽど大人みたいな思考回路してるんだよなぁ、千葉。
「「……」」
ちょっと考えていたせいで気まずい空気になってしまう。こういう際のテンプレは質問を返す……でいいのか?取り敢えず話題も思いつかないので、質問してみるしかないのだが。
「千葉は?」
「え?」
「好きな人とか」
「えー、セクハラだよ」
「それ言ったら僕に聞いたのもセクハラになるだろ」
「乙女心ってやつ!」
「なるほど」
人に聞いておいて答えないのはどうかとも思うが、言いたくないことの可能性もあるだろうし深くは聞かなかった(というかそこまで興味が無かった)。
「あっ!この缶バッチとか可愛い〜!」
千葉はそのまま商品を眺めている。さっきまでの空気が嘘だったかのようにカラッとした雰囲気だ。
結局この後は30分ほど何事もなくいろんなグッズを見て回った。
「あ、終わったみたいだね」
アトラクションの出口の近くで待っていると、竜田達が人に紛れて出てきた。……すごい、赤い顔で。
「大丈夫か?」
「あ、うん!大丈夫だよ!ね?」
「はい!べ、別に何事もなかったです!」
明らかに下手な誤魔化しだったが、別に急いで聞くことでもない。明日にでも聞こう。千葉も同じ考えだったのか、呆れつつも笑っていた。
「私たちこの後晩ご飯食べようと思ってたんだけど、2人はどうする?」
空はすっかり暗くなっていた。流石にこの季節は、日が落ちるのが早い。竜田のほうをチラリと見ると頷いていた。
「それじゃあご一緒させてもらうよ」
「わかった。鴨川も行くよね?」
「ん、まぁ……」
「そういう時はハッキリ『行く』って答えるの!」
「あ、うん。行きます」
半強制的に連いていく流れになったが、こんな場所で1人になるのは流石の僕でもキツいので願ったり叶ったりでもあった。
結論から言うと、美味しかった。
僕と竜田はカツカレー、ほか二人は普通のカレーを注文し食べたが、甘すぎず辛すぎずで僕の口にピッタリだった。竜田は「もうちょっと辛くても美味しいかも」と言っていたが、それでも満足そうだった。
だが女子は量が多かったのか僕達が食べ終わってもまだ3割ほど残っていた。食べるペースが違うのは身体的に当たり前なので食べ終わるのを待っていると、見知った人がやって来た。
「ん?竜田と鴨川じゃねぇか」
「お、ホントだ。元気かお前ら」
「御杖くん!」
「……と、神戸先生?」
「何故二人でいるんだ」という疑問が顔にでていたのか、二人がすぐさま説明を始めた。
「いやさ、コイツが1人でいたから私が一緒に行こうって誘ったんだよ」
「別に俺は一人で楽しみたかっただけなんだけどな」
「そしたらこんなふうに断るんだよ!だからストーカーしてるだけだ」
「生徒の意見を尊重してくれよ」
「素行が悪い御杖が悪い」
「……チッ!」
なるほど、要するに素行不良の生徒の監視という名目で御杖について回っているのか。
ぶっちゃけ御杖に同情しなくも無いが、髪もピアスも校則違反だから自業自得とも言えるので擁護しきれない。どんまい。
「え、竜田はともかく鴨川っていつ御杖と仲良くなったの?嘘でしょ?」
サラッと酷いこと言うなよ千葉。流石に傷つくぞ。
「鴨川君くん、いつの間にかグレてしまったんですね……」
利根さんは利根さんで斜め上の解釈をしないでくれますかね。
「まぁだいたいそんな感じだよね、うん」
「説明の放棄をするな」
せめて僕がグレた点だけは擁護してくれ、竜田。
「そういや明日どこ回る?俺は別にねぇんだが」
「あー、うちの班はスカイツリーとかアキバとかかな。アキバ行きたいって子が何人かいたし」
「ん、了解」
「え、何?御杖お前、班から追い出されたのか?いじめか?先生に話してくれていいんだぞ?」
「ちげぇよ。俺が竜田と鴨川と一緒に回りてぇだけだ」
真正面に言われると照れるな。というか勝手に班と別行動するのを先生に言って怒られないのか?
「なら大目に見よう。折角なら楽しんで欲しいからな。でも、別行動するなら先に班のやつらに連絡はしとけよ」
「わかってるっつーの」
「……御杖、丸くなった?」
千葉さんが懐疑的な表情でこちらを見る。しかし、僕も正直驚いていた。
御杖はもっと先生を露骨に避けるもんだと思っていたから、ちゃんと会話していることが不自然に他ならない。
「んでそいつらは誰だ?彼女かなんか?」
クラスメイトの顔ぐらい覚えておけよ。……僕も半分ぐらいしか覚えてないから強くは言えないけど。
「私が千葉。こっちが利根。クラスメイトの顔ぐらい覚えといてよね」
「うちのクラスにいんのか?」
「いるぞ。てか私には敬語使え」
「っ……先生が生徒にチョップすんなよ」
「軽く当たっただけだ」
ふと、二人のやりとりを見て気がついた。ここに学校での僕の知り合いが全員揃っている事に。逆に言うとここにいない人達とは関わりがゼロな事に。
そして、明日の行動班に知り合いが竜田(+御杖)しかいないことに。
まぁ中学の修学旅行は誰一人として知り合いではなかったし、それに比べたらマシか。そう悲観することでも無いだろう。
また考え込んでしまったと思い周りを見ると、少し離れた場所で睨み合っている二人の間に竜田が入って二人を止めていた。先生が何をやってるんだ。
「んでさ、まふ。竜田と何があったの?」
「ふぇっ!?」
おっとここで聞くのか千葉さんよ。流石に気になりすぎて聞き耳を立てそうになる。いや、同じ席に座っているのだから文句は言われまい。……改めてホントにここで聞いて良いのか、千葉さんよ。
「えと、あの、べ、別に特に何もなかったよ?普通に2人で座って、手ぇ繋いで、恋人と間違われただけだよ!」
「「特にありすぎだろ!」」
横で聞いているだけのつもりがつい反応してしまった。ので、流れで一緒に問い詰める事にした。
「どっちから手を繋いだの!?」
「えっ?あ、なんか、手が当たって、どっちからとかじゃなくて流れで……」
「甘酸っぱぁ!」
「じゃあその恋人に間違われた、ってのは何があったんですか?」
「あ、あのアトラクション、ほら、キャラクターと話すんですけど、その、えと、キャストさんにカップルって……」
「かーっ!私の孫ももうすぐ見れるかもねぇ」
「いや千葉は利根さんの親じゃないでしょ」
こっちまで顔が赤くなる程の甘酸っぱさに耐えきれず、千葉のボケに乗っかってしまった。たぶん実際に顔赤くなってる、これ。めちゃくちゃむず痒い。
各々が悶えている内に、竜田が戻ってきたらしく「どうしたの!?」と驚いていた気がするが、あの時の僕達の耳には届いてなかったりした。
それと、パレードや花火も観た気がするが、これも甘酸っぱさの威力にやられて詳しく覚えていない。パレードを無視して竜田を質問攻めしたことだけは断片的にい出せたのだった。




