第7話 実戦形式の稽古
当然のことだが、ランジェアは目立つ。
艶のある銀髪と魔性の美貌。
動きやすい服装をしているが、その中身はスタイル抜群。
しっかり鍛えているゆえに体幹が優れており、ただ歩いているだけで、劇場の中にいるかのような雰囲気を発している。
そんな彼女が、周囲をひまわり畑で囲んでいるかのような笑顔になっているとなれば、それだけですべてを魅了する。
そしてそれは、ダンジョンの中であっても変わらない。
「勇者ランジェアがダンジョンに入っていったぞ」
「史上最大の荒稼ぎになるかもしれねえな」
「いや、稼ぎじゃなくて、師匠との稽古って話だぞ」
「え? 勇者って師匠がいたのか?」
「そうみたいだ。ダンジョンでやるってことは、実戦形式かもしれねぇ」
「俺たちも見れねえかなぁ」
「いいみたいだぞ、その師匠が言うには、『邪魔しないのなら見ていても構わない』そうだ」
「じゃあ行くっきゃねえ!」
……とまぁ、そんな会話があちらこちらで出回っている。
稽古は元ボス部屋。
ボスが行動するために一定の広さがあり、ダンジョンは壁も頑丈なため、勇者であるランジェアが多少は暴れても問題ない。
そんな場所の中心部にランジェアとホーラスが立って、二人とも木の剣を持っている。
そして、その周囲には、大勢の観客がいた。
「すみません。師匠。こんなに人が多くなってしまって」
「別に構わん。見ていてもいいって言ったのは俺だからな……意外そうな顔だな」
「秘密主義だと思っていましたから」
「魔王から目をつけられたらどうしようもないからな」
「確かに」
魔王の力は完全な『男性支配』だ。
例外なく、男性はその力に捕らわれたら、もう二度と普通には戻れない。
ランジェアは常に最前線で戦っていただろう。
ただ、男性であるならば、秘密主義にならざるを得ない。
「「……」」
……二人の雰囲気が変わった。
そろそろ、実戦形式の稽古が始まる。
そう思わせる雰囲気が出てきたあたりで、無粋な『邪魔』が入った。
「フンッ! 貴様が勇者の師匠だと? こんな弱そうな男に教わっていたとは、これでは勇者の称号が本物なのかも怪しい」
キレイに整えた金髪をなびかせる男が割り込んできた。
どこか、『貴族』らしい雰囲気すら感じさせる装飾過多な服を着ており、腰には業物の剣を装備している。
「……何の用です?」
先ほどまで喜色すら浮かべていたランジェアの顔が一気に無表情になった。
「平民が魔王を討伐し世界を救う。そんなバカバカしい話を信じているものが多い。ただ、優れた師から教わっているのなら多少は考慮してやろうと思ったが、こんな雑魚では話にならん」
男は両腕を広げて、酔ったようにセリフを吐く。
「ディアマンテ王国イーモデード伯爵家の長男にして、【シーナチカ教会】より聖剣を賜った俺、グオドル・イーモデードが、直々に化けの皮を剥いでやろう!」
「……?」
グオドルの言葉にホーラスは首をかしげている。
言いたいことがわからない。主義がわからない。
彼には彼なりの理屈があるのはいいとして、それが何なのかがわからないのだ。
「師匠、気にする必要はありません」
「いや、彼の主義がわからないんだが」
「単純です。『平民が、魔王を討伐すると期待されていた上流階級の人間が活躍する機会を奪った』と女々しく騒いでいるだけですから」
「ああ、そういう……」
「誰が女々しく騒いでいるだと!? ふざけるのもいい加減にしろ! 貴様のような軟弱な男が鍛えた平民が魔王を討伐できるはずがない! どうせ逃げられたか、なんらかの理由で魔王が身を潜めているから、それに乗っかって魔王を討伐したと吹聴しているだけだろう!」
グオドルが腰から剣を抜いた。
煌びやかな刀身がその姿を現し、圧倒的な存在感を放つ……はずだが、使い手が薄っぺらい事と、勇者がいるということもあって、どこか空しいものだ。
「聖剣ガードマイトの力をその身に刻め!」
ダンジョンの中故に、政府が関係する施設だが武器の没収はされない。
ダンジョンの中故に、抜剣は邪魔されない。
だが、抜くタイミングをあまりにも間違えている。
「邪魔だ」
ホーラスがつぶやく。
次の瞬間、グオドルの体が吹き飛んだ。
まるで、巨大な『圧力そのもの』に突き飛ばされたかのように、体が吹き飛んだ。
「ごっ、ああああああああっ!」
そのまま壁に激突して、地面に墜落。
「なっ、い、いま、何が……」
壁に強打したことで全身に痛みが走っている。
口が安定せず、グオドルは悶えながらつぶやいた。
「魔力は常に安定を求めている。体の魔力を瞳に集中させつつ睨んだりすると、それに恐怖した『空気中の魔力』は一斉に俺から距離を取ろうとする。魔力は周囲の空気を全て巻き込んで移動し、それが大きな圧力になる。簡単に言えばそれをぶつけただけだ」
「なっ……」
「お前程度、剣も魔法もいらない。睨むだけで十分だ」
それ以上は眼中になくなったのか、ホーラスは視線をランジェアに向ける。
「……威圧の本気度が強くなると、その人物に適した『色』が出るはずですが、先ほどは無色透明だった。聖剣を持ち、一応は剣士として教育を受けた人間を、軽く睨むだけで倒しますか。流石ですね。師匠」
「ティアリスには『大砲みたいな眼光』と言われたがな」
「あながち間違いではありませんね。では……」
次の瞬間、ランジェアの周囲から青色の圧力が出現し、ホーラスから灰色の圧力が出現。
それらは一瞬で、衝突し……ランジェアの体から三十センチ程度まで境界線が押し込まれる。
「……っ!」
「どうした? これだけで近づいてこれないのなら、それ以上、お前を強くする意味もないぞ」
「っ! 参ります!」
剣を構えて突撃するランジェア。
圧力の真っただ中ではあるが、ランジェアの体が時折発光しているため、何らかの魔法を使って圧力からの影響を緩和しているのだろう。
そのまま突きを放ち……ホーラスは高速で放たれたそれを、つまんで停止させた。
というより、しっかりと突きを放ったにもかかわらず、ホーラスの手は一ミリも後ろに下がらないという、物理法則を無視したレベルに達している。
「随分軽いな。手紙で伝えたはずだぞ。『魔王はいなくなったが、まだまだ戦わなければならない場所がある』とな。男性支配の力を持つ魔王がいなくなった今、必要なら俺がやるが、鈍りすぎだ」
「……師匠。強くなりすぎでは? 以前の百倍ではすみませんよ?」
「……ごめん」
ホーラス側の物差しがかなり狂っていたっぽい。
が、稽古は稽古。
「ま、どんどん来い。時間はまだまだある」
「はいっ!」
次々と繰り出される斬撃。
それを軽くさばきながら、ホーラスはランジェアに稽古をつけている。