第120話 それは誘拐か。それともお膳立てか。
特別な馬車で連行されることとなり、喚きながらも世界会議の本部を後にしたガスパールだが、そのおよそ一時間後、本部通信室に急報が入った。
ガスパールが乗る馬車が襲撃を受けている。という内容であり、それを聞いた者たちは『今さらあの男に何の価値が?』となっている。
正直に言って何の成果もないガスパールを抱えようとするものはいない。
もちろん、彼個人に対してうらみがあるものはそれ相応に多いのだが、牢獄ダンジョンへの終身刑というのは、世界会議が定める法律の上で最も重い罰である。
この罰の悲惨さは広く周知されており、罪の清算としてありとあらゆる要素を含む。
わかりやすく言えば、世界最大の国家であるディアマンテ王国の一年間の国家予算が金貨1000万枚なのに対し、ガスパールが勇者コミュニティにしている借金は金貨2000万枚というものだが、ガスパールがダンジョンで魔石やアイテムを獲得し、出入り口から出てきたものは換金して勇者コミュニティに支払われる。
もちろん、ガスパールはいずれモンスターに倒されて亡くなる上に、その時の合計金額が金貨2000万枚に到達しなかったとしても、それ以上の要求はしないというものになっている。
それを、金を実際に出したエリーすらも無意識で認めるほど、牢獄ダンジョンの終身刑というのは重い罰なのだ。
ある意味、『ここにぶち込むから、これ以上余計なことは言うな』というもの。
そういう状況である以上、ガスパールに対してこれ以上意識を向けるのも無駄である。
だからこそ、特別な馬車で連行されているが、誰も襲われるということが想定できなかった。
「バルゼイルからの依頼ってことで俺が行くのはいいとして……なんかひっかかるな」
ホーラスは高速飛行ゴーレムに乗って報告があった地点に向かっている。
本部にいた人間の中で最速の移動能力を持っているのがホーラスであり、戦闘力も十分なため、現地に赴くことになった。
ただ……バルゼイルとしても引っかかる部分があったのか、あくまでも『調査』が依頼された。
そんじょそこらのドラゴンであれば問答無用で圧倒できるホーラスにとって格上は多くない。
しかし、敵が何らかの『特殊性』があると感じ取ったのか、バルゼイルの思惑はホーラスにもわからない。
ただ、世界会議本部からディアマンテ王国王都まで、3000キロを一時間で移動できる化け物であるホーラスが選ばれたのは、合理的だ。
お願いというふんわりしたものではなく『依頼』であり、特に断る理由もない。
「……見えた」
時速3000キロという人間にとって大切なものを失ったような速度で移動している場合、『見えた』と『着いた』はほぼ同じ意味だろう。だいたい秒速八キロである。
というわけで、ホーラスは現場に到着した。
「誰だ。アレは」
特殊な馬車……といっても、中から開けられない構造になっている箱を運ぶそれは、四人の騎士と一人の御者が担当していた。
だが、真っ黒なフードマントを着て剣を構えた男が四人の騎士と対峙し、刃をバチバチと放電させて撫でるように斬ると、騎士たちは気絶したように倒れこむ。
「……相当な腕だな。しかも剣も相当な業物だ」
男は手際よく馬車の扉を破壊し、手錠が付けられているガスパールに首輪をつけると、その体を担いで馬車から飛び出し……。
「うおっ!」
ホーラスの右手の拳銃ゴーレムから放たれた魔力弾丸をギリギリで回避した。
「ちっ、もうきやがったのか」
「誰だお前は」
男が振り向いて悪態をついている間に、ホーラスは地面に降り立つ。
「まあ、そうだな……こいつに用があるとだけ言っておくぜ」
口調は荒々しさと飄々を混ぜたようなものだが、その声を、ホーラスはどこかで聞いたことがある。
「……お前、もしかしてズレーンか? ギュレムの取り巻きの」
「ほう、よく覚えてるな」
フードを外すズレーン。
ナナホシ学園で見たときは『メガネをかけた取り巻きのような雰囲気』だったが、メガネをかけているのは変わらず、表情はかなり獰猛になっている。
「ご名答。ズレーン・アザレアルだ。おかしいな。空気が薄いキャラを演じてたはずなんだが」
「普段意識するかどうかはともかく、記憶する機能が普通の人間とは違うだけだ」
「そういやモンスターだったな。脳も弄ってるとは思わなかったぜ」
ため息をつくズレーンだが、その瞳に隙はない。
「……さてと、ちょっと移動するか」
ズレーンはガスパールを担いだまま、高速でその場を離れた。
……すぐにホーラスが追い付いたので、移動できたのは百メートルほどだが。
「やっぱ速いな」
「そんな重そうな……ん? そうでもなさそうだな。その首輪。重量を軽減させる機能があるのか?」
「ガスパールを狙ってるんだ。そりゃそんな機能も付けるさ。この首輪には、重量軽減と声が出せなくなる機能がある」
「……何故そんな機能を?」
「ンなもん重くてうるさいからに決まってんだろ」
「それはそうだ」
ギュレムの取り巻きということは、本国にいたときはずっとガスパールの近くにいたということでもある。
そのころからの付き合いであると考えれば、悪態くらいつきたくなるものだ。
「さて、あの騎士たちもこの距離なら聞こえねえだろ」
