表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/73

改装する陰キャ(新学期開始)

「みんな!夏休みは楽しかったかー!」


 うちの担任が元気満々かつ偉そうに叫んだ。


 夏休みが明けて最初の登校日。朝っぱらから、しかも夏休み明けだと言うのにテンションが高すぎやしないか。


 きっと陰キャな僕以外のクラスメイトも同じことを思っているはずだ。きっとそうに違い無……


「楽しかったでーす!」「俺、〇〇と海行ってきた」「私✕✕ちゃんの家に泊まらせてもらったー」「えへへ、楽しかったね」「先生は何してたんだよ!」「私はほら、卓球部の顧問だからそっちをな」「お疲れ様です」「先生こそそれ楽しめたの?」「おう!楽しかったぞ!」


 ……僕と同じことを思っているだとかなんだとか言ってすみませんでした。僕にはあんなテンション無理です。


「よし、この後始業式があるから体育館に移動しろよ!混むと思うからなるべく早めにな!」


 先生らしい事を言いながら一足先に教室から出ていく。時計を見てみると始業式が始まるまでまだ20分もあったので、少しゆっくりしてから行こうと思った。のだが。


(……周りうるさっ)


 当然といえば当然だが、『親しいけど夏休みに一緒に遊ぶほどではない』程度の距離感の人達が近況報告をし合っている。もちろん、夏休みに一緒に遊ぶ仲でも雑談に勤しんでいるのだろうが。


 雑談をするのは当然の権利なのでこちらからうるさいだとか言う筋合いはない。というかうるさいとは思うが別に不快とまでは思ってないので気にしてない。一々気にしてたら胃に穴開くわ。


 そう思っていると、僕の右隣の席から声が聞こえてきた。


「ったく、うるさいな……」


 その少年が呟くと同時に周りの人は話すのをやめ、それが伝染するかのようにクラス全体が静かに……いや、ヒソヒソ声で話すようになった。


 右隣の席。そこに居るのは御杖みつえ 奏努そうどという1人のクラスメイト。


 御杖には不良グループの長だとか麻薬売買をしているだとか色んな噂がある。そのせいか誰も近づかないし、恐れる。


 もちろん火のないところに煙は立たない。御杖の目つきが悪かったり、髪を金色に染めていたり、単純に態度が悪かったり……他にも不登校、成績不振などがあったりする。


 僕はその噂を真に受けている訳では無いが、ただ関わって損すると思っているので近づきもしない。まぁ隣の席なので物理的距離はとても近いのだが。


 そうこう考えているとクラスメイト達が移動し始めた。御杖が良くも悪くもキリ良く会話を終わらせたらしい。葵さんが言っていた会話=川理論に則って考えるなら、彼は……ダムだろう。


「……いやダムというより土砂崩れか」


 そう呟きつつ僕も教室を後にした。





「ふぅ……」


 ありきたりな話ばかりだった始業式を終え、教室に戻る。本格的な授業は明日から始まるので今日はこのままHR(ホームルーム)後に解散らしい。


 周りからは「二日目から六時間かよー」「午前中授業がいいー」といった意見が聞こえる。


 個人的には家に長くいてもやることはゲームや動画を見たりだけなので学校にいたほうが有益だとは思ったが……友人と遊ぶ人達はそりゃあ午前中授業の方が良いっていうのもわかる。


