第3話【王国SIDE】 要するに、金を借りっぱなしの奴が調子に乗るな。
勇者ランジェアが語った、ディアマンテ王国の人材不足と財政難。
職員がいなくなったというのは、ゴーレムマスターとして力を行使していたという説明でわかっている。
だが、財政難というのは何なのか。
「魔王が討伐され、各国に強制されていた『特例』は次々とその力がなくなっています。その特例の一つに、『債権』に関するものがありました」
「はっ?」
「魔王が世界に侵略している緊急時であり、多くの金貸しが『返済期間の延長』や、『金利の制限』を設けられました」
「そ、そんなもの……」
「権力で塗りつぶせばいいと思いましたか? では、あなたたちは、自国の金貸しの不満の噂を聞いたことはありますか? ないでしょうね。私たちが、ほぼ満額に近い金貨を用意し、金貸しから債券を購入しましたから」
「なんだと!?」
緊急時だからと滞っても問題なかった債務の返済。
ただ、魔王が討伐され、特例は消えた。
金は、返さなければならない。
そしてこの世界において、『モンスター討伐における実力者』は、『資産家』を意味する。
答えは単純で、モンスターを倒した場合、銅、銀、金の硬貨が、そのモンスターの強さに応じて手に入るからだ。
モンスターは倒すと、硬貨とドロップアイテムを残して塵となって消滅する。
もちろん、硬貨が増え続ければ物価はインフレするが、この硬貨にはエネルギーとしての使い方があり、国策を支える上で重要な大型魔道具の運用に利用し、そのための徴税を行うことで調整されている。
自国通貨を作るのではなく、モンスターのドロップコインをそのまま使用している『表向きの最大の理由』は、あまりにも偽造が困難だからだ。
完璧な円形で、複雑な切込みがいくつも入り、そしてコンマ一ミリの誤差もなくまったく同じ。
偽造不可能な物として世界会議が認めており、世界で使える。
そして、勇者コミュニティが魔王討伐までに集めたその資金額は莫大であり、各地の復興に金貨を放出してきた。
その金の出し先は、緊急時だからと遠慮なく踏み倒され、枕を濡らす金貸しも例外ではない。
闇金はつぶれてもらったが。
とにかくそんな理由で、数多くの債権を持っており、常任理事国は、その多くが勇者コミュニティに借金している状態である。
その上、勇者コミュニティそのものが、大型の金貸しになれる。
「勇者コミュニティにも金貸しの事業はあります。知っていますか? 国ごとに見れば、もっとも借金額が多いのはディアマンテ王国ですよ?」
「なんだと……」
「主に、王都に住んでいる方からの要望がとても多く……そうそう、そちらにいるルギスソク公爵家の当主さんは、最も大きな借金をしていますよ。王都の屋敷を売っても払えないくらいに」
「ヒッ――」
ザイーテの声が引きつった。
「とはいえ、実際は分割払いですし、金利は破格の低さです。ゆっくり返してもらいましょうか」
「「「……」」」
全員が息をのんだ。
「そして、一切の債務がないのは、ここにいらっしゃる中では、カオストン竜石国だけなのです」
「何? ば、バカな……」
「理由は、私が魔王討伐に使った『竜銀剣テル・アガータ』はカオストン竜石国で製作されたものであり、これを私が手にすることで借金返済になったからです」
「ゆ、勇者の剣を作っただと……」
バルゼイルが顔をゆがめているところを見ると、どうやら勇者の剣が竜石国で作られたことは知らなかったようだ。
「我々としても、余計な考えをせずに過ごせるのが、この世界会議参加国においては竜石国しか確約されていないのです」
勇者相手に借金を抱えているというのは圧倒的な外聞の悪さがある。
そんな状態で身を置いた場合、『その金はどうするのか』という話だ。
自国の通貨を持たず、魔物貨幣で借りている以上、捻出しようとすれば、増税か徴兵してダンジョンに放り込まれるだろう。
ここは引かなければならない。カオストン竜石国に譲らなければならない。
そう、『特例は終わり』なのだから。
「では、師匠と我々に、カオストン竜石国の国籍と、宝都ラピスの市民権を頂くという報酬は、認められたということでよろしいですね?」
最後にランジェアは、リュシア王女を見る。
こう言っては何だが、まだまだ幼い印象がある十四歳の少女が『こんなところ』にいるだけで心臓が持つか持たないかの瀬戸際だというのに、勇者から言われたら、首を縦に振るしかない。
「わ、わかりました。カオストン竜石国は、皆さんの国籍と、宝都ラピスの市民権を認めます」
「ありがとうございます。では、我々にも調整する部分が多々ありますから、これで失礼します」
そう言って、ランジェアは踵を返すと、扉に向かって歩いていく。
……最後に、全員のほうに向かって振り向いた。
静かだが、よく通る声で……。
『もしも、リュシア王女殿下に何かあれば、わかってるよな?』
明らかに違う口調。圧倒的な存在感。
それに呑まれた王たちが何も言えなかったのは、生物として正しいだろう。
ランジェアの姿が見えなくなるまで、いや、見えなくなった後もしばらく、張り詰めた空気は緩まなかった。
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