第90話【ロバートSIDE】 檻の中。向かう先は……
ロバートはホーラスに殴り飛ばされ、そして気絶した。
もちろん、勇者屋敷の前に骨格が変わった男が気絶したまま横たわっているのは外聞が悪いので回収されたわけだが、そんな彼がどこに連れていかれるのかは、回収した人間の事情に左右される。
「……んっ、こ、ここは……」
ロバートは目覚めた。
そして、次の瞬間には、彼の脳は冴えわたることになる。
「な、お、檻? な、なんだこれは!」
手を動かそうとしたが、背中側で動かない。
頑丈な手錠で手首が拘束されており、腕も思うように動かないのだ。
「おー、やっと起きたか」
動いている……そう、馬車に積み上げられた檻の中でロバートは混乱しているが、そんな彼に、のんきな様子で男が話しかける。
茶髪を短く切りそろえた、どこか平凡と言える外見の男だ。
「なんだお前は! 俺をどうするつもりだ!」
「ん? 俺はギンジっていうんだ。上からの指示で、アンタを運んでる途中なんだよ」
「この手錠と檻はなんだ!」
「上の命令でそうしてるだけさ」
「今すぐに鍵を渡せ! 竜封院に所属する俺をどうするつもりか知らないが、這いつくばらせてやる!」
「……」
ギンジは沈黙した。
そう、彼から鍵を受け取らないと彼は手錠も檻も解決できないのに、何故『ギンジを這いつくばらせる』と述べるのかがわからないのだ。
「ホーラスにぶちのめされて頭のネジでも飛んだのか、それとも元からこうなのか……判断に迷うな」
ため息をつくギンジ。
そんな様子にロバートは眉間に皺を寄せた。
「馬鹿にしてるのか! 俺は竜封院所属の権力者だ。俺にたてついたらどうなるのかわからないのか!」
「……なあ、アンタ。覚えてないのか? 『竜封院所属の者は、任務以外で外部の者に情報を漏らすと、血液が沸騰して激痛が走る』……アンタ今、痛くないよな」
「はっ? えっ、ということは……貴様、竜封院の人間か!」
「今気が付いたのかよ」
「なら、俺を出せ! 俺は管理側の人間だ! お前は管理される側なのだろう。なら俺の言うことに従え!」
「命令系統が違うからお前が怒鳴ろうが喚こうが知ったことか」
ギンジはロバートを見る。
その眼は呆れたものを見るような様子だが、どこか『哀れ』といった様子も感じられる。
「なあアンタ。自分の失態がわかってないわけじゃないよな」
「俺は失態などしていない! 兵隊たちは俺が言えばいくらでも湧いてくる駒だ!」
「じゃあ、武器は?」
「後で応援を呼んで探させる。仮に見つからなければ、あのホーラスから代わりに何か奪えばいい! 俺は、失態などない!」
「……あっそ。まあ、武器のほうだが、まぁ、いいんだよ」
ギンジはそう言って、背負っている袋の口を開いて、中身を見せる。
そこには、六本の武器が入っている。
四本の剣と二本の杖。
剣のうちの一本はかなり装飾の凝ったものだ。
「そ、それは……」
「俺が回収しておいたから、武器に関してはいいって、『上』も言ってたってことさ」
「でかしたぞ! これで俺は何も問題ない! あとでもっと強い兵隊を呼んで、ホーラスから奪ってやる! 回収したお前は優秀だと報告しておいてやるぞ。だからここから出せ!」
何をどのように話しても都合のいい判断をするロバート。
そんな彼を見て、ギンジは『こういうやつのほうが人生楽しいんだろうなぁ』と内心で気分は下がりまくっていたが、顔には出さなかった。
「……なあ、まだ、自分が管理者側だと思ってんのか?」
「何を言っている!」
「はぁ、誰に楯突いたのか。知らないって幸せだな」
「誰って……俺は楯突いてなどいない! 俺の今回の行動はすべて正しいのだから!」
「それ……ホーラスが、『竜封院の創始者一族の末裔』だって知っても、同じことが言えるのか?」
「はっ?」
ギンジが言ったことを、ロバートは一瞬、理解できなかった。
「もう一度言うぞ? ホーラスが『竜封院の創始者一族の末裔』だって知っても、今回お前がホーラスにやったことは正しいって言えるのか?」
「そ、それは……そんなことはあり得ない!」
「何故?」
