第42話 パストルに対するラスター・レポートの印象。
「パストルが来てたのか」
「あー。彼ですか。エリーが何か企んでいる理由もよくわかります」
パストルに右ストレートを叩き込んだ後、ホーラスは勇者屋敷に帰ってきた。
エリーは用事があるからとどこかに行ったが、ラーメルとティアリスはホーラスから話を聞いていろいろ思うところがある様子。
「四年前の『大事件』……本部はもみ消そうとしているけど、やっぱり情報として入ってくるわ。パストルの行動を知って、『何をバカな』と思ったものよ」
「オレも驚いたぜ。魔王を舐めすぎって話だろ」
マジックアイテムの開発も製造も簡単なものではない。
相手は魔王なので、量産できるとしても圧倒的な質の素材を使うと考えれば、それを手に入れるのも運搬するのも、かなりのコストがかかる。
もちろん、本部役員は様々な権限があるため、冒険者コミュニティに所属している技術者を動かすことは可能だろう。
ただ、あまりにも作戦が上手くいきすぎていた。結論は残酷、かつ予定調和と言えるものだったが。
「とはいえ、それ以前から彼は私たちに接触しようとしていたけど」
「勇者の活躍の裏側でこんな援助をしていましたって言いたいやつは多かったし、その一人だろうって無視してたけどな」
「……なるほど、貴族や宗教は舐めまくってたけど、本部としては、関わりたいとは思っていただろうな」
貴族というのは本当に、高位になればなるほど現場に出てこない。
魔王が世界を侵略していたというのに、あまりにも危機感がなさすぎるのだ。
……もっとも、そうなった理由の一つに、『ホーラスがディアマンテ王国の王都をワンオペしていた』ということは含まれているだろう。
世界中が混乱したり衰弱している中、『ディアマンテ王国王都』だけは、避難民を抱えても十分な生活ができるほど『優れていた』のだ。
だからこそ、『混乱だとか衰弱だとか、そうでもないのでは?』と楽観視する貴族が、ディアマンテ王国とその周囲にはたくさんいたのである。
結果的に、『魔王の方もそうでもなさそう』という判断を無意識に、自然に行なって、貴族たちは勇者に舐めてかかるという状態になっていた。
しかし、冒険者協会本部は違う。
『冒険者コミュニティ』であるラスター・レポートが、魔王が侵略を続ける中で大きな成果を出し続けている。
冒険者を管理している組織として、これを利用しない手はない。
ただ、あまりにも、『ラスター・レポートという組織が強すぎる』のだ。
ほぼすべてを『自分たちでどうにかしてしまう組織力』など、そう簡単に集められるものではないし、それを『経験』というものが足りていなさそうな年若い少女たちがするというのは、普通なら考えられない。
入り込めない上に、彼女たちが求めているモノを用意しようとすれば、SSランクに依頼しなければ手に入れられないような素材を要求するほど。
本部としてはどうしようもなく、『邪魔をしない』という方法をとる以外の道はなかった。
「パストルは行動だけは素早かったぜ。それに、自分の功績を積み上げることに遠慮がなかった。最初は出世欲とか、野心とか、そういうのが強いのかって思ってたけど……」
「今の彼の行動を見る限り、『冒険者による世界の統治』を掲げているようですね」
正直に言えば、『呆れる』という一言に尽きる。
「俺も、王都で働いていた時、パストルの情報は入ってきた。まあ、なんせ派手な動きをしてたわけだからな。ただ……不可解なことがある」
「私もあります」
「オレも」
ホーラスの意見に二人は頷いた。
「その『精神異常耐性』のマジックアイテムだが、『設計図がどこから湧いてきたのか』ということだ。性能の低いマジックアイテムならともかく、魔王に通用すると錯覚するほど高性能で、なおかつそれを量産する。それは安い情報じゃないからな」
「それは気になっていました……というより、大事件で知ったのではなく、それ以前に知っていたのね。何故うまく邪魔しなかったのかしら?」
「あー……これは俺にとっても想定外だったんだよ。なんか『精神異常耐性』のマジックアイテムを大量に作ろうって話が出ていて、そのために様々な人材が集められていたが……作ったアイテムは、悲惨な現場を解決するために使うものだと思っていたから、放置してたんだよ」
