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第178話 『必要』と『正義』

「ホーラス。貴様が竜の力を持っていることは知っているぞ。そして貴様はモンスターだ。貴様を殺して力を回収する」

「……そうか」


 ホーラスはズボンのポケットに両手を入れて歩いていたが、問答無用で『殺す宣言』をしてくる竜封院の面々に対して、かなり軽い返答だ。


「何故この場所にたどり着けたのかは知らんが、モンスターである貴様が入ってくることは明確な『侵略行為』だ。そもそもモンスターである貴様に法など関係ないが、正当防衛は十分成立する!」

「千八百年前に、異世界から『正当防衛』って言葉が入ってきたらしいが……まあ二つ言っておこうか。一つ目に、『正しさを悪用しはじめると、後戻りはできなくなる』ぞ」

「誰が悪用だ! いいか、竜封院は、亜人領域の脅威から人間社会を守る番人なのだ。そんな我他の主義と行いは、絶対的な正義である!」

「……」 


 ホーラスはこの手の言い分をいろんな場所で耳にしてきたが、時折思うのだ。


 端的に言えば、『正義』と『必要』は違うと。


 人から物を奪わないことは『正義』だが、それが絶対的になってしまうと危険物の没収ができないため、安全を保障するためには例外的に物を奪うことは『必要』だ。


 言い換えれば、危険物の没収は安全保障のために『必要』なだけで、それで『正義』を掲げるのはお門違いというもの。


 彼らは亜人領域に住む者たちの、人間社会への侵略を防ぐ最大の要因となっている。

 これは事実であり、彼らが『必要』なことをしている。

 そもそも竜封院という存在そのものを、人間社会からみて『西の山脈を越えた先』が何なのかを、知らない者は多いのだ。


 しかし、それでも、彼らの主張は『正義』にはならない。

 ホーラス自身も完璧な答えを出せるわけではないし、そもそも人間社会にとって正義の在り方など、まだ結論を出すには早すぎる。


 そう、要するに。


 結論を出さないと気が済まない、バランス感覚が取れないのに行動力がある『馬鹿』を扇動するための、道具にしかならない……いや、道具にしかできない。


 人間、正しいと思ったことは、『普通』に、『日常』でやっている。

 わざわざ、アレコレ理屈をつけて『正義』を作ることなどせずとも、正しいことなど誰もがやるのだ。


 『正義』は主義であり、『必要』は行動だ。


 同じ土俵に上げて議論すべきものではないし、同じものだとするべきではない。


「……はぁ、まっ、お前たちが人間社会をどう思っていても別にいいか」


 もっとも、アレコレ正義や必要の議論を行ったところで、それでホーラス個人を見た場合、大した意味はない。


 そもそも彼は、根本的には『無責任』である。


 やりたいことがあるからそのために行動する。障害が発生して自分では解決できない場合、それを解決できる人間を巻き込む。

 男性支配のスキルを持つ『魔王』は自分にはどうにもできないからランジェアたちを鍛えたのはそういう理屈だ。


 それで世界は救われたが、ホーラスにとってはどうでもいい事。


「……もう一つ。俺がモンスターだから殺しても問題ないとかなんとか……随分『理屈をこねまわしている』みたいだが、亜人領域は弱肉強食じゃなかったのか?」

「何を野蛮なことを。弱肉強食を掲げるのならば、人間社会に亜人たちが侵攻することが正しいということになる。それを防ぐために我々がいるのだ!」

「……随分、スラスラ言ってるな。教義か何かで教えられてるみたいだな。ただ、俺が言いたいのはそういうことじゃない」

「なんだと?」


 ホーラスは右手をポケットから出すと、その手に剣を出現させた。


「俺はモンスターだ。さっさとかかってこいよ。それとも、一々『正当化』を挟まないと行動できないのか? 自分が悪ではないと自覚しないと行動できないのか? 『こんな場所』で戦ってるわりにレベルが低いんだよ」


 普通に人間社会で生きていると直感に反するが、『人の形をして人語を話せるとしても、モンスターならば殺すことは正しい』というのは、大前提なのだ。


 血統国家も宗教国家も冒険者協会も、その点だけは完全に共有している。


 もちろん、モンスターを見かけたからと殺す殺さないは自由であると同時に、ホーラスに危害を加えようとするかしないかは自由。


 そもそもモンスターには財産権もない。

 ホーラスが自分の手持ちのそれらを物理的に守れる上に、勇者コミュニティという存在が『ホーラスから何かを奪うことを忌避する』ため所有しているだけ。


 ゴブリンが金品を集めていたとして、それを人が奪うのが正しいのと同じ。

 もちろん、その金品を奪われたゴブリンたちのその後の行動は考える必要があるが、それは『他人への迷惑』という別の議論であり、奪うことそのものは正しいとしている。


 それほど『絶対的』なのだ。『大前提』なのだ。


 正義でも必要でもなく、いや、むしろそれらを越えた『大原則』である。


「俺が竜の力を持っているとか持ってないとか関係ない。ここは弱肉強食の亜人領域で、俺はここの宝物庫に用があって現れたモンスターだ。かかってこいよ」


 冷めた目で、ホーラスは彼らを見据えた。

That argument is still premature for humanity. At least, human society isn't wise enough to draw conclusions.

(その議論は人類にはまだ早いね。少なくとも結論を出せるほど、人の社会は賢くはないよ)

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