 にしても……。


「……」


 御杖は、スマホをいじるだけでも、怖いなぁ。


 指の動き的にメッセージを入力しているようだが、時々舌打ちや苦言が聞こえてくる。噂抜きでも怖い。


 バレない程度に御杖の方を見ていると――


「御杖くん久しぶり〜。夏休みは何してた〜?」


 ――竜田たつたが、御杖に絡みに行った。


 クラスにも緊張が走る。会話が小さくなり、視線もこちらに向いている。一人ひとりがバレない程度にしていてもクラス全体がそういう空気だと流石に伝わってくる。


「お前には関係ねぇよ……」


 そんな竜田含むクラスメイト達が癪に障ったのか、竜田を睨みながら扉へと歩き出す。それを千葉せんようは見逃せなかったようで。


「あ、ちょ、HR!まだ終わってないよ!」


 出ていこうとした御杖を引き留めようとした。その隣では利根とねさんが真っ青な顔で千葉さんの腕に捕まっていた。


「……はぁ」


 御杖はわざとらしく大きなため息をつき、そのまま教室を後にした。


 御杖の姿が完全に見えなくなったタイミングで、教室は活気を取り戻す。


 「そそぎちゃん!危ないでしょ!」


「でもアイツ勝手に帰ろうとしてたし……」


「もうっ!悪いことが起きてたとしても雪ちゃん一人でなんとかしようとせずに私も頼ってください!」


「うっ……でもまふを危険にさらしたくないし……」


「……へへ」


「……ふふ」


 ……えっと。


 僕は何を見せられているのだろうか。


 御杖を怖がる事はなくなったものの、千葉と利根さんの仲睦まじい姿を見せられるのも困る。


 そういえば。


「なぁ竜田」


 未だに御杖の席の近くに竜田が立っていたので尋ねてみる。


「なんで御杖に声をかけたんだ?」


「えっ?あー……うん、なんとなくかな?」


「そうか」


 万年陰キャの僕でも濁したい部分だというのは容易に想像できた。


 思えば、僕は竜田について全く知らない気がする。


 そもそもの付き合いが今年の5月頃からなので深い関係じゃなくて当たり前だとは思うが、それにしても表面の部分しか見ていない気がする。


 例えば竜田よりも付き合いが短い千葉。彼女の場合は『明るくて委員長の利根さんとなかよし。ギャルっぽいが実は真面目で目上の人への敬意を持っている』というぐらいにはわかっている。


 だが、竜田は『クラスでマスコット的な立ち位置で掴みどころがなく、周りと距離が近い』という具合だ。本人と関わったことによって得た情報がこれといって特に無い。


 まぁ別にそんな深く関わりたいという訳でもないので(初めての友人を踏み込み過ぎで無くすのも悲しいので)御杖の件も追求する気はなくなった。




 そのままHRは何事もなく終わり、現在帰宅中。


 普段なら下校中に思考回路を暴走させるのだが、今日はそんな余裕がない。


 御杖が来たからというのもあるが、一学期だって一週間に一度は来ていたのでそこまで大きなイベントというわけではない。別に大きな理由ではない。


 つまりは、もっと大きな理由があって。



「あーもう御杖のやつぅ〜〜!!」



 ……千葉さんの愚痴に付き合わされて、ファミレスで30分が経過しようとしていた。


 あれ、下校中ってなんだっけ。いやこれは寄り道か。なら下校中だ、うん。


 何故だろうか。普通下校中の寄り道は陽キャ感が漂ってきて複雑な気分になるはずなのに、今は早く帰りたいの一つしか頭にはない。


「聞いてるっ?」


「聞いてま……聞いてるよ」


「……まぁいいけど。でもやっぱり無いよあれは!うん!まふの前だから強く言わなかったけど……ああー!!もう!!!」


 さっきからこの調子で同じことを繰り返している。どうしよう、帰りたい。誰か助けてくれ。


 別に千葉さんが嫌いだとかそういうわけではないのだが、僕は愚痴というものが嫌いなのだ。


 いつだったか会話の六割が愚痴ということについて考えた時があった気がするが、その時も思った通りやはりあまりいい気持ちではない。


 帰りたい、そう思っていると思わぬ助っ人が現れた。


「……ソウスケ君じゃないか、奇遇だな」


「葵さん!?」


 なんでここに葵さんが!?


「あ、葵さんってことは……同居してるっていう?」


「ん?その声はたしか千葉さんだったか?改めて私は加茂川 葵。ソウスケ君と同居している」


 流石葵さん、一度会話した人間の名前をずっと覚えているとはとてつもない人だ。


「千葉 雪です。鴨が……宗介君とは同じクラスでして。あ、夏休みの時はありがとうございました」


 千葉が軽く頭を下げる。


「いやいや、私も楽しかったから別にいいさ。では……あー……」


 葵さんは僕の顔を見て、まるで今までの会話の流れを全て理解したかのような顔をして、千葉に告げる。


「すまないが、今日は私からソウスケ君に用事があるからソウスケ君をもらっていってもいいかな」


「あ、すみません!どうぞ!」


 その答えを聞き葵さんは「外で待ってるぞ」と一足先に外に出る。


「……鴨川、ごめんね付き合わせちゃって」


 葵さんが去ったあと。


 少し気持ちが晴れたのか、申し訳無さそうな顔で千葉が謝ってくる。そんな顔をされたらこちらから何も言えないじゃないか。元々言うつもりも無かったし、そんな度胸も無いのは置いといて。


「いや、こっちこそ相手になれなくてす、ごめんね」


 そういうと千葉はキョトンとし、吹き出す。


「あはは。じゃあさ、今度は私の話だけじゃなくて鴨川の話聞かせてよ。」


「……僕なんかで良ければ」


 なんだかんだで次に話す予定もできてしまった。


 僕は少し恥ずかしくなったので「これ、ドリンク代」と言いお金を渡して去ろうとしたのだが「今日は付き合ってもらったんだし私のおごり!」と返金された。


 結局感謝と謝罪だけを伝え逃げるように店を後にした。


 ……ちなみに。


 葵さんは昼休憩で外に出たところ僕たちを見つけ、気になったので追いかけてきたのだとか。


 もちろん、葵さんのことなので昼休憩が終わるまでには会社に戻ったらしい。ちゃっかりしてやがる。


 こうして、人生の中でも指折りの濃さだった一日は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