エピローグ・夏休み
「こちらがお客様の部屋でございまーす!」
案内されたのは二人だと広すぎるようにも感じる部屋だった。部屋の広さや座椅子の数的にも4人部屋っぽい。なんでわざわざこんな広い部屋を……?
「部屋のお風呂はいつでもOKですが!大浴場は!午前は5時から11時、午後は18時から25時となってます!1秒でも過ぎたら罰金百万円なので気をつけてくださいね!」
今どきの小学生でも罰金百万円とか使わない気がするんだが。罰金は置いといて、わざわざそんな規則を破るつもりもないので「わかりました」とだけ伝えた。ちなみに葵さんは疲れてたのか「わかった」とだけ言ってバタンと仰向けに倒れた。
「それではごゆっくり〜」
そう言い残し城廻さんは退出した。俺は葵さんの方を見た。先程と変わらず全く動かない。
「葵さん大丈夫ですか?」
「あぁ……私は会話は好きだが言葉のドッジボールは苦手なんだ。いや別に嫌いというわけではなくなんなら好きな部類ではあるが……私がやろうとしたら気力と体力が足りず途中でこんなふうになってしまう。特に冷雨はいつもあのテンションだから少々キツイ」
「じゃあなんでこの旅館を選んだんですか?というかなんで城廻さんと仲良さげなんですか?」
陰キャで人との接し方がわからないタイプの人間なので少し興味が湧いた。もちろん、葵さんの過去も知ってみたいと思ったのもある。
話は変わるが、こんな感情が湧くということはつまり会話をすることへの抵抗感が薄れてきているということじゃないのか?
前なら話を聞くのが億劫でそんな問いかけをしなかった……というより、そもそも自分から話しかけなかった。
やっぱりもう俺陰キャじゃないのでは……!?
「……ソウスケ君、君が今ふと思ったであろう事に答えてやろう。君は陰キャだ」
「さらっと思考回路読まないでくれます?
……でも、こんなに成長してるんですよ?それでも陰キャって……そもそも陰キャかどうか決めるのは葵さんじゃない気もするんですけど」
「そうだな、私ではない。でも考えてみたまえ。
登下校は一人で歩いて、休み時間はあまり話さず、話すとしても話し相手は二人ほど。友人と遊ぶことも月に1回もない……。最底辺ではなくなったがまだ陰キャの域は脱していない、といったところではないか?」
なるほど、言わんとすることはわかった。たしかにそう考えれば陰キャ脱却とは言い難い。
「そういえば話は全く変わるのだが……この旅館についてどのくらい知っている?」
なんの脈絡もなく質問された。
「話変わり過ぎでは……?まぁ、葵さんから聞いた程度でしか」
「なるほど、ちなみにここは露天風呂や大浴場といった温泉もあるから気が向いたら行くといい。混浴ではないから共に行くわけにも行かないからな」
「混浴でも誘わないでくださいよ」
赤の他人に裸が見られたくないとか一緒に温泉に入りたくないとかそういうのは気にしないタイプだが、ここは見た感じそこそこの人数がいた旅館……。人が多い事自体が無理だ。無論、混浴だとしてもだ。
「ふむ、大学でも褒められた私の可憐な肉体を見ることができる機会だというのにもったいない選択だな」
「……人前で脱いだんですか?」
「ほら、初めて会った時に言っただろう?海に行った時に褒められたんだ」
「あぁ、そんなことも言ってましたね」
全然覚えてないが取り敢えず覚えてる感を出しとこう。
「つまりソウスケ君はこの部屋の風呂で済ますのか?まぁここも露天風呂はあるが……」
「そのつもりです。人混みは苦手なので」
そう言った瞬間葵さんは立ち上がった。急にどうしたこの人。
「人混みで無ければいいんだな」
「ちょ、何するつもりですか」
そんな問いかけも届かず、葵さんは足早に部屋を飛び出した。
「……嫌な予感しかしねぇ」
その嫌な予感は見事的中した。
「準備を早めに終わらせるから17時から貸し切っていい事になったっぞ。これで思う存分温泉に浸かることができるぞ!」
「何やってんですか葵さん!?」
どうやら葵さんは想像以上にやばい人らしい。




