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毒を以て毒を制す!  作者: 花咲愛
1/2

始まり

「……リ、フーリ!」

 緑色の濃い森。木々の間からさんさんと降り注ぐ春の暖かい日光と、毒団第二隊隊長の声で、呼びかけられたフーリははっと目を覚ました。

 湿り気のある地面に仰向けに寝ているフーリを、第二隊所属のメンバーが武器を手に背中を向けて囲みつつ、横目で見下ろしている。

「やっと起きたか。まったく、あの程度の魔物の攻撃に気絶するなんて、お前は一体どんな訓練を受けてきたんだ?」

 隊長の切れ長の目ににらまれ、フーリは飛び起きた。

 銀の鎧で覆われた体は、決して軽くない。

「す、すみません! わたし、どれぐらい気絶していたんですか……?」

 まだ近くには血だらけのやられたばかりの魔物が放置されている。魔物は時間が経てば勝手に消滅するため、気絶してからそんなに時間が経っていないと思われた。

 しかし隊長は、自分の中にあるあきれたという感情を全て出すかのように長く息を吐いた。

「片手で数えられるぐらい気絶していた。魔物はまだ来るぞ。気を抜くな。」

 脳の処理が追いつかない。もはや片手で数えられるのが長いのか短いのかもわからなくなり、フーリがほえっという顔をしていると、同期が剣を構えながら鼻で笑った。

「早く立てよ。足引っ張んな。」

 そう言われてあわてて立ち上がるが、自分が何をすべきか見当がつかず、遠くからやって来る魔物の気配を感じながらもフーリは何もできない。

「フーリ、武器を構えろ。」

 武器? 武器ってそういえば、自分で作るんだっけ。

 なんとなく手に力を入れてみたものの、何も起こらない。

「あの、武器ってどうやって作るんでしたっけ?」

 フーリが尋ねた途端、隊員全員の顔色が変わる。

「はあっ!?」

 五人が五人違う目でフーリを見ているが、誰も彼女の味方ではないというところだけは共通している。

「お前……今まで何してきたんだ?」

 と、言われても、フーリにも答えはわからない。

 副隊長の角のある言い方に、フーリは心の中で絶叫する。

 何でわたしは記憶をなくしたのおおお! 


 フーリはもともと、町のはずれにある一般家庭の女の子だった。いわゆる「庶民」である。

 「毒族」という体内に魔物を倒すための毒を持つ者たちがおり、「毒団」という魔物を討伐するための集団が存在するが、毒持ちでないフーリには遠い世界の話だった。

 三年前までは。

 突然、姉のラーシャが毒持ちでないにも拘わらず、魔物を倒すための毒を開発し、毒団に入団したのである。魔物に襲われ命を落とす人を減らしたいと言って。日々、農作業をしたり、動物を狩ったりして鍛えられているラーシャにとって、入団はそれほど難しいことではなかった。

 さらに同時期、毒族ではないけれど、フーリも毒持ちであることが発覚した。

 姉が毒団にいて、自身は毒持ち――フーリが毒団に入ろうと決意するのに、時間はかからなかった。

 憧れのラーシャに近づくためにと一年の入団訓練を終え、来週は入団式で本格的な魔物討伐も始まると思った矢先。皮肉にもフーリは魔物に襲われ、記憶障害を起こし、訓練を積んだ一年の記憶をなくしてしまった。

 フーリの身体能力はラーシャと同じく非常に優れているし、入団までの一週間、帰省したラーシャとある程度訓練したため、今日だけ乗り越えればいいと思っていた。他は積極的に訓練に参加すればどうにかなると思っていた。

 要するに、フーリは甘かったのである。

 パニックで体内の毒の使い方を忘れ、戸惑っているうちに、魔物が突進してきたのだ。

 猪のような魔物。「フーリ、武器を!」という隊長の指示にもどうすることもできず、呆然としていると、あっという間に目の前が暗くなった。


 さらさらと魔物が消えていくのを横目で見つつ、フーリは全員が自分に背中を向けているのは魔物からかばってくれているからだと悟った。

「体内の毒に意識を向けろ。」

 長い赤毛を編み込んでまとめ、背筋をのばして剣を構える姿が美しい隊長のルティアは、前を向いたまま言った。クールだが、切れ長の目には力強い力を宿しており、多くの女性隊士の憧れの的である。

