第168話 甲板で語られる歴史
ゼツはリュシアをどうにかすることはできないが、それでも千年以上生きている竜であり、普段は死者たちのたまり場である『十字宮殿』にいることもあって、かなり多くの情報を持っている。
彼にも話せないことはあるだろうが、それでも面白いネタはあるものだ。
……というより、面白いネタを持っている友人、もといクソ野郎が多いということもありえるだろう。
「しっかし、アポリオンの末裔がこんな、こんなバカ王女の護衛だなんて、世も末だな」
甲板に上がってきたアイヴァンを見て、ゼツはそう言った。
「ええええっ!」
リュシアが驚愕。
「『ヤオヨロズ兵団拠点』の奥にいたむっちむちの金髪美女の末裔なんですか!?」
「リュシアが言うと大したことじゃないように聞こえるな。なんでだろう」
「気のせいでしょ」
リュシアは驚愕、ゼツとデウスはため息交じりだ。
端的に言えば、リュシアがいると彼女のペースや雰囲気に流されてしまうのだ。
全ての流れをぶった切って『リュシアの世界』を展開するそれは、もうどうしようもない。
「俺が、あの軍事国家の末裔?」
「そうだ。2200年も前に存在した、当時の四つの周辺国を束ねる形で建国された国の末裔だ。何も聞いてなかったのか?」
「さあ……あーでも、親父は2000年よりも前に作られた魔道具を集めてよく研究してたし、多分それが関係してるんだろうな」
「なーるほど……」
一般的に、2000年前は『五大神』が世界に関わったとされる時期である。
それ以前とそれ以降は明確な『種類の違い』ができた世界の構造とされている。
「二千年以上前ですか……それって、どんなアイテムがあるんですか?」
「親父の部屋にあったのは……特徴的なものを言えば、モンスターを解剖する魔道具だな」
「えっ!? モンスターって、倒したら金貨やアイテムになりますよね? なんでそんな魔道具があるんですか?」
「要するに、『それ以前』は、モンスターを倒したら亡骸がそのまま残ってたんだよ」
「ほー……なんでデウス君が知ってるんですか?」
「僕はマスターが持ってる知識は全部知ってるからね」
「なるほど、ホーラスさんの知識ですか」
納得しているリュシア。
正直、それで納得するという時点でホーラスを人外扱いしているが、触れないでいいだろう。
「……そう考えると、ホーラスの奴も、12年前のあの日以降、歴史の勉強をするようになって、俺を変な表情で見てたこともあったし、俺がその国の末裔であると予想してた可能性もあるな」
「む? そんな分かりやすい特徴があるんですかね?」
首を傾げているが、それも当然か。
歴史書に何を書いていたとしても、人間にどんな特徴があるのかわかっていないと、『へー過去にそんなことがあったんだー』で話題が終わる。
アイヴァンに何かしらの特徴があったからこそだろう。
「そりゃそうだろ。アイヴァンが持ってる独自の魔法はクリムが開発して遺伝子に刻んだものだからな」
「何?」
「む? どんな魔法ですか?」
「端的に言えば、他人が捨てた物体や、もう必要ではないと思った物を、『質を最大まで高めて使うことができる』というものだ」
「要はゴミの繰り返しみたいなものだね。だからこそ、他人が捨てたものの魂を歌う冒険者、『廃魂歌』なんて二つ名がついたわけさ」
「なるほど! そういうことだったんですね!」
二つ名というのは本人の行いを元に付けられるものである。
とはいえ、二つ名だけが広まるということもあり、リュシアもアイヴァンの二つ名は知っていたがその意味は知らなかった。
「まあ、だからさぁ、そう、あの国の末裔が、今はSSランク冒険者で、王女の護衛なんてことになってると、思うところはあるってわけ」
「……まあ、だからと言って俺にはどうにもできんだろ」
「ああ、その通りだ」
ゼツは頷いた。
「……さて、もうそろそろ海も『内側』だ。そろそろ海のアレ具合もひどくなる。リュシアは船の中でしっかりつかまってな」
「わかりました!」
「これくらいの船ならバク転するから本当に気を付けろよ」
「バク転!? そりゃヤバいですうううう!」
そういって、リュシアは船の中に走っていった。
「……はぁ、俺もケガしないように見張っておくか」
疲れている様子のアイヴァンだが、リュシアの相手をするということは要するにそういうことである。
アイヴァンも船の中に入っていった。
「それで、このタイミングでアイヴァンに話したのはどういう意味なの?」
デウスがゼツに聞いた。
「ん? ああ……話しとかないと酷だろ?」
「まあ、それはそう。というか、マスターが『妙な表情』になった理由は、その『酷な事情』だからね」
「どういう意味?」
「私も分かりませんね」
ノースとエリーの表情が曇った。
「まだここでいうことじゃねえよ。ただ……そうだな。自分の肩にどんな運命が乗っかるのか。またはその可能性があるのか。それは知っておいた方がいいっていう。それだけのことさ」
「マスターが為したいことを成した時、姿を現す。それだけのことだね」
語るべき時ではない。
言えるのは、基本的に人間にとっての不都合というのは、今の行いが関係し、未来に必ずと言っていいほど影響するということ。
そしてそこに『長寿の存在』が絡めば、時間が解決することはなく、後回しにしかならない。
アイヴァンもまた、語るに値しない『日常』ではない。いずれ歩かなければならない『歴史』がある。
それだけのことだ。
「まあでもあれか、そのアイヴァンが絡む歴史に、何かとホーラスも混ざる必要があるからこそ、アイツらはコンビを組んだのかもな」
「どうだろうね? フフッ」
何かを知るゼツとデウス。
使者や封印されたものが集う『十字宮殿』という、歴史そのものを認識する二人には、普通は目にしないものがあふれている。
「……そういえば、『十字宮殿』って、封印神が作ったんだよね。2000年前に」
「そうだな」
「じゃあ、なんで2200年前の存在であるクリムがいるの?」
「それは俺も知らねえな。クリムに聞いたが……そっちはホーラスには明かせないって言われた」
「時期尚早……か」
ため息は、海に消えていった。
The connection between Apollyon and the Five Great Gods... I guess it's still too early to say.
(アポリオンと五大神にもつながりは……さすがにまだ言えないねぇ)