「アイツはモンスターだ。そんな奴が創始者一族の末裔など、そんなことがあり得るわけがない!」
「因果関係のないことをよくもまあ頭でガチャガチャくっつけられるもんだな」
「そもそも、どこにその証拠がある! デタラメを言うのもいい加減にしろ!」
「竜封院の『特務課』……その中でもヤバい情報が集まる『裏特務』でしか扱ってないからな。そりゃお前ら『通常部署』が知るわけない」
「特務課だと? しかも『裏特務』? そんなものは聞いたことがない。そんなものがあるのなら、俺が入るべき場所だ! 口から出まかせを言おうが、俺は騙されないぞ!」
「騙されないんじゃなくて認めないだけだろうに。まあいいや」
ふああ。と欠伸をするギンジ。
「はぁ、で、ホーラスがその末裔だってことは認めないわけか」
「認めないのではない。騙されないのだ! 何度言えば分かる!」
「いやまぁ。気持ちはわかるけどな。俺も最初は理解できなくて疑問を持って、消されそうになったし……まあそれもいいや」
ギンジはロバートから目を放した。
「ロバート。この馬車がどこに向かってるか教えてやる。この馬車は、俺たち『裏特務』の基地に向かってる」
「いったいそこで何を……まさか、ここまで俺に情報を明かすということは、俺はその『裏特務』に入るということか!」
「残念ながらそうじゃない」
ギンジはロバートに憐みの視線を向ける。
「『特務課』ではヤバいモンスターを抱えててな。熱されたような歯を持つドラゴンがいるんだが、コイツが生餌……要するに、死んだ奴を餌にしない」
「え?」
「普段は他の動物を食わせてるんだが、味としても餌の質としても、人間が一番いいらしい。で、お前がショック死しないように『精神安定』の付与を限界まで盛って、餌箱に入れることになった」
「……う、嘘だ。そ、そんな生物がいるわけがない!」
「そのドラゴンは背中がちょっとした鉱石の採掘スポットになっててな。裏特務にとって重要なんだよ」
「た。助けてくれ! 俺を逃がしてくれ!」
「何を言ってる。なんでお前が今まで管理者側として、組織の中で好き勝手にふるまえたと思ってんだ。通常部署の上層部が、『餌』という末路の悲惨さを知ってるからだよ。一応言っておくが、『裏特務』だったらヤバさはこんなもんじゃないからな?」
ギンジの憐みの視線は深まるばかり。
「お前に今回のテラ・ディザスの封印任務を出したお前の上司なんだが、コイツも同じ運命をたどることになった。別に外部で多少は調子に乗ろうと大目に見るが、ホーラスに楯突いたんだ。喧嘩を売ったんだ。『裏特務の上層部』はブチ切れてるぞ」
「あ、謝る。ホーラスに謝るから!」
「俺が裏特務って情報まで口にしてるのは、お前がもう助からないからだ。これは確定してる」
指を鳴らす。
すると、ロバートの口元に布が出現して、彼の声を塞いだ。
ボロボロと涙と流してもがくロバートだが、もう、彼の運命が覆ることはない。
「あと、お前さ。兵隊たちが『自分が言えばいくらでも湧いてくる駒』って言ってるけど、んなわけねえからな? 俺たちはドラゴンを相手にするんだ。そんじょそこらの奴なんて勧誘したって意味がない。仲間にしたって意味がない。訓練だって、本当の意味で『ドラゴンに打ち勝てる肉体』を作れるマニュアルなんて作れてない」
「んーっ! んーっ!」
「武器ならいずれできる。だけど、人っていうのは、そろわないことが多い。ってか、通常部署だって人材不足だからな? お前はまだ命令できる立場で、それが覆ったことがないからわからんだろうが、正直……無能は邪魔なんだよ。『災冥竜テラ・ディザスの残り香』にボロ負けするような管理者なんてこっちもいらねえんだよ」
ギンジはため息をついた。
「ま、『裏特務の上層部』を切れさせるとどうなるか。その見せしめもあるだろ。そこから先は俺も知らんし、お前に言っても無駄だ。というわけで……人生、お疲れさん」
ギンジはそう言うと、もう、ロバートの方を振り向くことはなかった。
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