第118話【世界会議SIDE】 ヒステリババア。もといアーティア
緋色の長髪を揺らして牢屋に近づく女性。
なんといっても、その高めの身長と大きな胸は目につく。
ナナホシ学園という子供たちが着る服を身に着けていてもコスプレにしか感じないが、見苦しさは一切ない。
ただ、その性格は『もともと』は苛烈なのだろう。
ギンジが『ヒステリババア』呼ばわりすることもそうだが、現在アーティアが身に着けているネックレスは、ギンジ曰く『精神矯正魔道具』である。
要するに、そう言ったアイテムを身につけさせていないと、外に出すのは憚られるということなのだ。
その『アイテムの強度』がどれほどのものなのかはともかくとして、ギンジにとっては相当なモノの様子。
アーティアは指を鳴らして椅子を出現させると、そこに足を組んで座った。
ガスパールからはストッキングに包まれた足がよく見える形になり、ミニスカの奥が見えそうなのかガン見している。
……外見年齢は二十代半ばだが、ギンジは『化石みたいな年齢』と言っているので、かなりどころではないレベルで高齢だと思われるが。まあ、熟した女性が好みというのも性癖の一つなので黙っておこう。
「さて、ガスパール。あなたの沙汰はすでに決まっているのよ」
「貴様。何様のつもりだ! レッドレス家の当主である私に――」
「あなたの名前はもう『ガスパール・レッドレス』ではないわ。ただの『ガスパール』なのよ」
「……何? どういうことだ!」
「簡単に言うと、私の権限であなたをレッドレス家から勘当させたのよ」
「ば、馬鹿な! そんな馬鹿なことはありえん! 嘘にも限度がある! 私は今もガスパール・レッドレス。レッドレス家の当主だ!」
「まあ、信じる信じないは自由よ」
ニヤニヤと笑うアーティア。
「……このババアに権力を盛りまくった昔の大バカを殴りたいな」
「アーティア様との衝突は、あの『災冥竜』ですら回避しようとするそうですから。仕方がないでしょう」
「それ全盛期の話だろうに……」
隅の方で話しているギンジと鎧の男。
これまでにもいろいろ絡みはあったはずだが、ギンジとしては、今のアーティアの立場というか、立ち位置というか、納得できない部分があるのだろう。
どこか愚痴っぽい喋り方である。
「さて、ガスパール。あなたの沙汰は、牢獄ダンジョン『絶命門』での終身刑に決まったわ」
「牢獄ダンジョン。さっき言っていた、手に入れたアイテムが出入り口の傍から出てくる奴か。一体何を言っている! 私は何をしても罪にはならん! 私は神に等しいのだからな!」
「……」
ギンジにとって、この世界会議の本部で、バルゼイルが自分を神扱いする貴族連中に怒鳴り散らしたのは記憶に新しい。
血統国家の始まりは、『神に祈らずとも民を守り抜く』という信念だ。
神という存在に頼らず、自分たちの力だけで進むということ。
解釈の方法はいろいろあるだろうが、『宗教から離れる』ということは多くの場合で一致する。
そんな中で、血統国家の権力者が『神になったつもり』というのは、呆れるしかない。
(世界会議の祖に、喧嘩を売る気か? いや、売ってる自覚があってそれを言うのならまだいいんだけどよ……)
ギンジはいろいろ諦めて帰りたくなった。
多分ダメって言われるけど。
「あなたは知らないみたいだけど……神というのは権力者じゃなく、ただの、『一人の女から逃げた四人組』に過ぎないのよ」
「ん?」
「フフッ、『あの女』は私でもどうにもならない存在。アハハッ、随分哀れな自称ね」
アーティアは知っている。
まだ、ここでは語れない。彼女も竜封院の一員なので、あまり任務の範疇と言えないような余計なことをしゃべると血液が沸騰して激痛が走るのだ。
だからこそ要領を得ないセリフになるが、神を名乗ることそのものが『自虐』なのだと、『自蔑』なのだと。そういわんばかりの表情。
「まあ。あなたの認識なんてどうでもいいわ。まあもちろん、私一人の権限で、『絶命門』への連行は決まらない。だけど、これからの会議で絶対にそこまで通るわ。絶対にあなたを許さない人がいるから」
「さっきからゴチャゴチャと。私は許す許さない、などという話を超越した存在なのだ!」
「そうね。その通りよ。誰もあなたに人権を与えようとしないくらいに、許すとか許さないとかそれ以前の問題。フフッ」
アーティアは微笑む。
「十二年前。私がブチ切れたとある事件が起こった。それについて全部さらされるわ。バルゼイルの弟がなくなった事件のことよ。今は王国極東の『揺籃の丘』にある王族の墓地で眠っているけど、その事件の引き金を引いたのはあなただから」
「十二年前? バルゼイルの弟が死んだ? ……いったい何の話だ。そもそもバルゼイルとは誰だ!」
「……はぁ」
アーティアは溜息をついた。
常識とは何か。
これの正確な定義はできないが、強引に説明すれば、『自分がいるコミュニティを過ごすための知恵の中で、言語化できたもの』と言える。
人は他人の無知に影響され、自分のその場の行動を初めて言語化する。
それによって数多くの常識が『フレーズ』となり、人の口から出て、それが広まることで『認識』するのだ。
その程度のものなので、別に人の無知に対してアーティアがどうこう言うつもりはない。
ただ事実として、『恨まれることをやっているという自覚がないこと』は、とても恐ろしい事なのだ。
ガスパールの無知はもうどうでもいい。
彼の沙汰は決まっている。あとは彼のハラワタの中にあるものがどんなものかが晒されるだけだ。
「ギンジ。これ、どうにかならないの?」
「ならないでしょ。あとはただ、憎悪の業火に焼かれるだけかと」
「……それもそうね」
アーティアは椅子から立ち上がった。
それと同時に、椅子は塵となって消滅する。
「ギンジ。あなたもそろそろこの部屋を出なさい。そろそろ時間よ」
「ん? そうか」
壁際で椅子に座っていたギンジだが、アーティアに言われて立ち上がった。
「おい! 私を無視するな! 私をここから出せ! おい女。お前は私の愛人にしてやる。だからさっさと……おい! 聞いてるのか! おい!」
ガスパールの言葉には一切耳をかさず、アーティアたちは部屋を出て行った。