左肩にガスパールを担ぐズレーンは、右手でメガネを外した。
次の瞬間、ズレーンの内側から魔力が吹き荒れる。
……ホーラスは眉一つ動かさなかったが。
「……お前、何者だ?」
「この魔力を見て眉一つ動かさねえ奴がそんな緊張すんなよ」
メガネを内ポケットに突っ込みながら笑みを浮かべるズレーン。
「名乗っておこうか。俺はズレーン。表向きはギュレム・レッドレスの取り巻きだが、その正体は、『封印神シルドレス』の『使徒』ってわけだ」
「使徒……シド達と同じか」
それを確認したホーラスから緊張が取れる。
「ふむ……俺が使徒とわかった時点で緊張が解けたな。やっぱ、神を邪魔だとは思っていても悪だとは思ってないらしい」
「何度か言っていることだが、お前は知らないか? 俺は他人の主義の善悪は気にしない」
「そういや根っこの部分は『無責任』だったな。なるほど」
うなずくズレーン。
「さて……そろそろ目的を話そうか。今回俺がこいつを連れて行くのは、コイツの血液が必要だからだ」
「血液か」
「まあ俺は骨髄さえ全部抜けば後は棄ててもいいと思ってるが、上はそう思ってないらしくてな」
「……」
「で……当然、俺は封印神の使徒の力で、通信の魔力の封印もできたし、なんなら物理的に通信魔道具を破壊することもできたが、あえてしなかった理由は何だと思う?」
「……俺をおびき寄せるためか」
「そうだ。何より、バルゼイルがあの場で注文を付ける相手はお前にする可能性が高かったからな。で、シルドレス様から苦情が入っててな」
「苦情?」
「もうちょっと精力的に動け。だそうだ」
「……」
「その時間制限を気にしない時のグータラ具合、お前の父親の若いころにそっくりだが、シルドレス様は気に入らんらしい」
「……アルゼントが倒されて、気になってるってところか」
「知らん」
理由は聞いていないらしい。
「まあ要するに、今の俺の役目は、『お前の物語を動かすこと』だ」
そういうズレーンだが、面倒といった表情ではある。
「カオストン竜石国は、宝都ラピスにあるキンセカイ大鉱脈以外にも、三つの大型のダンジョンを抱えている。それぞれ、百層のボスを倒せば扇っぽい欠片が手に入るだ。これを三つ揃えてメダルにしてキンセカイ大鉱脈の奥に進むと、シルドレス様のところに行けるってわけ」
「……ダンジョンに行ったことはあるが、七十五層までしかなかったぞ」
「それより奥に行くための鍵が必要なのさ。とある金属の中に隠されていて、高度な錬金術によって取り出すことができる」
「金属……」
「その金属があるのは、ナナホシ学園地下の、旧学園長室だ」
「てことは、今の学園長のベルートが隠していると?」
「いや、違う。今使われてる学園長室は校舎の最上階にあるが、大昔は地下にあったのさ。そのころは、当時の学園長がシルドレス様の使徒をやってたって話」
別に隠す必要もないのか。ぺらぺらと話すズレーン。
「……随分喋るんだな。嘘を言っているようにも見えない」
「お前が調べてた……いや、興味があったのはアルゼントだけ。他の神のことはよく知らんだろ。ここまで話さないとお前の腰が上がらんだろうから、シルドレス様ができる限り話してこいってさ」
「なるほど」
いろいろ納得できる部分はあるホーラス。
というより、ホーラスは糧在神アルゼントに関しても、その在り方の善悪ではなく、ユーディネス関係で『気に入らない』から敵にしていただけである。
ユーディネスを超えたいがゆえに五大神を気にかけているが、別に優先順位は上がってないのだ。
「……ナナホシ学園の地下にある『お宝』ってのは、要するに、その『鍵』ってことか」
「そういうこった。噂を流してどう話が流れるかと思ったら、ユーディネスの置き土産で騒いでてコケそうになったぜ」
ナナホシ学園の地下にはお宝がある。
その噂そのものは元からあったものだが、強く印象付けるために広めたのはズレーンであり、話がうまく進まなかったのでここで話しているということだろう。
「……ユーディネスの置き土産?」
「あっ、そうか。お前は『見れない』んだったな……まあ、そこはいいや。じゃあ、俺はこれで失礼するよ」
「とりあえず、ガスパールは返してもらおうか。お前にも事情はあるだろうが、罰は罰だ」
「あー、ごめん。シルドレス様の使徒って今は俺だけなんだよ。ここで逃すと俺もスケジュールがカツカツでな。いい家畜を逃がすわけにはいかないんだ」
指を鳴らすと、ズレーンの体を多数の魔法陣が囲っていく。
「!」
「『糧』が持つ『エネルギー』だけに着目したアルゼントの力は非常にシンプルなものだ。だが、こっちは特殊性が高くてな。逃げるだけならお前が目の前にいようと関係ない」
話す間にホーラスは『機械仕掛けの神』を展開し、峰にスラスターが付いた大剣を魔法陣にたたきつける。
だが、魔法陣はびくともせず、そこに秘められた転移魔法で、ズレーンとガスパールの体が消えていく。
「チッ」
「ほー、遠慮ねぇな。フフッ、また会おうぜ」
最後にそう言って、ズレーンとガスパールは消えた。
ホーラスは無言で装甲を格納すると、空を見上げ……
「……お膳立て。か」
誰に聞かせるでもなく、そう、呟いた。
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