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第9話 極論に狂うバカに対し、殴る以外の薬はない。

 宝都ラピスに存在する屋敷。

 そこは『ラスター・レポート本拠地』ともいえる場所になっている。


 なお、本来なら大きな屋敷を運用するにはそれをどうにかするだけの使用人が必要だが、ティアリスのような『メイド』がいることからわかるように、ラスター・レポートは『使用人チーム』も抱えている。


 とはいえ、現在はホーラスとランジェアとティアリスの三人しか使っていないので閑散としている。


 そんな『LR本拠点』に、ホーラスは帰ってきた。


 頑丈な袋を抱えており、金属音がしている。

 キンセカイ大鉱脈の元ボス部屋でランジェアに稽古をつけた後、一人で奥に進んで鉱石を取りに行っていたのだろう。


 本来、『奥』に入るためには竜石国に多くの貢献をしていることが求められるが、すでに許可証を貰っているので普通に出入りしてきたようだ。


 ……ただ、そんなホーラスに向かって、焦燥に満ちた様子で近づいている青年がいる。


 腰に装備した聖剣の柄に手をかけているグオドルだ。


「おいっ!」

「んっ?」


 グオドルが叫んで、ホーラスは振り返った。


「お前の弟子が、イーモデード伯爵家に金を貸していて、その量が莫大だ。お前から、それを帳消しにするよう命令しろ!」

「……」


 ホーラスは少し黙った。


 というより、彼はラスター・レポートが誰かに金を貸していることを知らなかったのである。

 いや、予想しようと思えば予想できたが、そもそも金回りの話は本人たちでどうにかする問題だと考えていたため、ホーラスは関与していない。


 ただ、グオドルの表情を見て、本当に『ヤバい金額』なのはホーラスも理解した。


「確かに、俺が言えば、アイツらは契約書をその場で燃やすだろうな」

「だったら、早くアイツらに――」

「ただ、お前たちが借りた金は、アイツらが魔王を討伐する旅の中で、どこからも援助を受けずに強大なモンスターを倒して手に入れたものだ。それを棒引きするってことは、アイツらの歩みを否定することになる」

「うるさい! 俺は世界最大の国家の、伯爵家の長男だぞ。その俺が命令してるんだ。聞くのが平民である貴様の義務だ!」


 聖剣を腰から抜いた。

 それを迷いなくホーラスに向ける。

 グオドルの眼はギラギラと歪に輝いており、正気ではない。


 が、ホーラスは少しだけ睨みつつ……


「ストップ」


 そう、つぶやいた。


 ……次の瞬間、グオドルの体は動かなくなった。


 呼吸が荒くなりながらも、グオドルは体を動かそうとする。

 しかし、まったく動かない。

 全て、一ミリも動かない。


「……え、か、体が、あ、え……」

「ダンジョンの中でも言ったが魔力は安定を求める。人間の体は物理次元とは違う場所に魔力を保管しているが、聖剣は体に大量に魔力を流すことで強化している。威圧して『俺の言うことを聞かせる』だけで、金縛りみたいなことも可能なのさ」

「うっ、かっ、ああっ」

「俺の威圧を振り切る『圧力』を生み出せる奴だけが、聖剣を使いながら俺の前で動ける。俺はゴーレムマスターだ。俺にどんな難癖をつけようと気にしないが、ゴーレムを使うまでもない奴が、俺の敵を名乗るな」


 ホーラスは右の掌に『はーっ』と息をはいて、拳を作ってゆっくりをグオドルに向かって歩く。


「い、いや、ま、待て……」

「お前さ。痛い思いってしたことないだろ。だからわからないんだよ。『痛いのは嫌』ってのがな」

「や、やめろ、やめろっ!」

「人の話を聞かない愚か者には、鉄拳以外の薬はない。歯を食いしばるのも無理か。とりあえず一発。『完全に無抵抗でブン殴られろ』」


 ホーラスは拳を振りかぶると、そのままグオドルの顔面にそれを叩きつけた。


「ごああああああああああああああああああああああっ!」


 そのまま後ろに吹っ飛んで、地面をごろごろ転がり、砂埃を巻き上げた後で停止し……気絶した。


「……はぁ」


 ホーラスがため息をつくと、屋敷からランジェアが飛び出してきた。


「師匠! 先ほど聖剣の気配が……あっ」


 門の外に出て、遠くで顔を変形させて気絶しているグオドルを見て、すべて察したようだ。


「鉄拳制裁ですか」

「ああいうやつらは殴らんと再発防止にならんからな」


 門をくぐって、屋敷まで続く道を歩きながら、ホーラスはあきれ顔だ。


「そ、その、師匠。グオドルからいろいろ言われたと思いますが……」

「別に気にしてないさ。王都をワンオペしてると、一日に何百件も要求やクレームが殺到するんだ。あの程度の言いがかりを一々気にしてたら発狂するわ」

「そんなに来るのですか?」


 ランジェアは驚いている様子。

 とはいえ、最前線で戦い続けた彼女に、王宮の雑用のことなどわからない。


「あー。ディアマンテ王国って、本来、城の勤務は貴族だけだろ? だから、平民は文句を言いに来ないんだけど、『魔王特例』の影響で『職員を平民がやってる』状況になると、反動で急にいろいろ言ってくるんだよ。『同じ平民なのに俺たちの血税で食ってるんだから俺たちの言うことを聞け』なんてふざけたことを……いや、これはいいか」

