食事する陰キャ 前編(葵さんの実家へいざ行かん)
「いらっしゃい、宗介クン」
チャイムを鳴らすと10秒も経たない内に男性が出てくる。おそらく葵さんのお父さんなのだろう。
現在、葵さんと二人で葵さんの実家に来ている。住宅街の中にぽつんとある一軒家だ。
「お邪魔します」
「ただいま」
住宅街の中の少し古めかしい一軒家。これが葵さんの実家らしい。
「宗介クンも大きくなったね。前あった時はこんなに小さかったのに」
伯父さんは大豆程度の隙間を指で作る。
ここは突っ込むべきなのだろうが葵さんがツッコミをするだろう、うん。
「はは、確かにそのくらいだったね」
「っ!?」
葵さんは伯父さんのギャグにノッたのか……?
いや、葵さんなら有り得る。僕にツッコミをさせるため、そして自分でツッコんでしまってはギャグが身内ノリ的なキツイものだと思われるからという考え……。
あっ、葵さん目が泳いでる……汗かいてるし、ちょっと頬赤い……。親が人前ではっちゃけてたら恥ずかしいのは共感できる。だがそれならばわざわざノッて自爆特攻までしなくても良くないか?
「二人共、困ってるよ。そのへんでやめといたほうがいいんじゃない。というか父さん、火ぃつけっぱ」
「あっそうだった!」
「はいはいわかったよ姉さん」
伯父さんはドタバタと戻っていった。料理中だったのか……。
葵さんから姉さんと呼ばれた人物は、無表情なのにどこか優しさを感じる女性だった。ショートボブと左耳のピアス、そして白シャツと黒のロングスカート。絵に描いたクールな大人といった見た目だった。
人を見た目で判断すべきではないとはわかっているが、着ている服やアクセサリーはファッションなのでここから判断はしてもいいだろう、うん(だからといってあの服を着る=クールな大人とも言い難いが)。
だが、あの葵さんのお姉さんだ。見た目以上におかしな人ではあるだろうから注意しておこう。用心深いに越したことはないからな。
というかそれよりも……。
「葵さんお姉さんいたんですね……」
「おや?……あー、言い忘れていたな。すまなかった。アレは加茂川 嫩。私の姉だ。
折角だし他の家族も説明しておこう。父の加茂川 草也《《そうや》》。母は加茂川 鈴音。母は今買い物に行っているらしい」
「久しぶり。と言っても覚えていないっぽいけど……改めて、私は嫩。いつも愚妹が世話になってます」
「一体どこが愚妹なんだか。一言多いと思うぞ、姉さん」
「ん?いやー、こういう時お決まりの言葉だし。言ってみたかったんだよね、コレ。
それにどうせその子を自分の話に付き合わせてるでしょ?」
「……そんな事無い」
「はぁ……ま、取り敢えず上がって上がって。話は中でしよう」
「お邪魔します」
「少しは擁護してほしいなぁソウスケ君!?」
擁護できるところなんかあったか?
葵さんの文句を聞き流しつつ、これまでの流れを思い返していた。
◆
「……葵さんの実家、ですか」
「あぁ。お盆に帰省できなかったからなるべく早めに顔を出したいと思っていたんだ。言っておくが別に強制というわけではないから、後でまたどうするか聞かせてくれ」
「え、付いていきますよ」
「……即決とはまた珍しいな」
「いえ、たまには外の事も知ったほうが良いんだろうなと」
「『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは言うが、ずっと見てきたはずなのにずいぶん変わったように思えるよ」
「自分でもそう思います」
◆
我ながら早計過ぎたかとも思ったが、しかし返事を引き延ばせば引き延ばすほど行動するという選択は難しくなる。
今では一瞬の気の迷いだったのでは無いかとも思うし帰りたいとも思う。だが、それと同時に何かに嬉しさに似たものを感じている気もする。
それが何かまではわからなんだけどな……。
「二階の右奥の部屋がキミの部屋。もう少しで昼食が出来上がるっぽいからそれまでくつろいでて。今日からここはキミの実家。いえーい」
「姉さん例えのつもりだろうけど例えになっていないぞ」
「ん?例えじゃ無かったんだけど……。
あー、二人で来るって言うからてっきり交際の報告と思ってたけど、この様子だと……」
「……付き合ってないですね」
「どちらかと言うと私の弟の感覚だ」
勝手に弟にしないでくれますか葵さん。もちろん、口には出さない。
「そっか、なるほどね。
でも、妹がキミを弟って言うんなら、僕の弟ってわけでしょ。結局ここはキミの第二の実家ということで間違いね。やった」
「『自分の家だと思ってくつろいで〜』とかならわかるがそれは理解できかねるな」
