第2話【王国SIDE】 魔王討伐の報酬。その要求に王たちは……
「ザイーテ。気分がよさそうだな」
「ええ、陛下。先ほど、煩わしいものを排除したので」
「そうか。これから緊急の世界会議で勇者に会う。眉間にしわが寄っていては印象が悪いからな」
気分がよさそうなザイーテ・ルギスソク。
太った体を揺らし、気分がよさそう……というより、悪いことを考えているような表情だが、それを国王は追及しなかった。
バルゼイル・ディアマンテ。
ディアマンテ王国の国王であり、彼が突いている杖には、奇麗にカットされたダイヤモンドがきらめいている。
勇者が魔王を討伐し、その後の世界情勢において『最大』を誇る国家の頂点であり……こちらも肥満体形だ。
彼らの傍には鎧と剣を装備した近衛兵が控えており、じっと待機している。
「さて、そろそろか」
「ええ。転移マジックアイテムを使うとのこと。それで世界会議の場に集まるはず」
「うむ。使用コストもなかなかだが……世界会議という組織のみで保管され、重要な場面でしか使用されないというのも宝の持ち腐れだろう。一度、ディアマンテ王国で所有することを検討する必要があると思わないか?」
「私もそう思います。陛下。確かに使用コストは高い。しかし、最大の国家であるディアマンテ王国であれば、その高いコストも気にならず、転移の力は経済に強い影響を持ちます。我々が所有することは正しいかと」
どこか下劣な笑みを浮かべているふたりだが、あらかじめ用意されていた『転移陣』が輝いたことで、その笑みを控えた。
……数秒後、彼らは転移し、ディアマンテ王国に用意された世界会議の控室に転移する。
「ふむ、転移か。なかなか慣れんな」
「これからは使用頻度も多くなるでしょうし、そのうち慣れるでしょう」
「それもそうか。さてと……私たちは最後に転移することになっているからな。いつまでも待たせてはいかんな」
「確かに、それでは向かいましょう」
バルゼイルはザイーテを連れて、部屋を出る。
近衛兵が先導する形で、謁見の間に向かった。
部屋の扉に近づくと、扉を守っている騎士がうなずき、扉を開ける。
「諸君、待たせたな」
バルゼイルは笑みを浮かべて、謁見の間に入る。
この部屋は、弧を描くように椅子が配置され、上座から国力の強い国の王が座ることになっている。
七つある席の中で、バルゼイルは中央の椅子に座った。
「お待たせしました。これより、勇者様をお招きします」
司会が告げて、式が始まる。
★
世界が変わった。
空気が変わった。
明らかに別格の存在が現れたとき、そのような感覚を人に与える場合がある。
だが、世界会議という、圧倒的な地位が集まるこの場所で、それを成しえる者は多くない。
しかし、部屋に入ってきたのは、紛れもなく空気を変える少女だ。
名はランジェア。
平民出身なので姓はない。
抜群の光沢を放つ銀髪を腰まで伸ばし、胸と尻は大きく、腰はくびれており、女性らしい魅力が圧倒的だ。
青いドレスを身に包んでおり、体つきと合わせて芸術品を思わせる。
何より、特筆すべきはその美貌だろう。
幼さ……まだ十七歳であることを考えると当然ではあるが、そこに美しさと強さを合わせたような、絶妙で黄金比の美貌を持つ。
可愛らしいか美人かで言えば可愛らしい、しかし、他者に油断させない存在感がある。
そんな少女が入ってきたことで、空気が変わった。
式は始まり、進行表の通りに進んでいく。
魔王がもたらした甚大な被害と、その中で、魔王を打倒した勇者であるランジェアの功績が述べられ……。
七つ用意された『常任理事国』の中でも最大の国家であるディアマンテ王国のバルゼイルが告げた。
「勇者コミュニティ、ラスター・レポートのリーダー。勇者ランジェアよ。世界を救った功績により、報酬を与えよう。好きなものを望むがいい」
ここまで、滞りなく進んできた式。
しかし、ランジェアが望む報酬に関しては、『その場で本人が述べる』という形式になっている。
「では、一つだけ」
