第19話【王国SIDE】 ヤバい報告とともに勇者からの手紙が来た。
ディアマンテ王国。王都の城のバルゼイル執務室にて。
部下が扉を勢いよく開けて、封筒を手に叫ぶ。
「陛下! レクオテニデス公爵家の私兵がラスター・レポート本拠地を包囲し、勇者の威圧で全滅しました! 勇者からの手紙が届いています!」
「読みたくない。マジで読みたくない」
「ですが、『親展』と『絶対に読め』と書かれておりまして……」
「えー……」
「えーじゃありません! こちらを!」
封筒を受け取ると、開封してめちゃくちゃ嫌そうに読む。
……十数秒後、はぁ……とため息を吐いた。
顔色が最初は青かったが途中で普通の色に戻ったので、どうやら『バルゼイル本人としては致命的ではない』ということなのだろう。
別に安心できる内容とも思えないが。
「正直に言えば、私は読む前、アシュトンの暴走の責任を取らされると思っていた」
「実際には違うと?」
「ああ、勇者はどうやら、思ったより本質が見えるらしい。今回のアシュトンの暴挙で、私に責任を負わせる気はないそうだ」
「それでは、手紙の内容はどのような……」
「簡単に言えば、『世界会議』を臨時で開けということだ。その際、『会見』を開くから、『勇者に難癖をつけたいやつを全員呼べ』だそうだ」
「そ、それは……」
「ああ、明らかに、『一網打尽』にする気だろう」
バルゼイルは思い出す。
勇者の功績をたたえるあの『式』の場で、カオストン竜石国に身を置くと決まった時、王たちは、勇者を責められないがゆえに、リュシア王女を『睨む先』として……全員が威圧された日のことを。
圧倒的にして絶対的な強者であるということが、剣を持たず、ドレス姿で立っていただけのランジェアから放たれ、『王』が威圧されたのだ。
あの日のことを思い出すだけで、『敵対する気』が起きない。
「……陛下。確か、あの『式』の日に、威圧されたことがあるとか?」
「ああ。そうだ。アレは今でも忘れん。たかが十七の少女が放っていいものではなかった。そしてそれは、あの場に参加していた者たちも同じだろう。敵対すべきではないと心に刻んだはずだ」
「……ただ、陛下はあの後も、勇者とその師匠を自分のものにできると躍起になっていましたが」
「何故勇者の師匠がこの国を選んだのかがわからなかったからな。それに、最初勇者は、『師匠の一夫多妻』を求めていた。その師匠をコントロールできれば、勇者が手に入ったも同然と思っていたのだ……悪いか?」
「はい」
「だろうな。私もそう思う」
手紙を見るバルゼイル。
「世界会議を開けと言っている以上、多くの国を参加させるのが望みか。難癖をつけたい連中か。確かに多いだろうな」
「『魔王討伐を期待されていた上流階級の人間』は実際に多いですから……」
「ただ、そういった者たちが何もできなかったのも事実だ。努力することは重要だが、必要なのは魔王を討伐するという結果だからな。しかも、その努力すらしなかったものが実際は多いのだろう?」
「……事実を言えば、そうなります」
「……はぁ」
バルゼイルはため息をつく。
「手紙に書かれているのだがな。勇者は、『主義の善悪に興味はない』と言っている。要するに……何を恥とするのかも興味がないということだろう」
「それは……器が広い」
「たかが十七の娘に、器で負けていると思いたくはないな。尤も、『許す』という経験を積まず、『人としての器』が育たぬのも道理」
バルゼイルは手紙を机に置くと、あごひげをなでる。
「会見。荒れるだろうな」
「間違いなく」
「世界会議は、宗教組織が圧倒的な権力を持っていた時代に起こった『大事件』から教訓を得て、『人が神から自立する』と掲げたことで成り立ったものだ。宗教関係者を呼ぶことはできんが……」
「『貴族』に、『勇者がどういう存在なのか』を知らしめる。というのが目的でしょう」
「そうだな。あの『屋敷』に限っても、我が国の伯爵や公爵が問題を起こしている。『神血旅』の内、『血』を震え上がらせる気か。流石、『勇者』と言ったところだ」
神血旅とは、『宗教国家』『血統国家』『冒険者』をそれぞれ示す言葉だ。
冒険者は今でこそ何でも屋といった要素もあるが、もともとは『未知』を暴く旅に出る者が寄り集まってできたもので、冒険者を一文字で表すなら『旅』とする文化がある。
そして、人間が何かに属する場合、この『神血旅』のいずれかになるという社会学者もいるほどで、それだけ、神と血と冒険者ギルドは『力がある』としているのだ。
「……勇者の師匠。来ると思うか?」
バルゼイルはポツリと言った。
部下は少し考えている様子。
「少なくとも、私がその師匠という立場なら行きます」
「何故?」
「弟子の功績に難癖をつけられているのですから、師匠として顔を出さないわけにはいかない。と私は思いますが、実際に勇者の師匠がどう考えるのかはわかりません。その、『主義の善悪に興味がない』という発想も、師匠から得ているはずですから」
「ふむ……私も来ると思っているがね」
バルゼイルは、特に迷った様子もなくそう言った。
「世界というのが、愛想が尽きてもいいと思えるほどなのかどうか、判断材料としてわかりやすい場所だからな」
「では……」
「仮に愛想が尽きた場合、何かあった時、少なくともカオストン竜石国は守られるだろうが、その他は必要でなければ放置だろう。強者が弱者を守るという意見に闇雲な確信を持つ者もいるが、『主義の善悪に興味がない』という以上、師匠が持つ力は、誰かを守るためのものではないのだから」
「それは……」
「お前も、城に設けた開放スペースで、厚顔無恥なクレームをつける平民たちを見ただろう。『何があってもこいつらを守りたい』と思ったか? お前に与えている権限は多く、誰かを守る力を行使できるがな」
「……それは……」
部下の声が細くなっていく。
「もっと言ってやろうか? 仮に守ったとしても、『ありがとう』なんて言葉は返ってこないぞ」
「あっ……」
そう、部下は思った。
勇者に対し、『世界を救ってくれてありがとう』と、思ったことがないと。
「功績に対し褒美を与えるというのは、『評価』にすぎん。魔王を打倒した勇者に対し、『感謝』が足りん。勇者を絶対崇拝しろと言いたいのではなく、胸の中で、無意識に、『世界は勇者が救ってくれたのだ』と思わなければ……」
バルゼイルは空を見る。
「勇者が救った世界が安くなる」
「……」
部下は言葉も出ない。
「次に開かれる『会見』は、それほど大きな意味を持つ」
「では……」
「勇者は、『難癖をつけたいやつを全員呼べ』といった、最善は、その会場に『誰も来ないこと』だ」
「それは……ありえません」
「……安いな。この世界も」
そう言って、バルゼイルは部下に背を向ける。
部下は一礼をして、部屋を出ていった。
扉が閉まる音を聞いて、バルゼイルはつぶやく。
「さて……私は世界最大の国家の長として、『世界を高くする行為』を成すとしよう」
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