 フーリは言われた通り、体内の毒に集中する。と、ドクンドクンと血とともに毒が体中を巡っている感覚がした。

「その毒が武器になることをイメージし、手から武器を出せ。」

 ルティアの説明に、フーリはラーシャに言われたことを思い出す。

 毒でできた武器を使い魔物を攻撃することで、毒が魔物の体内に入り倒すことができるのだ、と。

 記憶を失ってから今日まで、感覚を取り戻すために何度も練習した。咄嗟にだって、できるはずだ。

 剣。

 フーリが心の中でつぶやき、手のひらを地面に向けると、ひゅんっ、と空を切る音がした。

「ぎゃあっ。」

 手から飛び出した剣は、間一髪避けた同期の足元に突き刺さった。

「うわっ、ごめんっ。」

 あわてて謝るが、アーモンド形の怒りのこもった目でにらまれる。

 同期であるから、このハウトとは一年の訓練の中でも何度も顔を合わせている。が、入団式での態度からしてほぼ初対面のようだ。助かると言えば助かるが、どう接すればいいのかまだ手探り状態なのである。

 他の先輩隊員の顔と名前も入団式で紹介し合ったから、記憶を失っているフーリでも問題ない。こちらはハウトも初対面なので、スタートは同じだ。

 襲撃されて記憶をなくしたと言えばそれで済むのだが、そうするともう一年訓練をやり直すことになる。自分勝手であっても、入団が遅れるのはいやなのだ。

 どうしても、やらなければならないことがあるから。

「『うわっ。』じゃねえよ! 危うく刺さるところだったのに、何でそんな適当なんだよ!」

 青みがかった黒髪を乱しながらハウトは怒鳴る。

「わっ、ごめんって! でもセーフでしょ?」

「何を以てセーフなんだよ! むしろアウトだっての!」

「刺さってないからセーフだよ。次はちゃんとやるし。」

「おまっ……、次はちゃんと俺に刺すって……!」

 ハウトは一歩フーリから離れ、別の生き物を見るような目をした。

「何をどう解釈したらそうなるの!」

 初対面とは思えぬ勢いで揉める二人に、「おい、新人二人。仲がいいのは結構だが後にしろ。魔物が近づいて来ている。」とルティアは警鐘を鳴らした。

「仲良くありませんよっ!」

 そう叫んだ二人の声はきっちり重なっていて、思わずはっとなったぐらいだ。

 フーリはふるふる頭を振って、しっかりするよう自分に言い聞かせる。

 地面に突き刺さった剣を抜き構えると、隣でハウトも剣を構えていた。

「四方からおよそ三十体の魔物が近づいて来ている。雑魚だが気は抜くな。一気に片付けるぞ。」

「はいっ。」

 皆がルティアに鋭い返事をする中、フーリは一人だけ指を折り計算し、ぱっと顔を輝かせた。

「ということは、一人六体倒せばいいんですね!?」

「それは五人のときの計算だ! 誰か一人忘れてないか?」

 副隊長のノープスに即座に否定され、フーリはポンと手をたたいた。

「ハウトくんのこと忘れてました!」

「てめええええっ!」

 剣を構えたまま、顔だけフーリに向けてハウトは目をつり上げた。

「くん付けしてんじゃねえよ気持ち悪い!」

「どこにキレてんだお前は……。」

 ノープスのつぶやきに、先輩の一人がくすりと笑う。決してバカにするような笑いではなく、微笑ましいものを見るときの笑いだ。

 ルティアは精神力を削られながらも、なんとか声をかける。

「おいお前ら、それなりの魔物が……。」

「どうしたらそんなバカな頭になるのか教えてくんね? 頭いいとさ、いろいろわかっちゃって大変なんだよ。」

「なっ……! ハウトそんな頭よくないでしょ!?」

「ふざけんな煽ってんのかこの野郎! 俺学年一位だからな、成績!」

