真・エピローグ・夏休み
「では早速行こうか」
葵さんが温泉貸し切りをもぎ取ってきたことにより、大浴場に二人で向かうことになった。
従業員には話が通っていたのかすれ違う従業員に「あの人が……」「キレイな人ね……」と好奇の目で見られる。
そして何も知らない別の客からは痛々しいものを見るような、失敗することが丸わかりな状態で見てられないような……そういう眼差しを向けられた。どうやらこの場には大浴場が開く時間を教えてくれる親切な方はいないらしい。現代日本も淋しくなったものだ。いや別に語れるほど人生経験はないのだが。
そういえば昔に比べて現代の若者は周りに関心を向けることが少ないだとか、そういう類の話をよく聞く。
まぁインターネットやスマートフォンの普及により承認欲求や自己肯定感を匿名で満たすことができるようになったのだ。リアルに全てがあった時代と比べれば無関心と言われて当たり前だ。それにしても無関心すぎる……インターネットを全てだと思っている若者が多いことは良くないと思うが。
インターネットやスマートフォンの普及……というより作られた経緯は、便利さを追求したからだ。
その便利にしがみつきリアルを疎かにしている若者が現時点でも多くいるのだから、案外シンギュラリティに到達しなくても人類は自滅する可能性もあるな。
そうやってまた思考を脱線……暴走列車状態になっていたせいで角を曲がる一人の男性に気が付かず……。
「っとすみません」
さながら少女漫画のようにキレイにぶつかった。相手は男だが。
「ああいや、こちらこそすみません。えと……今から大浴場に?申し上げにくいですけど大浴場は……」
きれいな黒髪。まるで夜空のような髪だった。もちろん、星のような光があったわけではない。黒いと言うより暗いというのだろうか……そういう色をしていた。きれいな髪だ。
髪には星はなかったが、目は星になり得るものと言える。少し長く眉にかかった前髪の下には金色の瞳があった。顔立ちから純日本人に見えるのできっとカラコンか何かだろう。それにしてもキレイだ。
そして服装はと言えば、薄い紫のレインコートだった。室内で、しかも外は雨も降っていないのにと思ったが深く追求する気もない。
「ああ、私達は許可を貰っていてな、開けるちょっと前ぐらいなら少し入ってもいいと許しをもらった」
どうやって許可を貰ったのかは考えないようにした。
「なるほど、でしたらお二人が加茂川夫妻でしたか」
どこでなるほどとなったのか、そもそもどうして名前を知っているのか……言及する点がいくつかあったため(ここに来るまでに疲れていたこともある)、いちばん大事な夫婦の否定ができなかった。
「いや、確かに私達は加茂川と鴨川だが……漢字が違う。大方冷雨から聞いたといったところか。それで、君は?」
酷い言い方をすれば会話厨である葵さんにしては素っ気無い対応だった。レインコートにも突っ込まないし。まぁ城廻さんの件で疲れていたし無理もないか。
「おっと、失礼しました。私は霧ヶ原 響一です。このレインコートは趣味なので気にしないでください。ちなみに今日は迷彩柄だが
私は冷雨さんとはちょっとした知り合いでして、今回招待されたんです。加茂川さんも招待されたと聞きまして……」
「改めて加茂川 葵だ。こっちが鴨川 ソウスケ君。風呂が私達を待っているから失礼させてもらうぞ」
明日は槍でも降ってくるのだろうか。あの葵さんがさっさと会話を切り上げた。
(ホントに疲れてるんだなぁ。まぁ僕も疲れてるしさっさと行くか)
葵さんの横顔を覗き見し、その後霧ヶ原さんの横を通り過ぎる。
そう、通り過ぎた。のだが、後ろからついてくる。
「……どうした霧ヶ原くん。まだ何か用があるのか?」
「ああいえ」
作ったような笑顔で「どちらかというと用があるのは風呂の方でして」と付け加える。
「……まさか」
「はい、私も風呂に入る許可をいただきましたので」
葵さんと僕は一旦その場を離れて、会議を開いた。
「……」
「……」
「あー……ソウスケ君。流石に……」
「ええっと……はい。流石に1人ですし、大丈夫です」
「あ、あぁ……いや相手が1人のほうが絡まれる気もするが……ソウスケ君がそれでいいなら別にいいか」
確かに言われてみればそのとおりだが……今更どうしょうもない。そうやって諦めて共に風呂に行く覚悟を決めたのであった。
霧ヶ原さんはどうやら気が利く人だったらしい。共に浸かっている時もそんなに話しかけてこず、ある程度の雑談……ホントに取り留めのない話しかしなかった。
例えばどういう経緯で城廻さんと知り合ったのか話してくれたり、この旅館について説明してくれたり。
また、お互いに高校生だということもわかり、高校生活についても少しだけ話した。文字通りホントに少しだけだった。
「久々に長く浸かったな……スッキリした」
「ソウスケ君おかえり。牛乳飲むか?」
霧ヶ原さんを置いて脱衣所から一足先に出ていった僕は、お言葉に甘えて牛乳を飲んだ。うん、美味い。
「この後どうする?私は部屋でゆっくりしようと思うんだが」
「僕もそうします」
相場なら卓球とかするんだろうが、久々の長距離移動で疲れたので身体を動かしたくない気分だった。いやほんとに無理っす。
そうして特に語ることもなく……次の日。
「おはよう、ソウスケ君」
「……おはようございます」
別に旅行だからとか、布団を並べて寝たからだとか……そういう理由でハプニングが起こるわけもなく。朝食を食べた後すぐに帰り支度を始めた。
「……すまないな、せっかく気分転換のために連れてきたのにこんな事になって」
「いえ、楽しかったですよ」
本音を言うなら逆に疲れたけど、でも楽しかったのも嘘ではなかった。
多分……というかほぼ確実に、葵さんは僕に夏休みの思い出を作らせたかったから連れてきたんだろう。
そして、多分楽しませたかったのだろう。葵さんにしては珍しく霧ヶ原さんとかと会話をしていなかったし、僕にもだいぶと気を遣ってくれていた。
「……葵さん、ホント、ありがとうございます」
「そんなに感謝しても私からソウスケ君に出来ることは会話ぐらいだぞ」
「……はは、それもそうですね」
「そこは少しは否定してほしかったな」
結局最後は何気ない話しをしたけど。
そこで、葵さんと話すのは僕にとって特段苦ではないことに今更気付かされた。霧ヶ原さんのときよりももっと……比べるほどもない程に差があった。
気付いたことによって何か変わっているのかもしれないが、そこまでは自覚出来ない。ただ、この変化は別に悪いものではないと思う。
(明日から二学期か……がんばろ)
こうして。
僕の高校生活中2回目の夏休みは終わりを告げた。




