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第4話【王国SIDE】 空の金庫

 勇者コミュニティが竜石国に身を置くと決まり、リュシア王女はてんやわんやである。

 ラスター・レポートを全員抱えるとなると、かなり大きな屋敷が必要になる。


 しかし、急にそんな屋敷を用意するなど、無茶ぶりもいいところだ。

 もちろん、手ごろな屋敷が見つかり、そこに人が住んでいたとしても、『勇者を招くために用意したい』と交渉すれば、最終的には用意可能だろう。

 とはいえ、ランジェアとしても急にそれが揃うとは思っていないし、時間をかけて用意すればいい。


 王女ではあるが十四歳の少女であるリュシアは涙目になりながら不動産の書類をひっくり返しているところだ。


 ……そんな中、ディアマンテ王国では、怒鳴り声が響いていた。


「貴様のせいだぞザイーテ! 貴様が平民をとどめておく判断をしておけば、勇者コミュニティの力が手に入ったのだ。それを逃がすなど、この罪は重いぞ!」

「も、申し訳ございません。陛下」

「謝って済む問題か! しかも、勇者コミュニティへの莫大な借金など、一体何を考えている!」

「ゆ、勇者コミュニティは各国への援助額も多いとのこと。部下に金をもらってくるよう言いつけましたが、援助ではなく借金になっていたとは……」

「何に使った! 貴様が金を投じた事業は全て王家に――」


 顔が青くなるザイーテ。


「ま、まさか。全て娯楽に使ったのか!」

「そ、それは……」

「そういえば、貴様はこの数年、ずっと羽振りがよかったな。高そうなワインや珍味をいくつも……アレは借金で買ったのか! この大バカ者め!」


 バルゼイルは怒鳴る。


 ただ……そう、ザイーテのような立場の者にとって、この状況は『十分考えられる範囲』だ。


 ランジェア率いるラスター・レポートは、魔王を討伐したことで『勇者コミュニティ』となった。

 しかし、そうなる前は、主要メンバーが冒険者登録をして、そこに集まっていた『冒険者コミュニティ』でしかなく、全員が平民なのである。


 金をある程度用意できるほど腕が立つとはいえ、所詮『平民』であり、権力者であるザイーテが一声出すだけで、その借金は、『返済を催促されても握りつぶせる』のである。


 だからこそ、仮に『ラスター・レポートから金を借りている』という正確な情報をザイーテが持っていたとしても、今と同じようになっただろう。


 正直、ラスター・レポートへの過小評価が過ぎる。

 しかし、それにも理由はある。


 ラスター・レポートはその全員が、平民であるだけでなく、特殊な出生に一切該当しない。


 高位の神官の娘でもない。大型商会のご令嬢でもない。武闘派一族に生まれたわけでもなく、様々な国が抱えている『聖剣』や『秘蔵の魔道具』を手にしたわけでもない。


 功績は多い。

 しかし、その中身はひどく、『権力者という、名札しか気にしない者』にとって薄っぺらいのだ。


 そう……『魔王を討伐する』まで、『平民出身の一般人にしてはまあまあやる』と、誰もが過小評価していたのである。


「ザイーテ様!」


 転移室に入ってきたのは、スーツを着た男たちだ。

 貴族としてのバッヂはつけているが、どれも華美なものではない。

 男爵や子爵の次男三男といったところだろう。


 そんな男たちが入ってきた。


「なんだ!」

「へ、陛下。いらっしゃったのですか。も、申し訳ございません」

「……いや、言え。ザイーテに何の用だ?」


 珍しく、『直感』が働いたのか、バルゼイルは男たちに言った。


「そ、それでは……ざ、ザイーテ様。その、事務室に置かれていた金庫の中が空なのですが、どこに活動資金があるのでしょうか」

「はっ?」

「金庫の中がほこりをかぶっておりまして、長い間、使われた形跡がないのです。平民が採用されている間に、別の場所に変更になったのでしょう。活動資金は何処に」