「えっ、学年一位はわたしでしょ?」

「それは実技だバーカバーカバーカ!」

「どっちがバカでもいいが、魔物がもうそこに迫って来て……。」

 頭を抱えたい気分のルティアが最後の気力を振り絞って言ったのに、フーリとハウトは全く聞いていない。

「ばっ、バカじゃないもん。お姉ちゃんが『フーリなら大丈夫。』って言ってくれたんだもん。」

「姉貴もバカなんだよ。お前がバカで姉貴が頭よかったらおかしいだろ。」

「お姉ちゃんはバカじゃないよっ。超優秀なの!」

「そりゃお前の基準だろ。大事なのは毒団の基準で……。」

 ウガアァァッ!

「ぎゃあっ!」

 魔物のうなり声にビビった二人は、驚きのあまり互いに身を寄せ合った。

 ゾンビのような魔物が、五メートルほど先に見える。

「おいそこ、抱き合ってる場合か!」

 ただ身を寄せただけだが、ルティアには抱き合っているように見えたらしい。

「抱き合ってませんっ!」

 フーリとハウトは、互いを突き飛ばすようにして距離を取った。

「何が悲しくてこいつと抱き合わなきゃいけないんですか!」

「一言余計なんだよ! 好きな人でもいるのっ!?」

「なっ、ばっ、かじゃねーの! 何でそうなるんだよ! いてもお前に教えるか!」

「ハウトの好きな人とかこの世で一番どうでもいいんだけど。」

「はっ!? まあ、教える時間なんて、この世で一番無駄なじか……。」

「今のお前らの会話が一番無駄でどうでもいい! 構えろっ! 私が許可するまでもうしゃべるな!」

 ルティアに怒鳴られ、二人は口を閉じたまま、んぐっと背筋を伸ばす。

 魔物との距離は、もう三メートルに迫っている。

「新人二人、こいつらはビンザンという魔物で、動きも遅いし攻撃力が高いわけでもない。ただし、こいつらは毒の巡りが遅いし、動きも予測不能だ。噛みつかれたらそれなりに痛いから気をつけろ。」

 返事をすることができないため、フーリとハウトはこくこくうなずいた。

「自分が確実に仕留められる範囲に魔物が来たら一気にやれ。」

 言い終わるなり、ルティアは前でぷらぷらさせているビンザンの腕を切り落とした。

 毒の巡りを早くするには、毒でできた武器で数回刺したり、長時間刺しておいたり、とにかく致死量の毒をいかに体内に入れるかが重要になってくる。

「いいか? こうやって腕を切り落としてから急所に刺す。こいつらは腕が邪魔だ。噛みつかないようにするなら首と胴体を切り離してもいいが、頭だけで転がることもあるから気をつけろ。」

 腕を失ったビンザンを蹴り飛ばし、地面に押しつけると、ザクッ、と心臓を一突きだ。

 早く殺し切りたいルティアは、短剣を作るとビンザンの喉元に突き刺し、他のビンザンに目を向ける。

「…………。」

 ビンザンのうめき声を気にも留めず、近づいてくる他の魔物も同じように腕を切っていくルティアの姿に、フーリとハウトはそろって目を背けた。

 なんだかグロい、と思ったフーリの剣二つ分ほど先に、三体のビンザン。

 フーリは剣を構える。ルティアの説明通り動きは遅いが、変則的である。

 柄にもなく心臓がドクドク鳴り、フーリは、大丈夫、と自分に言い聞かせた。

 記憶は失っても、努力してきたことは体に染みついている。ちゃんと残っている。それはラーシャとの訓練でも証明済みだ。

 考えない。何も、余計なことは考えない。

 自分の感覚を信じるだけだ。考えずに自分の体を信じるのだけは得意だ。

「ゥガァッ!」

 ビンザンがフーリに近づくのと同時に、フーリも力強く一歩踏み出す。手首を返し、素早く腕を切り払う!

