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第71話 シルビオの娘の一般論

 人は目的地があるとき、そこに付随する情報を頭の中で並べやすい。

 その際、『興味』につながるほど強い情報が出てくるかは人それぞれだが、あえて……そう、あえて(・・・)共有のために話すということはある。


「……なあ、ウルリカ」

「なんなのだ~?」

「今の大神殿を牛耳ってるシルビオの娘。その情報をどれくらい知ってるんだ?」


 明日には大神殿に到着するであろう、真夜中の平原。


 全員が揃っている移動拠点の中で、ここに来るまでに集めた新聞を読みながら、ホーラスは聞いた。


 前提として、ウルリカは二人目の弟子であり、勇者コミュニティ随一の『思考力』を誇る。


 発想面に関しては分野に限りがあるものの、見たり聞いたりした情報の記憶力と、それを動員した思考速度において、勇者コミュニティの中で最も優れている。


 こと『勇者コミュニティが抱えている情報』について話すとなれば、ウルリカに聞くのは間違っていない。


「シルビオの娘? あ~確か、十五年前に失踪した、大神殿で一番の聖女だったはずなのだ~」

「え、そんな人が!?」


 シンディが膝枕で幸せそうに寝ているエリーの頭を撫でていたが、驚いてウルリカを見る。


「私も聞いたことがあるわ。神殿から一度も出たことがなく、結界を構築する施設にずっと務めていたはずよ」

「シルビオはその聖女の力を引き出して、枢機卿の地位についたんだっけ? オレはどこかでそう聞いた気がするぜ」

「魔王復活の数日前に失踪し、その後は行方知らず。『魔王の存在におびえて失踪した』という噂が広まっていました」

「……アレ? それで、なんで今もシルビオが権力を握ってるんだ? 普通、聖女が逃げたら親の権威も失墜しないか?」


 ラーメルが首をかしげている。


 いくら聖女の力が強かったとしても、逃げたタイミングが最悪。ということになる。


 それでは、どれほど聖女の力を引き出した功績と言い張れても、『限度がある』だろう。


「当時、すでにシルビオは人事権の大部分を握ってたのだ~。そこに、魔王の誕生と結界の消失の時期が重なって状況がごちゃついて、魔王の軍勢の侵略を受けて国が滅びたのだ~」

「それで、シルビオの派閥だけが逃げ切れたという話よ。当時の新聞の紙面には、『魔王の存在に恐怖した聖女の失踪』ってタイトルが何度も書かれてたわ」

「そういえば、そんな新聞がありましたね。その時に神殿の主要な部分で生き残れたのが、シルビオの派閥だけということなんですね」

「その後、シルビオを超える『神殿をまとめられる勢力』は出てこなかったのだ~。だから、聖女である娘が失踪したという新聞がいたるところにバラまかれても、権力を維持してるのだ~」

「私もそのタイトルはよく見ましたね。被害にあった町に行けば、そんな内容の新聞がいくつも見つかりました」


 ランジェアがそう締めくくりつつ、ホーラスに視線を向ける。


「……それで、師匠。何故、このタイミングでシルビオの娘の話を?」

「あー……大神殿に明日到着するから、ふと思い出したんだよ」


 ホーラスは新聞をテーブルにおいて、はーっ、とため息をついた。


「……そういえば、エリーはどう思うのだ~? ずっと寝てるけど、一言聞きたいのだ~」


 ウルリカはシンディの膝枕で寝ているエリーに聞いた。

 エリーは頭をもぞもぞ動かしていたが……。


「娘は知らん。親は金返せ」


 かなり端的な意見である。どこか、どうしようもない感じがするのがアレだが。


 あと、失踪が15年前で明らかに18歳のエリーよりも年上になるので、ロリコンの彼女にとっては興味ないらしい。


「……そういえば、宗教国家も、借金額ってすごいのだ~。シルビオ派は当時の大神殿から逃げた後も、あまり復興や援助をしていなかったのだ~」

「その上で、何かの研究をしていたのか、研究資金を出せと言ってきました。何の研究をしていたのかよくわからない上に、成果があるようには見えなかったこともあり……その上で『増額』を求めてきたので、『返す気あんのかコイツ』と思いました。まあ……返す気はなさそうですが」


 ウルリカの説明とエリーの補足で、全員が納得した様子。


「借金額、どれくらいになるんですか?」

「シルビオ個人で金貨10億枚。宗教国家は冒険者や血統国家から金を借りられず、『大神殿』は他から借りられます。もろもろを足すと金貨100億枚になります」

「逆に『研究』になぜそこまで使えるのか疑問ですね」

「それはそうなのだ~。金貨10億枚でする『研究』なんて、どう間違っても『副産物』でイノベーションが起こると思うのだ~」


 何が金になる研究なのかなど、誰にもわからない。というか、わかるのならだれもがそれに投資するだろう。


 しかし、国家というのは、政府というのは、権力があるということは、民間組織とは大きく違うのだ。


 国家は大量の予算を用意する方法がある。

 それをもとに『高い目標』を設定して研究すれば、いずれ副産物がいくつも出てきて、それをうまく利用することで発展する。


 技術史を見ていると、『お前何処から降って湧いてきたん?』と思うような発明が時折あるのだが、これは政府が多額の予算をつけた副産物の可能性がある。


 そして、政府が何に予算を投じるかとなれば、一番は軍事力であり、戦略的に意味のあるものを作ろうとした結果、失敗しても、データを集めたら『何かができる』のだ。


「……あ、もしかしたら、『体に侵食するタイプの宝石を抜き取る研究』かもしれないのだ~」

「どういうことですか?」

「今回の師匠の指名手配は、『パストルのあの騒動』の後で急に発生したのだ~。詳しい理由は見えないけど、この研究を多額の予算をつけても全く完成せず、その技術を師匠が行なったから、『何か』に触れてブチ切れたという可能性があるのだ~」