「? ……なるほど、職員が平民となり、『問題を解決する役職』ですから、様々な意見を持つ人が殺到してくるというわけですか」

「ディアマンテ王国にはあの『アンテナ』があったし、立地的に避難民を抱えやすいし、仕事だからやってたけどな」


 ホーラスは、先ほどグオドルを吹っ飛ばした方角に少し視線を向ける。


「許す許さない以前に、言いがかりを気にしてないって感じだな。ただ、それだと相手が調子に乗るだろ?」

「乗っている人がいたと顔に書いてますよ。師匠」

「まあ、そうだな。『王都にある娼館を全て潰せ』なんて言ってくる奴もいたよ。適当に流してたら大人数を巻き込んで押し寄せてきた。許されるなら殴りたかった」

「それはまた……」

「美貌で男性支配をする魔王がいるんだし、『性欲』っていう概念を扱う商売に嫌悪感を抱くのはわかるんだが……人間はこういう社会的な問題が発生した時、すぐに極端な結論に向かうからな。『極論に呑まれるな』ってことを理解するのが大事なのに、何極端な理屈を吹聴してんだって思ったよ。マジでしばきたかった」

「く、苦労されていたんですね」

「ああ。『極論に酔える奴は人生楽しそうにしてる』ってのは、あの王都で一番学べたよ。美貌の魔王に絶対の愛をささげるのも、性欲を扱う商売を廃止すべきって風潮も、大して変わらんなって思った」


 本当に疲れている様子のホーラス。


「……王宮で解雇された時、魔王はもういないのですから、師匠が秘密主義を貫く意味がない以上、話してもよかったはず。誰にも言わなかったのは……」

「さすがの俺も愛想が尽きた」


 魔王を討伐するため、女性を鍛える必要があった。

 『狂信的な愛という極論』を掲げる魔王の配下を倒すには、それが必要だった。


 ただ、そんな前線のことはともかく、王都にも、『性欲を扱うことの全否定という極論』が風潮として広まっていた。


 二つの極論に揉まれながら魔王の討伐への道を作るというのは、人間を愛しているか、魔王の存在が邪魔な決定的な理由があるかのどちらかだろう。


 王都にいる人間に愛想が尽きたホーラスは後者であり、単に魔王が邪魔だっただけである。


「まあ、グオドルに関してはさすがに酔いも冷めたろ。しかし借金ねぇ……魔王討伐後のごたごたの中で、よくもまぁ……」


 魔王の力は男性の絶対支配。

 その侵略の中で、滅んだ国はいくつもある。


 世界会議の常任理事国は七つの席があるが、そのうち六つは、顔触れが変わったほどだ。


 それほど世界が変わった中で、借金という、『復興を阻害する要因』を設けているとは。


「幹部全員で話し合った結果です。大雑把に言えば、魔王討伐後のゴタゴタの中だからこそ、『調子に乗る人間』を制御する必要があります。その場合、金の話でマウントを取るのが手っ取り早いだけです」


 世の中がどうなっていても、『自分は贅沢をする権利がある』と勘違いするものはいる。

 だからこそ、多額の借金という『絶対的にマウントを取れる状況』を作った。


 とはいえ、もともとあちこちにばらまきまくっている『援助金』が多いことも事実。

 イーモデード伯爵家に関しては、すでに伯爵家への貴族予算の千倍の金額が援助金として送られている。


 要するに、『莫大な援助金』をしっかり『設備投資』や『公共投資』に使っていれば、流通網が大きくなって金も入ってくる。

 しかし、この援助金で肉や酒ばかり買ったものは、この先、『返さなければならない借金』に苦しめられると……。


 まだまだ若い少女ばかりのラスター・レポート幹部だが、意外と腹の中は黒い。


「それに、私たちは金を貸していますが、今のところ、強く返済を催促しようとは考えていません。が、『全財産を払っても足りないほどの金額』であり、彼らが『最悪の未来を想像する』ので勝手に困っているだけです」

「イーモデード伯爵家に関しても、ランジェアとしては『勝手に困ってる』と?」

「そういうことです。別に催促状を送ったことはありません」

「……」


 昔よりえげつなくなったな。

 そんなことを思うホーラスである。

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