第30話 調子に乗るのは個人差がある。人によっては拳を出すことも。
「へぇ、ここが竜石国のスミスエリアか。めちゃくちゃ繁盛してるぜ」
「ここに店を構えるだけで国から補助金があるらしいな。『生活費は気にせず最高の一品を作れ』ってことらしい」
「なるほど。まっ、あとは売り込めるか、優れた目を持つ奴が来てくれるかどうかって話だよなぁ」
ホーラスとラーメルは、宝都ラピスの鍛冶師たちの店が並ぶエリアに来ていた。
二人が来ているのは鍛冶師たちのなかでもかなり『高品質』なものが並ぶ一等地であり、あちこちから鉄を打つ音が聞こえてくる。
が、思ったほどうるさくないのは、作業場の壁が防音素材などで出来ているためだろう。
「一階で武器や防具を売って、裏で作業してる感じかぁ……エリーが見たら、『売るのは商人に任せてさっさと納品すればいいのに』って愚痴りそうだぜ」
「まあ、そこは国のやり方だろうな。オーダーメイドも多いだろうし……ただ、剣の質として、優れてるものは多いな」
ホーラスは店頭のショーケースに並んでいる武器たちを見て、武器の質に納得している様子。
「師匠はオレに鍛冶師の戦闘手段は教えてくれたけど、武器を作る方は基礎だけだったもんなぁ。でも、見ればいろいろわかるってことか?」
「鑑定はできるが、俺は鍛冶師ではないからな」
あくまでも、ホーラスはゴーレムマスターであり、その技能は『錬金術』と『魔道具作成』と『地属性魔法』の中間のようなもの。
確かにホーラスは剣を作るし使うが、それが『剣型のゴーレム』であり、仮にゴーレムとしての機能を抜きにすれば、その加工技術は本職に劣るだろう。
……尤も、彼が武器に使うレベルの金属となると、そんじょそこらの鍛冶師では扱えない特殊金属になるので加工技術が足りず、『どのみち無理』という結論になるだろうが。
「おい! ふざけてんのか! 売れねえってどういうことだよ!」
「「ん?」」
怒鳴り声が聞こえて振り向くと、一つの店がある。
「こんな真昼間からなんだいったい……」
ホーラスが入っていくので、ラーメルもついていく。
店に入ると、冒険者であろう男が店主の男性に突っかかっていた。
なお、冒険者は普段着だが、立ち姿に言うほど隙はない。
「ふーん。Bランクってところか」
ラーメルが言うのを聞いて、ホーラスは大雑把に理解した。
冒険者協会は冒険者の強さや功績に応じてランク付けするのだが、
S 人外
A 優秀
B 上級
C 中級上位
D 中級下位
E 初級
F 新人
といったものになっている。
ちなみに、SSランクと、ランジェアたちの『勇者ランク』というものもあるのだが、この二つに関してはかなり『特殊』なので、上記の七段階とは比べられない。
ラーメルが言ったBランクというのは『上級』という意味であり、辺境で予算があまり付けられない場合でも、コイツ一人がいれば十分治安が保たれるというレベルだ。
「だから言ってるだろ! コイツは特殊な金属を使ったものだ。魔力操作が上手くできないやつが使うと、体の内側からズタズタになっちまう。この町の冒険者協会に行って、魔力操作技能の証明書をもらってきてくれねえと、俺も売れねえんだよ! これは法律だ!」
カウンターに置かれているのは刀身が真っ白の剣だ。
柄と鍔もきれいな物で、業物と呼べるだろう。
「うるせえ! そんな話聞いたことねえぞ! 俺はBランク冒険者だ! 魔力操作くらいできるに決まってんだろうが!」
「だから証明書貰ってこい! 規則でそうなってるって何度言えば分かる!」
「「……」」
ずいぶん、幼稚な言い争いだと思うホーラスとラーメルである。
「ふざけんなよジジイ!」
ついに、冒険者の男が拳を振り上げ――ラーメルが周囲の空気を威圧で支配し、男に上から圧力をかける。
圧力をかけられた男だが、額がテーブルの角に直撃!
