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第32話 冒険者が胸に秘めるべきこと。

「はぁ、なんだろ。冒険者の中にも、オレたちを舐めてるやつ多くね?」

「理屈はわかります。世界を侵略していた魔王が、単純な『強さ』ではなく、その『特性』が極端でした。事実として、強い男性はいますし、思うところがあるのも当然でしょう」

「そうだけどよ……」

「何が引っかかっているんですか?」

「そこまで、世の中の人間って『バランス感覚』がねえのかなって思っただけだぜ」


 勇者屋敷の一階ロビー。


 エリーが書類を手に、ラーメルがお菓子をつまみながら話している。


 ……ちなみに、ロビーのソファではホーラスが寝ている。

 なんだかゲッソリしているような気がしなくもないが。


「……バランス感覚。ですか」

「『やりたいこと』と『できること』のバランスがとれねえ奴が、何人も魔王の手下になった。そういうの、見てきただろ?」

「そうですね。魔王の男性支配の力を過小評価し、『精神防御の魔道具があれば魔王に勝てる』という風潮も耳にします」

「……そういって何人が虜になったのやら、で、それに対処したオレたちが非難されるのも、わからなくはないんだけどなぁ」


 煮え切らない。といった様子のラーメル。


 ……ランジェアが世界会議の場で『勇者としての功績を評価された』あの日、実はあの時点で、魔王討伐から『半年』が経過している。


 理由としては、『最低限の後始末』すらまともに進まなかったからだ。


 魔王の男性支配は、魔王が死んだ後も継続する。


 要するに……『魔王を倒せば元に戻る』として監禁されていた『王族』や『貴族』、『高位の神官』など、そういう立場の人間がたくさんいたのだ。

 だが、魔王が死んだ後も、忠誠と愛を魔王に捧げ続け、実際に魔王の死が告げられても、今度は『魔王が作ろうとした世界を私が作る』と言いだして暴れる者が多数。


 ……そのまま監禁を続けるか、殺すしかなかった。


 監禁されず、配下となり、魔王が持っていた『劇薬』でモンスター化し、資金的にランジェアたちの糧となった者もいる。


 ただ、取り繕わずに言えば、ランジェアたちは、『旅の途中で虜になった男性を、殺し続けてきた』のだ。


 魔王を倒したのは事実だが、だからといって、全ての『希望』を救えたわけではない。


「近しい男が魔王の虜になって、オレたちが殺したってケースは多い。正直、時間以外の薬なんてねえから、それまではオレたちを恨んで気を紛らわすくらいしかできねえし、『そういうの』はオレも納得するけどよ……」

「特殊性が強いだけで強くもない魔王を倒して、自慢するな。ぽっと出の小娘が調子に乗るな。そういう意見には納得できないと?」

「エリーは納得してんのかよ」

「理解はしますよ?」

「でもよぉ、そういうことを言ってる冒険者が、普段は『冒険者コミュニティが魔王を倒したんだから、これからは俺たちの時代だ』って吹聴してるわけだろ? なんか、卑怯っていうか……」

「違いますよ。ラーメル」

「ん?」

「『卑怯者が調子に乗れるくらい、平和な世界を作る』……それが勇者というものです。気分は良くありませんが、ああいうのを見てると思いますよ。『世界は平和になったんだ』と」

「皮肉の利きすぎにも限度があんだろ」


 ラーメルはため息をついた。


「有事の際に、戦わない卑怯者が理想を掲げるのは非難されます。誰も余裕がないからです。しかし、今の彼らは他人の目を気にせず、理想を語る。いいではありませんか。借金漬けにして鉱山にぶち込みたいですね」

「本音漏れてんぞ。無表情でそんなこと言うのやめろよ」

「理解はしますが、納得はしてませんから」

「あっそ……」


 ため息をつくラーメル。


 なんというか、ラーメルには『スッキリしないモヤモヤ』みたいなものがあるが、エリーはそこのところの折り合いのつけ方が自前である。

 その自前の折り合いのつけ方というのがラーメルとややズレるためか、言うほどスッキリする話にはならなさそうだ。


 というわけで、話題を変えることに。


「……そういや、なんで師匠はゲッソリしてるんだ?」

「勇者コミュニティにはメイドが十人いるでしょう。全員で襲い掛かったそうです」

「襲い掛かるって……あー。流石の師匠も十連戦はキツイのか」

「限界まで絞られているということはないと思いますが、元の性欲がそうでもないので」

「あー、だから、魂がなくなった幽霊みたいになってんのか」

「存在がなくなってますよ」

「でも、今の師匠も似たようなもんだろ」

「確かに」


 ……。


「勝手に殺すな」

「あ、師匠、起きてたんだな」

「おはようございます。師匠」

「……思うんだが、君たち、ちょっと恥じらいとかないのか?」

「何言ってんだ師匠。現実なんてこんなもんだぜ」

「そうですよ。魔王を討伐する過酷な旅を続けてきたのですから、ズレがあるのは当然でしょう」

「二人の間で理屈が違う気がするが……まあいいか」


 ホーラスのほうがモヤモヤしてきた。


「あ、そういや師匠。師匠は、最近調子に乗ってる冒険者についてどう思うんだ?」


 ラーメルはホーラスに聞いた。


 ただ……勇者コミュニティは、あくまでもホーラスからの影響を受けやすく、受け入れやすい体質がある。


 特に『思想』や『方向性』に関して、軽く返答するものではないが……。


「……俺が眼光だけで相手を黙らせる技術を身に付けたのは、調子に乗ったやつを殴って黙らせると非難されるから。とだけ言っておくよ」

「アハハハハハハ!」


 大笑いしているラーメル。


「ただ、冒険者が掲げるべきものっていうのは、俺は理想じゃなくて『憧れ』だと思ってる。どんな奴になりたいかなんて、正解は見つからないが、『誰に憧れて冒険者になったのか』っていうのは、胸の内に秘めておくだけでもいいから、決めておいた方がいいと思うよ」

「憧れ……か」

「理想っていうのは、生きていく中で『妥協』していくものだけど、『憧れ』っていうのは、多分劣化しないものだからな。俺はそう思うよ」

「ふーん」

「だから、勇者コミュニティに憧れて、冒険者になった女性もいるはずだ。そういうやつが胸を張って生きていけるように、かっこ悪いことはするなよって話だ」

「わかったぜ! なんとなく!」

「よろしい」


 ホーラスは頷くと、再び寝た。


 かっこ悪いことをしないための一つの方法は、『自分に憧れて、自分がいる世界に飛び込んできた人がいる』と、自覚すること。


 それもまた、真実だろう。

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