静かな、しかしよく通る声で、ランジェアは述べる。
「ラスター・レポートの中で、私を含めた幹部六人を鍛え上げ、魔王討伐の道を作った男。ホーラス師匠に対し、『多国籍一夫多妻の特権』を望みます」
ランジェアの言葉を、全員が理解するのに時間がかかった。
ただ、バルゼイルは、最初に意識を取り戻したかのように、ランジェアに問う。
「その、ホーラスというのは、どういう男なのだ?」
「師匠は平民出身ではありますが、私が知る限り、世界最高のゴーレムマスターです。一週間前に手紙を受け取った時には、ディアマンテ王国の王城に勤務していると書かれていました」
その言葉にバルゼイルは喜色を浮かべ……その後ろで、用意されていた椅子に座っていたザイーテがガタッと揺れた。
「どうしたザイーテ。我が城にそれほどの男がいると聞いて、驚愕を隠せないか?」
笑みを浮かべているバルゼイルに対して、ザイーテは顔面が真っ青である。
ただ、バルゼイルの笑みも当然だろう。
勇者コミュニティ……それは元は冒険者コミュニティだが、リーダーであるランジェアが勇者の称号を得たことで、そのランクになった。
この力を独占したいと考えないものは、権力者にいないだろう。
ラスター・レポート、その中でも幹部は、全員が見目麗しく圧倒的な才覚を有するという。
他国には絶対に渡したくない。しかし困るのが、全員の出身国が違う。
自国の王子との婚約をチラつかせても首を縦に振る保証はない。
しかし、そのホーラスに多国籍の一夫多妻が認められ、ホーラスを要職につけることで、間接的にその力を存分に使うことができる。
あとは謀略でホーラスを陥れれば、勇者の力が丸ごと手に入る。
それが進めば、あの女性の魅力にあふれた体を堪能することも……。
そんな想像が進んだバルゼイルが喜色を浮かべるのも無理はない。
しかし、ザイーテにとっては青天の霹靂。
ランジェアが述べた短い説明。
平民出身、城に勤めている。
そう……彼は先ほど、『平民の城で働く職員を全員クビにしたばかり』なのだ。
これで顔が青くならなければ心臓がどうかしている。
心臓が普通のザイーテは、顔が真っ青になっている。
そして……圧倒的な視野や直感が求められる勇者であるランジェアが、その青くなった顔に気が付かぬ理由はない。
「その表情。解雇しましたね。私たちの師匠を」
「!?」
口に出さなければバレないと思っているのは、甘すぎる証拠。
もともと表情が乏しいランジェアだが、凍てつくかのような視線をザイーテに向けている。
「な、ざ、ザイーテ。勇者の師匠をクビにしただと!?」
「し、知らなかったのです! もしもそれを知っていれば――」
「師匠が秘密主義なのは昔からです。私も、ディアマンテ王国の宮廷に勤めているのはその手紙で初めて知りました」
そして、と続ける。
「魔王の影響で、世界会議は『平民であろうと要職に採用せよ』と特例を出しました。そうした中で、多くの国が『平民を抱えることで、魔王の侵略に対抗できるほどの国力を得られる』という価値観を手にしましたが、ディアマンテ王国ではそのようなことはなかったのですね。平民だからと、まとめて解雇されたのでしょう」
ある意味、ランジェアは全て言い当てたに等しい。
「魔王の侵略の影響で、多くの民が移動を、避難を余儀なくされました。その結果、大量の民がディアマンテ王国に集まっています。これが『最大の国家』という称号の中身です。何故抱えることができたのかは、師匠がゴーレムマスターの力で、『職員』を作り上げていたのでしょう」
「なんだと……」
「人間の十倍以上の仕事量が可能な『人間そっくりのゴーレム』を、師匠は一度に五百体以上動かすことが可能です。それほど、師匠の力は絶大です」
ランジェアはため息をついた。
「もう全貌は見えました。行き先を考えれば、一夫多妻の特権は不要ですが……確か、あの場所を使うのには市民権が必要ですね」
