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二年三組の移動 二年三組修学旅行・一日目

「待ちに待った修学旅行ですっ!」


 駅のロータリーで委員長が元気にはしゃいでいる。


 現在時刻は朝7時。あたりはすっかり明るくなっており、元気な生徒たちがよく目立つ。もちろん理由は明白。


 委員長が言う通り、今日から3日間、修学旅行で東京で過ごす予定なのだ。


 この手のイベントは周りのテンションが苦手だが、旅行自体は嫌いというわけではない。2回言うが、あくまで周りのテンションが苦手なだけだ。


 こうやって考えにふけている間にも続々と生徒が増えていく。中には普段学校をサボっているタイプであろう人もちらほら。まぁ修学旅行だもんな。


「おーし、一組から三組揃ったかー。バス来たから乗ってけー」


 男の先生がバスへ促す。非日常を感じてワクワクしてきた。でも多分明日には後悔して最後には楽しかったと思うんだろう。僕は僕について詳しいからわかる。


「よろしく!」


「うん、よろしく」


 隣は相変わらず竜田だ。消去法的に決まったんだよな、これ……なんか申し訳ない。


 ちなみに竜田以外の人間と話せないわけではない。葵さん達のおかげでいわゆるコミュ力が増強されており、クラスメイト相手なら話せるようにまでなった(クラスメイトの顔と名前はまともに覚えていないが)。


「ワクワクだね!」


「うん」


「楽しみだね!」


「そうだな」


「あ!見て見て!」


「ん?」


 竜田は窓の外を指差していた。その先にはバイクがあった。


 黒一色で、少しゴツゴツしている。音も結構大きい。かっこいいな……。


「あのバイクカッコよくない?」


「わかる。アレなんて言うんだろ」


「わかんないや」


 もちろん僕もわからないので「かっこよかったな」という浅い感想だけで終わった。





「こっからあと数時間あるらしいよー。何する?」


 バスから降り、新幹線に乗り換えた2年生。


 僕の席は三人席の窓側で、真ん中に竜田がいる。そして廊下側は――。


「御杖君は何したい?」


 御杖。悪い噂の絶えない不良。真偽はわからないが本人の見た目も相まって(金髪とピアス)殆どの人に噂が信じられている。


 僕も全部鵜呑みにしているわけではないが、素行は悪いだろうと勝手に思っている。実際悪いところは見かけるし……。


 そんな御杖がこの席にいる理由は、誰も隣になりたがらなかったからだ。


 竜田は人気者だが、僕と御杖の隣が良かったらしい。気を使ってくれているのか、それとも別の理由があるのか……。わからないが、取り敢えず御杖が怖いので大人しくしておこう。


「話しかけてくんな」


「相変わらずだねー。まぁまぁそう言わず、しりとりでもしようよ」


「……しりとりはつまんねぇだろ。もっとなんかねぇのか?」


 お、乗り気になり始めてる。


 始業式の時も思ったが、やはり竜田と御杖は元々仲が良かったのだろうか。


 全く別ベクトルな気もするが、案外似ている部分もあるのかもしれない……いや、自分で言っておいてなんだが、あるのか?


「他かー」


 竜田はうんうん唸った後、おもむろにカバンを漁った。なるほど、遊び道具を持ってきているのか。


 こういう時は大抵トランプとかのカードゲームだと思うが……。


「じゃん!人生ゲーム!」


「「多分ここですることではないと思う」」


 しまった、御杖と被せてしまった。変に目をつけられなきゃいいが……。


 バレないように御杖をチラリと見てみると、呆れたような、苛ついているような顔をしていた。おそらく僕ではなく竜田に怒っているのだろう(そう思いたい)。


 ……にしても空気重いな。関わりたくないとはいえ流石にこの空気はキツイ。少しぐらい話題を提供するぐらいなら目をつけられないだろうし……話しかけるか。


「お前さ……っ」「他になにか……っ」


 しまったぁぁぁぁぁぁぁ!被ってしまった!怖くて御杖見れない!心なしか竜田も苦笑いしてる気がするし、僕の人生ここで終わったか?


