稼ぐ陰キャ 前編(文化祭当日午前)
「脱出ゲームでーす。良かったらどうぞー」
僕はなるべく大きな声で集客をする。
今日は文化祭当日。問題なく準備も終わり、何のイベントもなくここまで来れた。言ってしまえば今日自体がイベントなのだが。
もちろん僕達もシフトをちゃんと完成させている。30分交代制で、中に二人外に二人の計四人体制だ。僕が働く時間帯は朝の初っ端と12時からの30分ずつで、今は朝の方。
ちなみに朝も昼も誰も入りたがらなかったのが原因で奇跡的に(シフト管理の立場だったので確率の高い奇跡かもしれないが)校外学習の四人がまた揃ってしまった。
一つ言いたい。四人で働くのは良いが、集客僕じゃないだろ。
正直中でやる事はわからない時にヒントを出したり残り時間を教えたりするぐらいしかやることが無い。それに比べてこっちは常に大声を出さなければならない。
無理だろ、僕だぞ。隣の利根さん見てみろよ、めっちゃ笑顔だぞ。僕なんか真顔だぞ。おかしいだろ。
「鴨川くん、もっと笑ってください!あ、いらっしゃいませ、脱出ゲームやってます!」
利根さんに注意されるレベルだぞ。ホントにポジションこれで合ってるのか?
……ともあれ。陰キャだからという理由で集客すらまともに出来なければ今後来るであろう社会生活でも同じ事を繰り返してしまうかもしれない。成功体験を刻むべく努力してみることにする。
えっと、笑顔で大きな声で……。
「いらっしゃいませ〜!脱出ゲームやってま〜す!」
「いい感じですよ鴨川君!あ、ご入場されますか?ありがとうございます!」
どうやら本日一組目がいらっしゃったようだ。
一組目に続き何組かやって来た。文化祭というお祭りにはゲームというのは興味をそそられるものだろう。しかもあくまでクラスの出店なので1回あたり200円、さらに整理券がなくなり次第終了なのだ。他に脱出ゲームらしき出店は見当たらない。
謎解き要素がありさらになくなり次第終了となればば「行ってみたい!」となる人も少なくないだろう……ククク。
「あのー鴨川君。笑顔は笑顔なんですけど悪い顔してますよ」
しまった、顔に出ていたようだ。真面目に集客しよう。
その後もどんどん人がやって来た。見た感じだと朝一発目なのに既に少なくとも整理券の10%は無くなってそうだ。流石に想像以上で驚いた。
文化祭開始から20分。整理券を配り終え、落ち着いてきたタイミングで利根さんが話しかけてきた。
「鴨川君は今日誰かと周る予定あるんですか?」
「え、あー。葵さん……じゃくて、同居してる人がいたじゃないですか。あの人が今日来るらしいんで案内するつもりです」
文化祭当日がいつなのかは伝えなかったはずなのに、さも当然かのように「明日は私も行くぞ」と言ってきた時は驚いたなぁ。
「そうでしたか。あの……もしよろしければ葵さんも含めた5人で周りませんか?」
5人……おそらく利根さん、千葉さん、竜田、僕、葵さんなのだろう。僕は別にいいが葵さん次第になるな。というか僕的に葵さんと二人きりという旗から見たらアレな光景じゃなくなるので嬉しいまである。まぁ姉弟に見られる可能性もあるけど。
騒がしいのは苦手だが、こういうお祭りの時は大人数のほうが楽しいものだろう。去年なんか僕一人でつまらなかったからな……。1人で……。
「と、取り敢えず葵さんに聞いてみますね!」
「!わかりました!」
とても嬉しそうな顔で返事する利根さん。僕みたいな人間に積極的に関わるのなんて葵さんぐらいだけだと思っていたが……。案外、個性的という面では葵さんと気が合うかもしれない。現に僕もすぐ慣れたのだから。
と、虚空を見つめて小休憩していると。
「私も別に構わないよ。大勢のほうが楽しいからね」
「葵さん!」
葵さんが突然現れた。右手にはフランクフルト、左手には炭酸飲料を持っている。……満喫してるなぁ。
「葵さん……はじめまして、利根真冬と言います。鴨川君……あ、えと、宗介君にはいつも……」
「そんなにかしこまらなくて良い。利根君……夏休みに遊んだあの3人の1人だね。よろしく。
それで先程の話なのだが、私としても願ったり叶ったりだ。ソウスケ君との変な噂でも流れてしまったら学園生活に支障が……いや、姉弟に見えなくもないか」
僕と全く同じ思考回路を持っていやがる。やっぱり僕と葵さんは根本的な部分は似ているのだろう。
以前の僕なら『会話好き以外共通点ばかり〜』とまで思っていただろうが、今は少し違う。
共に住み始めて5ヶ月程。家事全般が出来ないことが発覚し始めたのだ。
正確には出来ないというよりやらないというのが正しい。掃除や洗濯等は偶に手伝ってもらう事があるのだが、その際は手際よくこなしてくれていた。つまり、僕に頼り切っているのだ。
自分ばかり家事をやらされていて不公平だと思ったことはない。そもそも金銭面で助けてもらってるし、家事も頼んだらちゃんと手伝ってくれるからだ。
しかし、料理は別である。僕と同じように余計なアレンジをせずにレシピ通りに作る筈なのだが、何故か美味しいとも不味いとも言い難い味になってしまう。ちょうど校外学習の日の晩御飯が葵さんの料理だったのだが、今でも何味だったのかを考えてしまう。
閑話休題。つまりは家事の不出来と会話好きという点以外は共通点が多いのだ。
ふと利根さんの方を見ると、利根さんもまた自分の方を向いていた。
「でも葵さんお綺麗ですし宗介君も満更では無いのでは?」
「え?」
利根さんが変なことを口走る。何を言っているんだ、やはり変人だったのか利根さんは。
「確かに葵さんは綺麗ですけど中身が合わないですね」
「私もだな。気は合うし見た目も気になりはしないが本人がこの感じなのだから致し方ない。それに未成年に手は出せないし」
そういやこの人が成人してたのを忘れていた。
「なんだか仲良いような悪いような……」
利根さんはまるで質問を間違えてしまったと後悔しているかのような顔だった。確かに質問を間違えてはいるが、そこまで深刻な問題でも無いので訂正をいれる。
「仲自体は良いんで気にしないでください」
「そうだな。仲が悪ければ5ヶ月もこの生活は続かなかっただろう。無論私が人を嫌う事なんて滅多に無いが」
無論僕もだ。苦手意識を持つことはあっても嫌いの段階まで行く人は少ない。まぁ口には出さないのだが。
「な、なるほど……」
ゴクリ、と喉を鳴らす利根さん。そんなに緊張するような場面だったか?
そうこうしている内に30分経過したらしく、次の当番の人がやって来た。
「あ、葵さんだ。お久しぶりです〜」
「お久しぶりです」
「竜田君に千葉君か。久しぶりだな。元気そうで何よりだ。
それで私も一緒にさせていただくことになったが……いいだろうか?」
「「もちろんです!」」
竜田も千葉さんも楽しそうな笑顔で葵さんを歓迎する。葵さんはやっぱり凄いな、と実感する。
「ソウスケ君、行くぞ」
「……わかりました」
本音を言うと少し妬けてしまったが、楽しそうな4人を見てそんな気持ちは消え失せた。




