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食事する陰キャ 中編(恋バナ→鬼ごっこ)

「光の中を一人で歩むよりも、闇の中を友人と共に歩むほうが良い……ってさ、妹」


 ソファで寝転ぶ嫩さんが、ポツリと呟く。


 昼食を食べた後、ゆっくりしていていいとは言われたもののやることが無かったのでリビングの椅子に座り本を読むことにした。


 この本は葵さんが持っていたものだ。内容は数年前に流行った恋愛小説。おそらくこちらに移住する前に買ったのだろう。


「ヘレン・ケラーか。その言葉には共感しか無いよ。私もどんな過酷な道だとしても、一人じゃなければ生きていけると思う。


 逆にどんなに舗装された道でも1人だと立ち止まってしまうか、道を踏み外そうとするだろうね」


 ソファにもたれかかる葵さんは笑顔で答える。


「姉さんは……姉さんが一人でいいって言っても周りはダメだと止めようとするだろうね」


「えー、そんなこと無いって。ほら、私って私じゃん」


「姉さんが姉さんだからこそだと思うのだが……」


 会話は成り立っているのに意思が伝わらない……噛み合ってないようだ。傍から見ている分には面白い。まぁ実際にこうなった場合は面倒だと言っておく。


「……弟って友達いるの?」


「あぁ、ソウスケ君はああ見えて友達が数人いるぞ。片手で数えれる程度だが」


 事実だがどこか悪意が見えるのは気の所為だろうか。口出ししたらまた面倒なので本に視線を落とす。


「女子は?」


「いるぞ、二人ほど。私も合わせて三人だ」


「あれ、意外」


 意外とは失礼な。……いや正当な評価だな。


 よくよく考えて見れば何故僕みたいな人間が千葉さんや利根さんと仲良くなれたんだ?竜田だけならまだギリギリ説明がつく。それでも奇跡的な事だが。


 竜田経由で関わることが多かったから?いや、千葉さんに関しては事故で話すようになって、今でもラインで愚痴を聞かされている。


 ……つまり僕はていの良いサンドバッグだったのだろうか。まぁそれでも交友関係を結べているだけ上々だろう。


「んじゃあその中で弟に好意を持ってそうな子とかは?」


「あー、うん。それは――」


 予想、0。というか事実だろう。友人だけで万々歳だし。いざ話題にされると0という事実に殴られている気分だが。


「――私も、まだ判断しかねている」


「……え?」


 思わず声が出てしまった。しかしどうやら思ったよりもは出ていなかったらしく、二人には届いてないようだった。


 にしても、判断しかねるってどういう事だ?好意を抱いている人がいるかもしれないってことか!?


 自分に好意を抱いてなかったらこの上なく気持ち悪い勘違いではあるが、想像するなと言われても無理だと即答するほどには頭が働いていた。


 ある程度交流がある女性は葵さん、千葉さん、利根さん。


 そして一目惚れ等の特殊な例を除いて僕に惚れた可能性のある人物は……葵さんと千葉さんか?


 だがこれはあくまで僕の友人の話。つまりは……。


「千葉さんが……?」


 ……。


 ………。


 いやいやいやいやいや、ないないないないない。


 惚れる要素を探した時に唯一上がったのが日々の会話だが、それもあくまでサンドバッグ代わり。葵さんなら会話とは認めない代物だろう。


 しかし葵さんが判断しかねると言っているということは、可能性は0では無い訳で……。


 ……まぁ。


 これ以上考えないようにしよう。後で思い出して後悔するやつだ。


 僕が考え込んでいる内に会話の題は変わっていたらしく、今は普段の葵さんと僕の話をしている。


 うん、それぐらいなら話されても恥ずかしいことは……。



 無い……よな……?



 無いと思ったが、よく考えて見れば普段から自分が思ったことを葵さんに伝えるのを日課にしているので、ここからその話に展開していく可能性は非常に高い。


 そして、それは僕の考えたことをそのまま話されるというわけなので、恥ずかしくない訳が無い!!


 なんとか話題を変えなければいけないのだが、いかんせんあの二人相手にできる気もしないし混ざればむしろ悪化する可能性もある。


 万事休す、と諦めかけた瞬間。女神は僕に微笑んでくれたようだ。


「葵、久々に帰ってきたからダラけたいのもわかるけど、もう少し身体動かしたら?


 ほら、小さい頃良く遊んでた公園とか行ってくればいいじゃない」


 ナイスタイミング、鈴音さん。


「とは言われても、ここを離れていたのはまだ半年ほどなんだが……」


 抗うな葵さん!


「まぁまぁ、ここは母上の提案に乗っとこう。なんか面白そうだし」


 ナイス追撃だ、嫩さん。


「弟君も行かない?楽しいよ、ここらへんの散歩」


 おっと予想外の流れ弾。


「流れ弾は大抵予想外だと思うぞ、ソウスケ君」


「心を読んでプライバシーの壁を乗り越えてくる人に正論は言われたくない」


 正直乗り気ではないが、恥ずかしい話と比べると背に腹は変えられなかった。





「弟君。あれ、ジャングルジム」


「そうですね」


「あれがブランコで、それがすべり台」


「見たらわかりますね」


「じゃあ鬼ごっこでもするかぁ」


「なんでそうなるんですかね」


「二人共逃げてよ。私が鬼やるから」


 そんなこんなで逃げることになった。


 使いどころのわからない知識を身に着けがちな僕でも鬼ごっこの必勝法などは知っているわけもなく。


 障害物になりそうなのはジャングルジムとすべり台。しかしあのすべり台は小さいものなので登った時点で逃げ場がなくなる。ジャングルジムも同じくだ。


 しかしだからといってブランコが障害物になるわけでもない。つまりやることは1つ。



(これ鬼ごっこというよりも隠れん坊だ……!)