ランジェアは、弧を描く七つの椅子に座っていない……そう、常任理事国ですらない場所に設けられた椅子に目を向ける。
そこに座っているのは、まだ十四歳だが、金髪碧眼の美少女。
「確か陛下は病気で療養しているとか? その代わりに全権代理で来たのでしょうね。リュシア王女殿下」
「え、あ、あの……」
「貴女から、ホーラス師匠とラスター・レポートメンバー全員に対し、『カオストン竜石国』の国籍と、希少な鉱石が集まる『レアストーン・マーケット』を利用するため、『宝都ラピス』の市民権を頂きたい」
ランジェアはそう言うとリュシアから目を離して、七人の常任理事国の王たちに視線を向ける。
「さて、結論ですが、カオストン竜石国は男性が少なく、所得に比例した一夫多妻が認められているため、先ほどの『多国籍一夫多妻の特権』は撤回しましょう。師匠と我々に対し、カオストン竜石国の国籍と、宝都ラピスの市民権。これを、魔王討伐の報酬として望みます」
よどみなく述べられたランジェアからの要求。
これを肯定しない場合、魔王討伐を軽んじる行為として社会的に終わる。
だが、これに肯定した場合、『勇者が小国の国民になることを望んだ』として、様々なやっかみがあるだろう。
そして、勇者本人を責めることはできない。
にらみつける先は、勇者ではなく、その王女に……だが、それは叶わない。
『調子に乗るなよ』
一言。
ランジェアの口からこぼれた一言が、王の傲慢を叩き潰す。
リュシアを睨もうとしていた参加者は、一瞬で、塗りつぶされた。
「ゆ、勇者ランジェア。いったい、何を……」
バルゼイルもまた顔面蒼白で、ランジェアに恐怖の視線を向けた。
「厚かましいことをしているので止めさせたに過ぎません。『私が望む』ということがどういうことなのか。まだわかっていない様子でしたし、体感させるのが手っ取り早いというだけのこと」
世界会議という、権力者たちを前にしても、一歩も引かない姿勢。
まあ、それも当然か。
全員が平民出身で、軍とも呼べぬほどの人数で、世界を絶望させる力を持った魔王を攻略する。
そんな存在が、怯むはずがない。
権力を前に、心の中で膝をつくはずがない。
「小国に身を置くのが納得できませんか? ええ、納得できないでしょう。しかし、私は秘密主義の師匠の話をしてまで、あなたたちに『理解』させました。理解はできるが納得できない。そんな理由で私を手にしたいというのなら、我々を超えてからにしていただきたい」
ランジェアが『多国籍一夫多妻』を望んだ時点で、少なくともランジェア自身は、ホーラスと結婚し、共にありたいと望んでいると誰もがわかりきっている。
そのホーラスがゴーレムマスターであり、そしてこのカテゴリの人間は『希少な鉱石』を求めることから、カオストン竜石国に行きたいというのも分かる。
そう。この時点で、ランジェアが持つ『理屈』は、全員が理解している。
だが、それでも、世界を救った勇者だ。
王たちは、その力を取り込み、世界の覇権を妄想しているのだ。
だからこそ、小国に身を置くことを、許容できない。
「ま、待ってほしい! 要するに、希少な鉱石が手に入ること。これを望んでいるのだろう。我がディアマンテ王国は最大の国家。その流通網を駆使すれば、カオストン竜石国だけでなく、多くの国の希少な鉱石が手に入る。そのホーラスという男には、そうして手に入れた鉱石を優先的に利用する特権を与えよう。考え直せ!」
吠えるバルゼイル。
……最後の最後に『命令形』が入ったところを見ると、まだ彼の傲慢は潰されていないようだ。
それは褒めるところだ。
しかし、悪手はどれほどいじろうと悪手でしかない。
そもそも、対等ではないのだから。
「城の職員がまとめていなくなり……これから財政難になるディアマンテ王国に、何故身を置く必要があるというのでしょうか」
「なに、ざ、財政難?」
ランジェアの言葉を、バルゼイルは理解できなかった。
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