「ぐああああああああっ!」
「あ、ごめん」
あまりにもクリティカルで入れてしまったためか、謝っているラーメル。
「ラーメル、ああいうときは上から押すんじゃなくて金縛りにするんだよ」
「わかったぜ。師匠」
この弟子はこの師匠ありきということだろう。遠慮も容赦もない。
「な、なにしやが――」
男が振り向いて、言葉がすぐに詰まる。
「……ん? なんだよ」
ラーメルが訝しげな表情になるが……ラーメルは戦闘技術をホーラスが直々に仕込んだ一人だ。
言い換えれば、ランジェアたちと同様、『体が上質に作り替わるほどの身体強化』を行なっており、その顔だちも、やや幼いが『美貌』の一言。
上はタンクトップ。下は短パンと露出のある格好だが、スタイルは抜群。
まあ正直、『見惚れない方がおかしい』というものだ。
「す、すげえ上玉じゃねえか」
「さっき威圧した本人って気が付かねえのか?」
「はっ?」
「ああなるほど、いきなり過ぎて何されたのかもわかんねえってことか」
「一体何を……って、そうじゃねえ。おい、俺のギルドに入れよ。見たところ鍛冶師だろ? 上手く使ってやるぜ」
「バーカ。釣り合わねえよ」
「んだとコラアアアア!」
また男は拳を振りかぶって、ラーメルに向かって突撃する。
ラーメルはそんな男の拳を左手で受け止めると……。
「これで正当防衛だな」
「えっ?」
次の瞬間、ラーメルの鉄拳が男の腹に突き刺さった。
「――っ!」
男は悲鳴すら言葉にならず、そのまま気絶した。
そんな男をポイっと後ろに捨てて、店の外まで放り出す。
「女を遠慮なく殴れるか。まあ、人間に擬態するモンスターも時々いるし、別に否定はしねえけどよ……ん?」
ラーメルが横を見ると、ホーラスが棚に並べられた剣を見ていた。
「師匠、何やってんだ?」
「あー。いや、なんか俺、空気になってたっぽいから、別に他のことしててもいいかなって」
「別にいいけどよ……」
ラーメルは呆れたようにため息をついた。
反応を見る限り、そういうのはこれが初めてではないのだろう。
「あ、あんた等は……」
「ああ。オレはラーメルってんだ。よろしく」
「ラーメル……えっ、勇者コミュニティ最高の鍛冶師!?」
店長はホーラスを見る。
「さっき師匠って言ってたよな。てことは……」
「ああ。『勇者の師匠』ホーラスだぜ」
「そ、そんなビッグなやつらが俺の店に……」
店長が唖然としていると……。
「あ、これとこれ。あんまり見ない素材だな。ただ、素材の引き出し方がいい。ラーメル。勉強用に買っておこう」
棚から二本の剣を取り出すと、満足そうにカウンターに持っていく。
「店長。この二本買うよ。会計してくれ」
「俺の剣が勇者の師匠に……一生自慢できるぜ!」
「会計してくれ……」
「あ、すまんすまん」
というわけで、硬貨を払って店を出た。
「ふーむ……この町、あんまり魔道具技術が発展してないから、店とか見てなかったけど、思ったよりいいものが置いてあるな」
「昔からそうだよな。師匠」
「まあ、そうだな……しかし、聞き分けの悪い冒険者もいるんだな」
先ほどの冒険者を思い出して、ホーラスがつぶやく。
「面倒な性能がある鉱石なんて扱ってない場合も多いぜ。ただ、この町はそうじゃない。ほかの冒険者協会だと、そんな証明書を発行する機能なんて備わってないし、この町特有だ」
「だろうなぁ」
「普段求められてないことをするのには慣れが必要……だけど、あそこまで露骨に人の言うことを聞かねえ奴もいるんだな」
「そういうやつ、多いと思うか?」
「それが大部分ってことはねえけど、遭遇する確率はかなり上がってるはずだぜ」
「……そういうものか」
大型の宿泊施設を要求するものが多いということは、ギルド単位でここに来るというケースもあるということだ。
後ろ盾があるからと調子に乗るものも多いだろう。
とはいえ、もう少し、器用に生きられないのかと、思わなくもない。
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