存在しえない・存(夏休み1週間目)
「暇ならば私と会話するか?」
葵さんは何故かニヤニヤしつつそんな戯言を言う。まあ僕が暇だと言ったのが原因なのはわかりきっているが。
「暇でもやりたいこととやりたくないことぐらいありますよ」
「ツレないなソウスケ君は。
……そういえば何故ソウスケ君は敬語を私に使う?」
「いや……一定の距離感もありますし年上ですし」
「だが私が来たばかりの頃はタメ口だっただろう」
「あれ、そうでしたっけ」
ホントに記憶にない。かれこれ2ヶ月以上経ってるんだ、覚えてるわけ無いだろ。
「ああ、来た頃は敵意丸出しで睨んだりタメ口で口も悪かったり……」
「なんかすみませんでした……」
本当に記憶にない。ので、自分なりに答えを探してみる。
まず僕は最初葵さんを不審者と思った。これははとこだとすぐ分かったので問題ないはずだ。
問題は次の言葉。会話が好き的な発言だ。おそらくこれが原因だろう。それだけが原因でタメ口になんかならないだろうが……いや、他にも大きい理由がないとタメ口なんかしないだろう。
「いや私が思うに『会話が好き』ということに対して嫌悪感抱いてたんだと思うぞ。根本が同じなのにそこから伸びていく方向が真反対だからこそ、だろうけどな」
「人の心読まないでくれます?」
まあこれに関しては葵さんが言うのだからそういう部分もあったんだろう。
じゃあ何故、敬語になったのか……。おそらくこれは『会話に対する警戒心』が薄くなったからだと思う。
前に気付いたこと(葵さんからは結局それが真実かは教えてもらってないが)に、『葵さんが僕を話し好きにしようとしている』というものがある。
日々の夜の会話を通して会話への警戒心を薄め、校外学習で周りの人間との距離を縮め、そういったものの積み重ねでゆっくりと今の僕に変わっていったのだろう。
「そういえば僕が敬語になったのっていつ頃でした?」
「ん?あまり詳しくは覚えてないが……。
たしか、私が来てから1週間ぐらいじゃなかったかな」
いやいやいや。僕の心、ちょろ過ぎやしませんかね。
数年積み重ねてきた警戒心が1週間で崩れ落ちてるんですけど。やっぱり陰キャって周りと関わりがないから、いざ関わりを持ってみると特別感を感じてすぐに信頼してしまうのだろうか。
陰キャの惚れっぽさ(チョロさ)を十二分に理解させられた気がした。
「結局、宿題をやるのか。ちなみに私は始めにも後にも苦しい思いをしないように毎日少しずつやるタイプだが……」
「僕もそうです。まあ生憎僕は他にやることが無いので夏休み前半には全部終わってしまいますが」
「悲しい奴め」
「ほっといてください」
「……しかしこれまでがそうだったとなると、いざ友人に遊びを誘われたりしたら夏休みの宿題、間に合わないかもしれないな」
「僕をわざわざ遊びに誘うやつなんかいませんよ」
「ん?この前の竜田君なんかは違うのか?」
「いや流石に夏休みまで僕と遊ぼうだなんて思うわけが……」
と、言い切る前。
「そのフラグを待ってました!」と言わんばかりに携帯が小さく震える。
どうやら通知のようだ。アプリやメールの通知は切っているのでラインだとは思うがまさか……。
「……フラグ回収しちゃいました」
「フラグ回収しちゃったか。夏休み楽しめよ」
僕の携帯には「来週の土曜日って暇?一緒に遊ぼうや」と、竜田からのラインが届いていた。




