第56話【連合SIDE】 信用失墜
「連合のメンバーが金貨を使い込んでいると聞いたぞ! いったいどうなっている!」
「メンバーが占拠しているせいで、ここと提携している我々の信用も暴落する一方だ! 竜石国の商会が我々から距離を取り始めている!」
「貴様が作ったシステムは確かに使えるカネが多くなったが、クソどもを抱えたせいでこうなったのだ!」
「大鉱脈の占拠だけではない! 最近は、我々から買った装備をよそに転売している奴もいるぞ!」
「高級路線で接待など、甘いことを考えおって! 結局勇者コミュニティがそれっぽいものを市場に流しているぞ! お前の判断ミスだ!」
「確かに我々があの連合を利用するように言ったのは事実だが、お前は冒険者ギルドのトップだろう! こうなることが予測できたはず! なぜ反対しなかった!」
宝都ラピスの中でも一等地。
大型の高級感ある建物の会議室に呼び出されたアルバロは、『連合』と関連を持っている商会から次々と非難されていた。
もっとも、それは当然か。
ある意味で彼の部下である『連合』のメンバーが、『連合の金庫の中にあった金貨』を使い込んで、『結界魔道具』で大鉱脈の主要エリアを占拠し、連合と関係のある商会から買ったアイテムをよそに転売している。
当然、そんなことをすれば、竜石国出身の商会たちは連合に不審な目を向ける。
その不審な目を向ける先は連合だけではなく、連合と提携している商人たちも同じだ。
取引は減少する一方である。
……そして、この竜石国で活動する最も大きな理由である『大鉱脈から得られる希少金属の確保』に関しては、アルバロは『商人を接待して手に入れる』としたが、完全にぼろ負けした。
インテリア、ファッション、化粧品。
高級感の演出や接待の『強度』を高めるありとあらゆる技術。
当然、金を管理するだけの連合ではそんなものを持ち合わせていないため、提携している大型商会から用意したが、こちらも太刀打ちできないのである。
特に化粧品はわかりやすい。
接待で一番わかりやすいのは、バカな男を外見の優れた女性で落とすことだが、『文明レベルで差がある』ゆえに、一度勇者コミュニティがそういったものを売り出すと、どうしようもない。
勇者コミュニティから買った化粧品のほうがキレイになれるのだから、当然そちらから購入するに決まっている。
あと、勇者コミュニティメンバーは化粧品を使っていないのだが、素で抜群の容姿とスタイルと『肌の質』があるため、客側からすると『これを使えば勇者たちみたいに綺麗になれるのでは?』と思いやすいのだ。
まあ、連合としては要するに……完全敗北である。
「管理責任をまっとうできないのなら、まず我々が持つ債券を全て現金に替えた後、連合を去ってもらうぞ! 我々が用意した『信用に値する人間』を座らせる。貴様の居場所があると思うなよ!」
怒鳴り散らす商人たち。
アルバロに、ここですべてをひっくり返すような大逆転のカードはない。
ちなみに、この場における論点として、商人たちも、『債券でカネの流通を増やす』というシステムそのものは優れたシステムだと考えている。
というより、システムの都合上、債券のほうは超低金利で返済期限が恐ろしく『後』に設定されているが、ここまでくると『銀行預金』とあまり変わらないのだ。
ただ、彼らとしても管理しているアルバロの実力は認めつつも、『一人でカネの動きを牛耳っている感』がある彼に対して嫉妬や劣等感があるだろうし、もともと追い出したいとは考えていた。
そして、『セデル連合』の発足時にアルバロが介入したことは、彼本人の本心ではなく、商人たちが指示したことなのだろう。
セデルやパストルがいなくなった後も連合を利用するという方針を示したのは商人たちだ。
もちろん、彼らなりに上手くいく未来はあったのだろうが、あまりにも冒険者たちが『役割を理解していない』ゆえに、このようなことになっている。
ただし、『アルバロがギルドのトップとして長い間冒険者を見てきたはずで、その経験があれば冒険者を抱えることが本当に正しいかどうかがわかるはずだ』という理屈を組み立てて、彼を責めている。
(……失態は事実。だが、コイツらも十分ゴミだ)
アルバロは内心で悪態をつく。
間違えてはいけないのは、Sランクギルド『パラサイト』のメンバーではなく、『商人たちが抱えることを指示した連合のメンバー』が、今回の『ヤバい事』を引き起こしている。
管理責任がアルバロにあるのは事実だが、彼が完全に悪いという訳ではない。
むしろ、勇者とその師匠の存在を加味して、『接待で落とす』という、まあまあ正攻法と言える方針を出したのは、危機感がある証拠だ。