「な、なにを言っている。事務員は副業か何かで資金を調達していたんじゃないのか?」


 ザイーテは純粋に疑問を口にしたようだ。

 だが、バルゼイルは背筋が凍った。


「おい、事務員への資金はお前が管理しているはずだ。今まで何に使っていた!」

「そ、それは……」

「何に使っていたのかと聞いている!」

「……」


 顔が青いままで何も言わないザイーテ。


「まさか。活動資金を与えず、給料も払ってないのか!」

「い、あの、そのような……」

「どれほど使い込んだ。まさか全額……」


 バルゼイルが『全額』というフレーズを口にした瞬間、ザイーテの顔が青を通り越して真っ白になる。


「どうしてそのようなことになった!」

「ま、間違えて、すべての金貨が入った袋を私の荷物の中に含めてしまい、それを屋敷に持ち帰ったことがありまして。そ、それでも、事務員から何の苦情もなかったので、副業か何かで資金を集めているのかと……」

「ああ、できるだろうな! 勇者が認めるゴーレムマスターだ。王都近隣にあるダンジョンにゴーレムを送り込んでモンスターを倒せば金貨を用意できるだろう……」


 バルゼイルの顔が真っ赤になる。


「貴様ああああああああああああああああああああっ!」


 バルゼイルの鉄拳がザイーテの顔面にさく裂した。


「があああっ!」


 反応できずに無抵抗で殴られたことで、地面に倒れる。

 歯が数本折れ、頬は腫れあがり、手で押さえて悶えている。


「どれほど愚行を積んだのか理解しているのか! おい、兵士を呼べ。こいつを牢屋にぶち込んでおけ!」

「ろ、牢屋!? そ、それだけは……」

「何の責任も果たせぬ無能の懇願に何の意味がある! 追って沙汰は下す。ただ、爵位剥奪と全財産没収は確定だ。覚悟しておけ!」

「なっ、わ、私は筆頭公爵家ですぞ!」

「それを考慮して余りある罪ということだ。連れていけ!」


 兵士がザイーテを抱えると、そのまま転移室を出ていく。


「しゃ、爵位剥奪と全財産没収。い、嫌だ! お許しを! 陛下ああああああああっ!」


 見えなくなるまで懇願しているザイーテだが、バルゼイルはそれどころではない。


「ぐっ、おおっ……ど、どうすればいい。どうすれば勇者コミュニティの力が手に入る。ぐ、うあああ……」


 床に崩れ落ちるバルゼイル。


 彼は傲慢であり、城の現状にすら気づけぬ無能だ。

 ザイーテのような人間を側近にし、イエスマンで周りを固める愚か者でもある。


 しかし……一つだけ。


 『勇者』という称号がどれほどの重さなのか。そこは理解している。


 そして、その勇者の師匠の力を存分に使っていながら、何も与えることがなかった。


 バルゼイル自身が人を許せる器ではない故に、何をどうすれば『許し』が得られるのかわからない。


「何故、なぜ何も言わなかったのだ。何故……」


 無給はおろか予算すら自前で用意するという異常事態。

 何故、ホーラスが何も言わなかったのか。それをバルゼイルが理解する日はない。


 そしてそこを理解できない以上、ホーラスを理解することはできず、何をすれば許しを得られるのかにたどり着くこともないだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] この国王、傲慢で野心家ではあるけど、勇者チームを抱え込むのにちゃんと自国の特徴を生かした特権と対価を提示したり、平民とはいえ無給で働かせてたのが理不尽だって分かってるだけまだマシではあるなぁ…
[一言] なんだかんだ、傲慢だけど事態を理解できてるだけまだ陛下のほうが貴族階級としては有能ですね(傲慢だけども)
[良い点] 〉王女ではあるが十四歳の少女であるリュシアは涙目になりながら不動産の書類をひっくり返しているところだ まあ、勇者のチームをまるごと抱えられるんだから、それくらいの苦労はしゃーない(笑) …
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