「妹愚かー。めっちゃ愚かー。ほら、弟君も一緒に」
「……えっと」
「姉さんが困らせてどうする」
「……ふふ、ウケる」
ウケると言いながらここまで無表情を貫く女性は古今東西この人だけだろう。
というよりも、葵さんのお姉さん……嫩さんと言ったか。彼女の第一印象が全部台無しになるような人だった。
どこか掴みどころが無く、その場のノリで動いているような人。しかしどこか大人びている様子自体は第一印象から変わり無く、一言で表せと言われれば『面妖』と答えてしまうだろう。
「でも意外ですね。葵さんのお姉さんだからてっきり(もっと)変な人だと思っていました」
今も十分に変な人とは思っているが「もっと」を口に出していないだけで嘘はついていない。
「今失礼なこと言わなかったかソウスケ君。何故私の姉=変だと思っだのか教えてくれないか?」
失礼なことなんて言ってない……とは言い切れないので口を噤むことにした。
「変ってよく言われるけど、そんな風に言われたのは初めてかも。やば、嬉しい」
「姉さんよりも私のほうがまともだよな?な?」
収集がつかなくなってきたので「荷物置いてきますね」とだけ言い残して部屋に向かった。僕は悪くないはずだ。
◆
「ただいま〜」
「……?」
部屋で荷物を整理していると、玄関の方から聞き覚えのない女性の声が聞こえた。
「あ、そういえば葵さんのお母さんが買い物行ってたんだっけ。名前は……えっと……鈴音さん?」
とにかく、荷物を片付けるよりも先に挨拶だろう。上がらせてもらってる身なわけだし。
「……あら?」
「こんにちは。えと、葵さんの同居人の鴨川宗介といいます」
「あー!宗介クン!大きくなったわね〜。あ、私は葵の母の鈴音です。いつも葵がお世話になってます。葵、迷惑かけてないかしら」
「いえいえ、助けられた事こそあれど迷惑だなんてかけられた事無いですよ」
鈴音さんは、葵さんや嫩さんのように高身長というわけではなく、僕よりも少し小さいぐらいだった。
その表情と口調からも優しさがヒシヒシと伝わってくるが、どこか葵さん達と似た空気感も持っている。
特に変ってわけでもないし、なんならキレイな人だけど……まぁ嫩さんも葵さんもあんな調子だからもしかすると変わった人ってことも……。いや、憶測だけで人を語るのはよそう。
「母さんおかえり。それと、ただいま」
「あらあらあら!葵もこんなに大きくなっちゃって!」
「私の成長期は高1で終わったはずだが?」
「そうだったかしら?それより葵、宗介クンに迷惑かけてないでしょうね」
「そんな迷惑だなんて……迷惑だなんて」
なぜ2回言った葵さん。せっかくの僕のフォローを台無しにしようとしていないか?
「それよりも母さん、買い物帰りなんだろう?荷物運ぶの手伝うよ」
「ありがとね。まぁその件については追々聞かせてもらうとするわ」
「ははは……」
苦笑いする葵さんはそのまま車へと向かった。
「コッペバーン、フランスバーン、メロンパー……あれ、弟君何してるの?」
「さっき葵さん達のお母さん……鈴音さんが帰ってきてたので挨拶を」
「なるほど、ちょうどいいや。昼ご飯できたから先にリビングで待っててよ」
「あ……はい。ではお言葉に甘えて」
僕も手伝いたかったが親子水入らずの時間を邪魔するのも悪いと考え、言われるがままにリビングへと向うことにした。
◆
「……」
どうしてこの人は『先にリビングで待っててよ』と言ったのに一緒にリビングにいるんだ。しかもくつろいでるし。テレビ前のソファに頭乗せて回転してるし。首痛くないのかな。
「……首痛いし頭揺れるなぁ」
何やってるんだあの人は。ホントに何がしたいんだ。
「弟君」
「は、はい」
急に呼ばれたので声が裏返る。
嫩さんは転がりながら続ける。
「ぶっちゃけ、好きな子とかいる?」
「……いや、いないですけど」
「そっかー。んじゃ気になる子とかは?」
何を言ってるんだこの人は。距離感の詰め方というか言動の一つ一つがよくわからない。葵さんの思考回路は考えたら理解できる、理屈が通ったものだった。
しかしこの人はどうだ。
なんの目的があって転がる。
なんの目的があって好きな子を聞く。
もしかしたら目的なんて無いのか?暇つぶしなのか?にしても他に選択肢がある気もするが……。
僕が思考回路を降るフル回転させていると、葵さん達が玄関前の廊下から、伯父さん……草也さんがキッチンからそれぞれ荷物と料理を持ってやってきた。
「あ、昼ご飯素麺じゃん。やったね」
「……」
嫩さんの思考回路に悩まされながら美味しい素麺を食べるのであった。