そこで負けたのなら、そしてその責任を問われたのならば、アルバロも頭を素直に下げるしかない。
だが、冒険者たちの暴走を招くきっかけ。
そう、『連合という形で冒険者を抱える』という方針を打ち出したのは、商人たちの方だ。
そもそもアルバロが上手くまとめて連合を維持しなければ勝手に分解してなくなっていたはずで、その先で彼らがどのような問題を起こそうとアルバロには関係ない。
……もちろん、商人たちもそれは理解している。
その上で、『アルバロが悪い』と非難するのだ。
よくある話である。
「現金にできないのなら、貴様にはダンジョンにでも潜って永遠に返済してもらおうか! いいか? これは債券なのだ! 貴様の借金なのだ! それは貴様がよくわかってるはずだ。返済を要求するのは我々の正当な権利なのだからな!」
償還日そのものは遠い未来だが、ではそこまで債権者が返済に関して一切の要求ができないのかとなると、そんな馬鹿な話はない。
「……」
「黙っていれば何とかなると思っているのか! 金を貸しているのは我々なのだ。これは歴とした事実だ。兵隊を呼んで貴様をダンジョンに連れ込んで――」
そこまで言ったときだった。
「ふっふっふ。アルバロ君。困ってるみたいだねー」
会議室の出入り口に、ひょこっとソラが顔を出した。
「……いったい何の用です?」
「この会議室で現金を求められてるんだろうなって思ってね!」
この状況でも呑気なソラ。
「おい! 貴様は連合幹部のソラだな。貴様らが管理責任を……」
「ちょっとストップ」
ソラは手を上げて彼らを制止すると、部屋の外から荷車を中に入れる。
布で全てを覆っているので、中身はわからない。
「いったい何を持ってきた? まさかその中身が全て金貨だとでも?」
商人たちは鼻で笑っている。
「オープン」
ソラは布をバサッとのけると……そこには、本当に、大量の金貨があった。
しかも、荷車の側面はガラスでできているため、その『金貨の量』が目に見えてわかりやすい。
「……なっ、こ、この量の金貨が、いったいどこに……」
「まあ、金貨っていうのはね。引っ張ってこれる奴は引っ張ってこれるんだよ。とりあえず、今回の事態で発生した『金銭的な被害』はこれで十分補填できるね」
ニヤニヤと楽しそうなソラ。
「ねえアルバロ君。彼ら言ってたよね。管理責任がまっとうできないなら、債券を現金にした後、アルバロ君には出ていってもらうって……本当に出ていっていいんじゃない?」
「……私は、本家の奴らとは違う。ここで落ちぶれたりは……」
「ああ、アルバロ君って確か、レクオテニデス公爵家の分家の次男だったね。ただ……君みたいな、『金の理論に強い人間』を、今の『バルゼイル国王』は評価するんじゃないかな?」
「……」
「貴族は現金でしかやり取りしないから、行きたくないって? まあ、そういわずに行ってみればいいさ。ククク……」
微笑むソラ。
「……良いでしょう。ギルドとしての私は、もう終わりとします」
「なっ! おい、このまま出ていく気か! まだ、部下を管理できなかった失態の清算ができて……」
「そんなもん追い出せばいいじゃん。こういうのも貰ってきたし」
ソラが取り出した書類。
それを読んだ商人たちは愕然とする。
そこに記載されていたのは……『今回の冒険者たちの暴走は、パラサイトというギルド、およびアルバロの指示ではなく、彼らのルールに従わなかった独断によるものである』ということを、『協会支部』が保証するというもの。
「これで、アルバロ君に彼らの暴走を取る責任はない。まあ形だけの謝罪文くらいは書いた方がいいけどね。アハハハハッ! じゃあ、あとは君たちで頑張ってね。この金貨はここに置いていくからさ」
そう言って、ソラはアルバロの腕を引っ張って部屋を出る。
そのまま建物を出……ずに、屋上に向かった。
「というわけで、任務は終わりだ」
「……ここなら傍受される心配はないということですね。ソラ様」
「そういうこと。追加で金貨を渡すよ。それをもって王国に帰りな」
「……わかりました」
どのような取引が昔に会ったのかはともかく、そんな会話をする二人。
ただ、その過去は……。
「!」
突如、宝都の辺境で発生した『爆発音』によって、その過去に対する意識は、完全に頭から吹っ飛んだ。
「……」
先ほどまでへらへらしていたソラはそれを見て訝し気な視線になる。
「あれは……」
「まあまあ、いいからいいから、アルバロ君はさっさと帰りなさい」
再びいつもの態度に戻るソラ。
ちなみにその内心は……。
(シドがそろそろ動くか。さーて、どうすっかねぇ)
とまぁ、そんなことを考えていた。