「悲惨な現場?」
「魔王は男性に対して絶対的な支配ができるから、男性を殺そうとはしない。ただ、女性に対しては通用しないし、魔王の独占欲はとても強いといわれてる。お前たちも、本人に会ったときはそう思っただろう」
「その通りだぜ。魔王は加虐趣味はないけど、要らないモノはすぐに排除する傾向があるっていうか、シンプルにただこう……『普通に殺された女性』っていうのが多かった、最前線の町に行けば、そんな女性の遺体があちこちに散らばってるなんて日常茶飯事だった」
「そんな現場に行くんだ。『精神異常耐性』のマジックアイテムくらい必要だろう」
有事の際における現場というのは、本当に悲惨なものが映っている。
写真を撮ることはできても、『これを世間に公表すると悪影響が出る』と判断されたもの……特に人の死体が映っているモノを出さないという風潮はある。
しかしそうなると、『そこに死体が並んでいた』という事実に対し、民衆は鈍感になるのだ。
何が正しいか正しくないかというより、『何を優先するか』という話なので答えを出すことはできないが、そういった現場にいって、片づけをするものは実際にいる。
そういった状況に対し精神的なケアをすることの重要性を理解している人間は、『現場から遠いほど』わからない。
「なるほど、そっちに配るためのものだと思ってたわけね」
「そうだ。高ランク冒険者を集めているのは、アイテムの素材集めだと思ってたし、商人たちが動いているのは、物流で優れているから、普通のものを集めやすいからだと考えていた。だから放置してたんだよ」
現場の悲惨さを知っている人間ほど、ホーラスの結論が頭によぎるものは多いだろう。
「で、まぁ、そういうわけで、俺は邪魔をしていなかった」
「そういうことね」
ティアリスたちがその結論に到達しないのは、彼女たちがある意味、麻痺しているからだろう。
まあ、それはともかく。
「最近は思い出すたびに、『大事件を引き起こすために、誰かが情報を提供したんじゃないか』って思えてくる」
「辻褄が合うのがなんとも言えないわ」
「だよなぁ、あと、実際に配られたマジックアイテムは、『メダル』や『札』といった形なんだけど、なんか心当たりがあるから、オレとしても気色悪いぜ」
パストルの大失態。
魔王を舐めすぎたが故のものだが、どうやらそれだけが原因ではない様子。
「とはいえ、アイツがこれからどうやって行動するのか、それはまた違う話か」
「ただ、勇者コミュニティにはかかわってくるでしょうね」
「そうか?」
「普通は冒険者に登録する場合、中立確保のために『市民権は停止』するけど、勇者コミュニティは本当に例外で、『冒険者としての肩書がありながら、竜石国の国民』なんだよな」
「パストルが考えている『宮廷冒険者』だけど、この話を通すうえで、最もゴールに近いのは私たちということになる」
「……やっぱり接触してくる事実は変わらんか」
関わってくると分かってはいる。
しかし、別に強くぶっ叩こうともしない。
なんだかチグハグなものだが、これに関しては……『ホーラス流一網打尽戦術』には、いろいろ手順があるというだけのことだろう。
ランジェアとエリーがどこか『一網打尽』を思わせる行動をしたのは間違いないことで、共通した戦術をとるということは、それが一番いいと教えた人間がいるということ。
彼女たちの共通の師匠がホーラスなので、ホーラスもまた、一網打尽、そう、『一撃で火元は元より、周囲にある燃料ごとまとめて処分する』という思考を持っている。
「そういえば、ティアリス。『エリーがなんか企んでるのも分かる』って言ったけど、どういう意味だ?」
「え? ああ……エリーって私たちの中だと商人でしょ? 一番パストルが接触しやすかったのか、ウザいことをたくさんされたという話よ」
「あっそ……」
権力者特有の危機感のなさ。『悪魔』に手を出すとどうなるのか、自分が今、どんな『掛け金』を積み上げているのか。
最後まで、パストルにはわからないだろう。
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