 ……落ち着け、深呼吸だ。……ふぅ。


 そもそも1回怒らせるだけで人生終わるような相手じゃないよな?御杖も高校生だし。それよりも遮った事を謝らないと……拳が飛んでくるかもしれないし。


「もっかい聞くけど……っ」「あのっ、さっきは――」


 僕終了のお知らせ。


 どうしよう。流石に2回は許されないだろ。


 いや、ここはこのまま突っ切るしかない……!ここで止まったらさっきの二の舞いだ(既に2回やらかしてるので3の舞いというべきな気がするが)!


「……御杖、さっきは遮ってごめん」


 頭を軽く下げているので御杖の顔は聞こえない。長い沈黙とピシピシと刺さる視線から、御杖がどんな事を考えているかは簡単に想像できる。



 これ、新幹線から降りたら死ぬやつだ。



 重い空気に圧され、顔を上げることが出来ない。冷や汗も止まらないし、震えも止まらない。人生最大の窮地がここだと、実感できる。


 そして、辞世の俳句を考え始めたタイミングで沈黙は破られた。


「……別に」


「?」


「別に、怒ってねぇよ。……むしろ、紛らわしい顔で悪かったな」


「……へ?」


 その返しに呆気に取られ、僕は思わず顔を上げた。


 なんで謝らてるんだ?紛らわしい顔?訳が分からない。


 僕が戸惑っている事を悟ったのか、竜田が透き通った笑顔で補足してくれた。


「御杖君はね、昔から言葉遣いが荒かったり好みのファッションで怖がられたりして勘違いされがちなんだけど……普通な人なんだよ!」


 竜田は御杖から許可を貰い、続きを話した(御杖が止めろと言わなかっただけなので許可をもらったか怪しい)。


 親や親の知人の言葉遣いが荒いため昔からこのような口調だということ。


 なんだかんだで離婚し、母親一人の稼ぎだと厳しいので中学の頃から新聞配達を始め、今は他のバイトもしていること。


 バイト先は確かにガラの悪い人が多いので悪い噂が流れてしまったこと。


「それでね、さっきから睨んでいるように見えてるかもしれないけど……御杖君はメガネが嫌だから裸眼なんだよ」


「えっ、コンタクトは?」


「痛そうだから嫌だって」


「ちょっ、そこまでは言うなって!」


 竜田と口論を繰り広げる御杖は、確かに高校生そのものだった。本当はこうやって普通の学校生活を送りたかったのだろうか。


 ……いや、勝手に気持ちを推し量るのはやめておこう。これに関してはそんな簡単な問題でもないだろうし。



 にしても、意外だ。


 自分は信憑性のない噂を信じないとは思っていたのにも関わらず、事情を聞いてしまうと「うそだろ?」と思ってしまった。つまり、多少なりともその噂を信じている部分があったということだ。


 それはもちろん御杖本人のファッションや言動によってそうなった部分もあるだろうが、情報というのは耳に入った時点でいくらか信じてしまう部分が出てくるのかもしれない。


「あのさ」


「えっ、あ、何?」


 思考回路を高速回転させていると、御杖が話しかけてきた。その顔つきは先程までのキツイものではなく、少し楽しそうなものだった。


「お前、名前なんて言うんだ?聞いてなかったから」


 ……まぁ、隣の席とはいえ御杖は出席してないし、それに僕自身記憶に残るようなタイプの人間ではないから仕方ないか。


 僕は先程とは打って変わって、なるべく明るい顔で返答した。


「鴨川宗介だ」


「カモガワ、鴨川……そうか、三日間よろしくな」


「よろしく」


 ……ん?三日間?


 まさかとは思い、カバンからしおりを取り出し、開く。そして、三日目の自由行動の際の班分けのページを隅々まで見る。


「行動班、行動班……」


 そこにはもちろん、僕と竜田が所属する班があった。言いぶりからしててっきり御杖も同じ班にいるかと思ったが、別の班なようだ。少し安心した。


 いくら勘違いしていたとはいえいきなり距離感を縮めるのは僕には難しいからな。


「ん?あぁ、俺あの班だけど自由に行動して良いように言われてるから。多分怖がられてるんだろうな……まぁ良いけど」


 どうやら。



 この修学旅行は、僕のメンタルをゴリゴリ削ってくるらしい。


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