食事する陰キャ・後編(過去から現在進行形)
「脳内で思考を巡らせるのも良いが、偶には人と話し合うのも良いものだぞ」
嫩さんが突然なにか言い始めた。
現在、葵さんの実家に滞在して2日目の朝。今日の昼頃にはここを出発する予定だ。
って、あれ。この言葉どこかで……。
「……その言葉、誰のですか?」
「ん?あー、私が弟君に言ったやつ」
会話がはじまって数秒……文字数に表すと200文字に届かない程の内容で、僕の過去がいとも簡単に判明してしまった。
「え、たしかそれ近所のお姉さんに言われた言葉だった気がするんですけど……」
「この家、妹が中学生の頃の途中に引っ越したやつで。前の家と弟君の実家ってわりかし近所だったはずだけど」
思い返しても理解はできないが、確かに祖父母の家も実家に近いので近場に家を建てたと考えると何ら違和感がない。
「……どういう流れでその言葉言ったかとか覚えてますか?」
「え?……もしかして、覚えてない?」
「はい……」
「そっか。自力で思い出してほしいけど……昔の話じゃ難しいよね。
えっと……まずは出会いから。
◆
弟君が小さい頃。葵がまだ中学1年生ぐらいだったはず。
はとこだからそんな合う機会もないし、赤の他人ぐらいの距離感だったんだけど……うちの親と弟君の親はいとこだからそこそこ仲良かったらしいんだよね。
それがきっかけで、なんやかんや話す機会があって、これを伝えた……的な感じだったはずだよ」
「大事な部分があやふやですね」
そのなんやかんやの部分が聞きたかったのだが、嫩さんは何故か家に入り込んできたモンシロチョウに興味を移したようだ。こうなると話はしてくれないだろう。
「ふぁぁ……おはよう。……なにそのモンシロチョウ」
ここで葵さんが2階から降りてきた。
「葵さんはたしか僕の事覚えていましたよね」
「ん?まぁそうだな。生憎中学生の頃というのもあって鮮明に覚えているとは言えないが、捻くれた少年だったことは覚えているよ」
「捻くれてたって……葵さんに対してどういう態度だったんですか」
「んっ?」
葵さんが妙な汗をかき始めた。そういえば葵さんは僕のことを知っている割には昔出会った頃の話はしなかったような……。
モンシロチョウが窓から逃げていき興味が惹かれる物が無くなった為か、嫩さんがこちらの会話に混ざりに来る。
「妹、あの頃は反抗期でさ。ツンケンしてたんだよね」
「ちょっ!」
「弟君に対しても『なんだぁこのガキ』みたいなノリで話しかけてたし。ふふっ、今思い出しても面白いや」
「これ以上言わないで!」
そんな羞恥心の叫び声など耳に入らず、嫩さんは滝のように言葉を連ねる。
「弟君は弟君で真に受け取って妹に話しかけなくて、それで焦ってりもしてたっけ。
あと……あれ、弟君も独りが好きなタイプだったから、妹に頼まれて話しかけた時も生返事だったっけ。
そういや、あの頃の妹って実は私が中学生の頃の真似をしてて――」
「ストップストップストップ!!!」
ケトルでも出ない量の湯気を出しながら葵さんが割り込む。葵さんが振り回される姿は城廻さん相手以来……しかもそれ以上なのでとても新鮮だ。
「あー会話好きじゃん、妹。あれ、高校生の頃の私が原因。
昔からこんな感じ、私を真似して追いかけて。
うん、やっぱり可愛い」
はにかみながら葵さんを撫でる嫩さん。対して葵さんは不機嫌そうで、頬を膨らませている。
「……お姉ちゃん嫌い!」
幼児退行してませんか葵さん。いい年した大人がなんつーこと言ってんですか。
「……弟君」
「はい」
「久しぶりのお姉ちゃん呼びに喜ぶか……嫌いって言葉に悲しむか……どっちがいいんだろ」
「勝手にやっててください」
結局葵さんの機嫌は1時間程治らず、嫩さんは心此処にあらずと言った具合だった。
今更ながら大丈夫かこの家族は。人の事言えない気もするけど。
◆
「忘れ物ない?淋しくなったら帰ってくるのよ。宗介クンも遠慮せず来なさいな。それと、お母さんによろしくね」
「子供じゃないんだから……あとよろしくぐらい人伝じゃなくて自分で伝えないか」
先程までとは打って変わって平常運転な葵さん。子供だったのはどっちだと言いたいが、もちろん口には出さない。
「またいつでも来てね。俺も待ってるから」
「ああ、ありがとう父さん。じゃあ……行ってきます」
葵さんは荷物を引いて先を行く。僕も軽くお辞儀をして、葵さんに着いていった。
「おーい、二人共ー」
「「ん?」」
二人共……って事は呼ばれたのは僕たちだよな?振り返って見ると、後ろで嫩さんが手を振っていた。
そういえばさっきはあの場にいなかったな。
「いも……ううん、葵。それと宗介クン。
二人共行ってらっしゃい」
「「……行ってきます!」」
とびっきりの笑顔を見せてくれた嫩さんに見送られながら、僕たちはバスに乗った。
「姉さんがあんな笑顔なところなんて久々に見たよ。ついてきてくれてありがとう」
「いえ、僕も来れて良かったです」
自分も覚えていない過去を知れたし、葵さんの知らない一面も知れたし。
「はは、随分と嬉しそうな顔をしているな」
「そうですか?」
「ああ、とても」
葵さんに言われるのはなんか恥ずかしいな、と思いながら頬をこねくります。いつものテンション、いつものテンション。
「……だめだな」
「?何がですか?」
「いや、まだソウスケ君に言える話でもない。いつかは話す予定だが」
要領を得ない返答だな。まぁ何の話かもわからないし、好きなタイミングで言ってくれれば良い。
それに、自分も言えてないことがあるから。
葵さんに対する、この感情。
これが恋かどうかはわからないが、そこらの人よりも葵さんのほうが好きだということは明白ではある。なんなら竜田よりも好きかもしれない。
初対面はあんなだったのに、妙な話もあるものだ。
なんとも言えない時間を過ごし、僕たちは日常へと帰っていった。