 遮るものがなくなり、露になった急所に、肘を少し引いてから剣を突き出した。

「んっ!」

 剣が心臓を貫いたのを確認すると、今度は剣を引き抜き、ビンザンを蹴り飛ばしながら別のビンザンの腕を切り落とす。逃げる隙は与えず、喉を一突きだ。

 背後でザクッ、と音がして振り返ると、ノープスがビンザンを串刺しにしたところだった。

「不用意に隙を見せるなよ、気をつけろ。」

 言いながら、ビンザンをうつ伏せの状態で地面に突き刺して固定した。

 フーリが「はい。」と答えてから周りを見ると、先輩の一人が刺したのを最後に、動き回っているビンザンはいなくなっていた。

 一人何体倒すべきか忘れたが、その目標は達成できていないことは明らかだった。

 ノープスに、助けられたことを見ても。

 記憶を失ったことは、決して言い訳にはできないのだ。みんなと同じ土俵に立つのならば。

 実力不足という現実を改めて突きつけられ、小さく息を吐いていると、ごつっ、と頭にハウトの拳が当てられた。

「あたっ。」

 フーリが小さくつぶやいた途端、ハウトが自分の唇に人差し指を当てた。

 黙れ、という意味であるのはさすがのフーリでも理解できたが、なぜ黙らなければいけないのか、思い浮かばない。

 フーリが首を傾げると、ハウトは目を動かした。

 その視線の先には、ビンザンが消えていくのを見守りつつも、こちらに近づいてくるルティアの姿。

「!」

 その瞬間思い出した。ルティアの許可が下りるまで、しゃべってはいけないということを。

 気合を入れるために「んっ!」と言ったのはまあ、口が開いていなかったからいいとしても、そのあとノープスに対して「はい。」と完全に答えてしまった。

 さらに、ハウトにたたかれて思わず声が出た。これはハウトが悪い、とフーリは決めつけたが、おそらくハウトは、しゃべってはいけないことをフーリに気づかせようとしただけだろう。

 ルティアと目が合い、フーリは青ざめる。

 お前のせいで罪が重くなったと言わんばかりに、フーリはハウトの肩をバシバシたたく。最初は大人しくたたかれていたハウトも、いつまでたたいてんだとフーリにデコピンをお見舞いした。

 何するんだと言わんばかりに抵抗するフーリに、ハウトはさらにデコピンをし続けようとする。

 決して口は開かないし声も出さないが、動きがうるさい。

「フーリ、ハウト。」

 ルティアに名前を呼ばれ、二人の肩は大きく跳ね上がった。

 そして、お前が悪いんだと、互いの肩を押してルティアの前に差し出そうとした。

「……何やってるんだ?」

 怒られたくない二人は、全力で首を横に振り、また押し合いを始める。

 先輩の一人が楽しそうに笑うと、少し空気が緩んだ。

 ルティアも笑いはしないが、肩の力を抜いた。

「別に怒ってるわけじゃない。口論をしないなら、しゃべってもいいぞ。」 

 発言を許された二人は、即座に「こいつが……!」と互いを指さし合った。

 相変わらずな態度に、ルティアはあきれてさらに力が抜ける。

「話聞いてたか?」

「聞いてました。でもフーリはバカだから忘れてたみたいです。」

「おっ、覚えてたしっ。」

 フーリが力強く言い返せないのは、ハウトの言ったことが事実だからである。

 しどろもどろになりながら何か言い返そうとするフーリを見て、これ以上やめてくれと言うようにルティアは踵を返した。

「帰るぞ。」

「待ってください! ハウトとの決着がついてません!」

 頭が痛いと思いながら、ルティアは一応聞く。

「何の決着だ?」

 聞くが、待たない。わかっていたのか、全員がしっかりついてくる。

「お姉ちゃんが優秀かどうかです!」

「そんな話してたか!?」

「帰ったら会う約束してるから、絶対に優秀だって認めさせてやる!」

「へえ……ってか、毒団だったのか!?」

「最初からそう言ってるでしょ?」

「記憶改ざんすんな、言ってねえよ! それに、俺が尊敬してる人は別にいるから、そんなのどうだっていいんだよっ! バカ!」

「バカって言ったほうがバーカ!」

「お前ら二人ともバカだ!」

 ルティアに雷を落とされ、やがて六人は来た道を戻る。

 戦いはまだ、始まったばかりである。

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