「……状況証拠的にはあり得ますが、金貨10億枚を使って、その研究は完成しないということはあり得るのですか? よほどその研究に執着していなければ、冤罪を吹っかけて指名手配などしないでしょうし」

「うーん……師匠。あの技術ってどうやってるのだ~?」


 ウルリカがホーラスの方を向いて聞いた。


「……前提だが、俺はお前たちに、『魔力は安定を求めている』と教えたはずだ。魔力は何にでも『なる』のではなく、何にでも『なってくれる』と説明したこともある」

「あー、オレもそんな感じで聞いたぜ」

「あら? 私、一般的に使われてる魔法の教科書を読んだことがあるけど、そんなことは書かれていなかったはずよ? 魔力を強く認識して『操作』するとかなんとか……そんな表現だったわ」

「魔力を動かそうとする場合、その認識は、ボールを掴んで動かすというより、砂鉄を磁石で誘導するような感覚に近い」


 ホーラスは一度言葉を切った。


「ドラゴンのブレスを拳で『空気の方が安定するぞ』とぶつけて上書きすれば空気になるが……」

「それ師匠にしかできないのだ~」

「まあ言っていることはわかりますが」

「……」


 例えが悪いのは昔からの様子。


「コホンッ。で、これはブレスが持つ安定力よりも、拳が持っている『誘導する力』が強い場合に発生する。『イメージが強い方』が勝ちやすいともいうがな」

「それで、どういうことなのだ~?」

「侵食するタイプの宝石というのは、一度細かい粒子状になって体内に入り込んで、体の中でもう一度宝石になる。これを抜き取るということは、敵の体内の宝石に、『外に出たほうが安定するぞ』っていうイメージを植え付ける必要がある」

「まあ、なんとなくわかるぜ」

「で、どうやって相手の体内の魔力を感知するかだな。ウルリカ。生きている以上、魔力は増えている。体のどのへんで増えているか、認識できるか?」

「……~?」


 ウルリカは自分の体のあちこちを触っている。


 だが、上手く感覚がつかめないようだ。


「……あー、なんか、胸の奥の方で増えてる感じはするのだ~。でも、そこを強く認識しようとしてもできないのだ~」

「その程度が限界だろうな。一般的な生物に、『魔力を操作する器官』は備わっていない」

「「「「「「!?」」」」」」


 寝ていたエリーも飛び起きるほどの衝撃。


「……し、知らなかったのだ~」

「魔法に必要なのはあくまでも確固としたイメージだ。何故なら、魔力は『イメージに誘導されて動く』もの。その『動いている』という感覚が、『自分で魔力を操作している』と勘違いされているが、普通の生物に魔力を直接……そう、『掴んで動かす』という器官は存在しない」


 ホーラスは全員を見る。


「教科書の内容が間違っているどころの話じゃない。シルビオは相手の体内から宝石を抜き取る研究の際に、『相手の宝石を引っ張って抜き取る』という理論のもとで研究してただろう」

「でもそれは……」

「ああ。魔力の認識において最大の間違いだ。どれほど研究しようと成功しないし、根本が間違っているんだから副産物も生まれない」

「さ、最悪の研究なのだ~……」

「……ということは、師匠はあのパストルの体内の宝石を、『外に出たほうが安定するぞ』というイメージを強く持って認識したからこそ、抜き取ることができたというわけですね」

「それだと不可能だ」

「え?」

「魔力は安定を求め、時に誘導される形で動く、これは『大原則』だが、『最優先』ではない。この原則の上に様々な条件だったり理論が乗って、魔力という存在は世界でバランスを取っている」


 ホーラスはこめかみをグリグリと押さえている。

 『どうやって説明したものかな』と考えているのだろう。


「形を持っていない……そうだな、体内で持っているような魔力ならともかく、体内で固形化された『形を持った魔力』の場合、『今の状態が絶対に安定する』と確信してるから、外からの誘導を受け付けない」

「なるほど、イメージが重要ということなら、魔力が『確信』している場合、それを崩すのは困難というわけですね」

「そうだ」

「……なら、師匠はどのように……」

「お前たちにはまだ早い。今は、『成功するはずのない研究に金貨を10億枚もつぎ込んだ大バカ者がいる』とだけ覚えておけ」


 そういいつつ、ホーラスは新聞を取って読み始めた。


 ……どうやら、これ以上語るつもりはないらしい。

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