 どうやら葵さんも同じ結論に至ったらしく、勢いよく木に飛び乗っていた。凄いなあの人。


 鬼が数えているのは6の数。ここから隠れることができる場所といえば……。


「……諦めるか」


 何もしないのもあれなので、俺は木の陰に隠れた。もちろんバレバレだと思うが。


「3、2、1……スタート。じゃんじゃんタッチするからね」


 日頃から運動をしていない僕が鬼になった場合、誰も捕まえることができずにただただ走る時間が経過するのは容易に想像がつく。


 ここはなんとしても逃げたいところだが……鬼はどこに行ったのだろうか。しかし今顔を出せば見つかるだろうし……。


 よし、静かに棒立ちして待とう。


 足音はだんだんこちらへ近づいてくる。少しずつだが、確実に。


「……あ」


 しまった、見つかったか?僕は焦りながら頭を少しだけ出し、様子をうかがう。するとそこには見た目からして怪しい二人の男にからまれている嫩さんの姿があった。なんで?


 嫩さんは男達に気を取られているので、更に身を乗り出し、聞き耳を立てる。


「覚えてない?ほら、小学生の頃同じだった佐々木だよ!こっちが前田!」


「てか久々にあったらめっちゃ可愛くなってね?今何やってんの」


 同級生を装っているが(実際にそうかもしれないが)、この地域に住んでいれば大抵の人間は同じ小学校出身だろう。


 非常に怪しいが割って入る程の勇気もない為、通報の準備だけを進める。


 嫩さんは怖がっていないだろうか、と思い見てみると何やら思い出したかのような顔をしていた。


「あー……たしか私が1年生の頃噂になっていたっけ、佐々木と前田」


「そうそう!いやー覚えててくれて助かるわ。そういや名字ってそのまんま?結婚とかして変わっちゃった?」


 名前の聞き方下手かよ。にしても、嫩さんは堂々とし過ぎやしないか?


「結婚はしてない」


「そっかー。じゃあ俺等もワンチャンあるってことだよな!」


「だな!そうだ、久しぶりにあったんだし連絡先交換しね?これからも遊びたいしさ」


「あー、私スマホ持ってないんだよね」


「……あぁ!家においてきた的な?」


「今手元に無いとかじゃなくて……」


「無くした的な?それなら連絡先だけでも教えてよ」


「そうじゃなくて」


 ワンテンポ開けて、言う。


「私……スマホ、そもそも買ってないんだ」


 その言葉を挑発と捉えたのか、金髪の男が嫩さんの胸ぐらをつかむ。しかし嫩さんの表情は変わらない。


 実は連絡先を聞かれた辺りで警察には通報をしたわけだが、だからといって僕に出来ることが全て終わったわけではない。


 でも、カラッカラの雑巾を振り絞っても何も出てきやしないのと同じように、勇気を振り絞っても動こうと思えなかった。


「お前さ、バカにしてんの?俺等が下に出たからって。現代人がスマホ持ってないわけねぇだろうが!!」


「そうやってさ、イレギュラーを嘘と決めつけるの好きじゃないんだ。


 ほら、陰謀論ってあるじゃん。あれと同じ感じなんだよ。突拍子が無いことでも否定するには確固たる証拠が必要でしょ。


 まぁ証拠がなくても武力でどうにかできるけど。ガリレオを極刑に追いやった国とか……キミ達とか」


 相変わらず無表情だが、目だけは鋭く相手を射抜いていた。対して男達は怒りと怪訝が入り交ざった顔をしている。殴りかかるのも時間の問題だろう。


 そういや嫩さんがヘレン・ケラーの言葉言ってたっけ。「光の中を一人で歩むよりも、闇の中を友人と共に歩むほうが良い」……って。


 この状況なら見捨てても助けても光の中進めない気がするんだが。どうせなら助けたほうがいいじゃないか?というか助けなかったら見捨てたことを言及されるのでは?


 僕は勇気は無かったが言及されることに対する恐怖はあった為嫩さんの方へと向かうことにした……のだが。



「えいっ」


 足払い。


「ほっ」


 からの金的。



「「……は?」」


 ごく当たり前のことのように行われたので反応できなかった為、改めて状況を振り返ってみる。


 まず、胸ぐらを掴んでいた男の腕を掴み返し、綺麗に足払いをして男を横転。そして、追撃で男の大事な部分を力いっぱい踏み潰す。


 鬼の所業としか思えなかった。


「暴力で訴えたんだから、やり返されても文句言えないよね」


「舐めやがって……!」


 もう一人の男が殴りかかったが、それも無駄だったようで。


「えっと……大丈夫ですか?」


「あ……うん」


 もう一人も投げられていた。柔道に精通しているわけではないので技はわからないが、とにかく綺麗だった。


「嫩さん、柔道か何かやってたんですか」


「気軽に嫩お姉ちゃんと呼んで良いんだよ」


「えと、嫩さ――」


「ふ、た、ば、お、ね、え、ちゃ、ん」


「――嫩姉さん」


「……ま、いいや。で、何だっけ。あー、柔道か。やってないよ」


「え」


「大学で、物騒だから護身術身につけたほうが良いって言われたことがあって。その時に動画見て覚えた」


 なるほど、天才肌の人だったのか。葵さんも大概だがこの人も流石だな。


「じゃあ、次は弟君が鬼ね」


「えっ……あ」


 鬼ごっこ中ということを失念していた為たやすくタッチされてしまった。鬼になるのは良いが、二人に追いつけるだろうか……。


 僕は苦笑いをしながら嫩さんの背中を追う……フリをして木の上の葵さんをタッチした。






 今回のオチ。この後警察がやってきて事情聴取されたので葵さんの負けで終わったとさ。

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