ミミ ~こねこのぬいぐるみのぼうけん~
赤や黄色のチューリップが花だんに色鮮やかに咲いてそよ風にゆれている季節のことです。お父さんネコのぬいぐるみが花だんのあいだの小みちをた、た、た、と音をたて、むこうから走ってきました。口には一通の手紙をくわえています。
お父さんネコのぬいぐるみは花だんのあいだを通り抜け、そのまままっすぐと小みちを走ります。それから菜の花畑をとびこえ、たんぽぽの綿毛にくしゃみをして、それでもさらに先へと行くと、見晴らしのよいおかの上へとたどり着きました。そのおかにある、大人が両腕をいっぱいに広げてもつかみきれないような、そんな太くて大きな木のうろの中へお父さんはスルリ、と入っていきました。(これはあまり知られていませんが、角がなくて引っかかるもののない、よく手入れをされた木の中というのはとても住心地がよいので、ぬいぐるみの世界では人気の家なのです)
「おぉい、大変だ、大変だ」
と、お父さんはお母さんネコのぬいぐるみと子ネコのぬいぐるみのミミ、家族みんなをよびあつめます。
「どうしたの」
お父さんがあわてているのにお母さんはおどろいて、目をまん丸にしながらお父さんにたずねると、ミミもお母さんのまねをして、
「どうしたの、どうしたの」
とはしゃいでお父さんにたずねます。
「これを見てごらん」
お父さんは口にくわえていた手紙をお母さんとミミもよく見えるように食卓の上へ置きました。そこには、
「かわいいぬいぐるみとおともだちになりたいです。 はな」
とかわいらしい字で書いてありました。
「ミミ、お前はこれからこの手紙の主のはなちゃんのところへ会いに行かなくちゃいけない」
とお父さんは言いました。
「会いに行って、どうするの」
ミミはたずねます。
「その、はなちゃんとお友だちになるのよ」
お母さんネコはそのやわらか前足でミミの頭をやさしくぽん、ぽん、となでました。なんだか楽しくなってきたミミは、じまんのピンクの鼻をひくひくさせ、ぴょん、ととびはねると大きな声で、
「わかった。はなちゃんに会いに行って、お友だちになってみる」
と言いました。
「……でも」
と、ミミはお父さんとお母さんにたずねます。
「ぼく、はなちゃんに会いに行くのにワクワクしているけど、それだけじゃなくて、なんだか……」
ミミは自分の気持ちを上手に伝えようと言葉を探してみますが、なかなかその言葉が出てきません。
「そう、それでいいんだよ」
言葉につまってモジモジとしているミミに、お父さんネコのぬいぐるみが言いました。
「どんなときでも気持ちというのはまぜこぜなんだ。うれしかったり、さびしかったり、楽しかったり、苦しかったり、ね」
「お母さんは今、はなちゃんってどんな子なのかしら?あなたとどんなふうに友だちになるのかしらって楽しみな気持ちよ。でも、あなたがこの家から出て行っちゃうとさびしい、っていう気持ちもあるの」
お母さんネコのぬいぐるみはそのふわふわのしっぽでくるりとミミを包んであげると、お話を続けます。
「だから、さびしかったり苦しくなったりして後ろ向きになりそうな時は、あなたの中にあるべつの気持ちを探すのよ。どんな時でも、前向きな気持ちはきっとあなたの中にあるわ」
***
それから、ミミは出発をしました。お父さんとお母さんに「行ってきます」と元気に言うと、うろを飛び出し、たんぽぽの綿毛を追いかけて。菜の花畑でお昼寝をしたりなんかして。ほかほかの陽気で、ミミの体はふっかふか。とてもいい気分でした。
チューリップの花だんまでくると、ミツバチがブイブイと飛んできてミミに話しかけました。
「ミミ、どこにいくんだい」
「はなちゃんって子とお友だちになりにいくんだ」
「はなちゃん?うーん、知らない子だなあ。でも、大きな人間にならこの前会ったぜ。くしゃみをしてたんだ」
ミミはおどろいて言いました。
「くしゃみが出るの、ぼくらだけじゃなかったんだ」
「おお、そうさ」
ミツバチはそう言うと、ブウンと高く飛び、
「こおんなに大きな人間でも、くしゃみはするんだぜ」
と、教えてくれました。
「へええ。どんなくしゃみだったの?」
ミミは、それはもうしんけんです。
「もうすごいのなんの。ぶぁっくしょい!おれなんか、こっちの花だんからあっちの花だんまでふっとんでしまうかと思ったね」
ミミはびっくりしてしまって、ピンクの鼻のよこについているひげをピンとつっぱらせてしまいました。
「はなちゃんもそうなのかな」
「さあどうだろう。でもくしゃみは体が大きくても小さくても出るんだぜ。はなちゃんだってきっと、くしゃみをするのさ」
ミツバチとおわかれをするとミミは、はなちゃんはどんなくしゃみをするんだろうと考えながら先へ先へと進んでいきました。
***
しばらく行くと、土や草でできている道からアスファルトでほそうされた道へと出ました。このあたりまでくるのはミミにとって初めてです。見慣れない景色にきょろきょろとしていると、上空を色が白と黒の、体がスラリとした鳥が飛んでいることにミミは気がつきました。その鳥もミミに気がついたようです。ひょうひょう、と地面すれすれに飛んでみせると、その鳥はミミの前へと降り立ち話しかけてきました。
「やあ、こんにちは」
「こんにちは。今とても低く飛んだけれど、よく地面にぶつからなかったね」
ミミがふしぎに思ったことを話すと、
「ははは、慣れたものさ。まあさすがのわたしも、初めて飛ぼうとしたときは上手くいかないものだったけどね。何度もくりかえしているうちに、びゅーんひょいっ!だんだんとできるようになったんだ」
と言ってその鳥はつばさを広げてミミによく見せてくれました。
「すごいなぁ。でも、どうして低く飛んでいたの?」
「ぼくが低く飛んだ理由かい?それはね、雨がもうすぐ降り出しそうなのをみんなに教えるためさ」
「雨?」
「そう。もうじき雨がやってくるよ」
言われて、ミミが遠くの空を目を細めて見つめてみると、たしかにずっしりと重そうな雲が、じわじわとこちらやってきているようです。
「うわあ、どうしよう。ぼく、かさを持ってくるの忘れちゃった」
「なぁに大丈夫さ。雨が降るのはまだもう少し先のこと。それにもし、ぬれたのなら乾かせばいい。雨雲の向こうには必ず太陽があるのだから。雨がやみ、雨雲が去ったあとは、きっと晴れるんだ」
それから、親切な鳥はミミに町への道順を教えてくれました。ミミがお礼を言うと、「どういたしまして!」と言って、鳥さんは空へと舞い上がり飛んでいきました。ミミもはなちゃんに会うために道を進んでいきます。
道を歩き続けてしばらくのこと。ちょっと疲れたミミが空を見上げると、鳥さんと見た雨雲がいつの間にか空いっぱいに広がっていました。気がつくと太陽は雲の向こうへとかくれてしまっていたのです。暗くなった空から雨がぽつり、ぽつりと降り出してきました。
「ああ大変だ」
ミミは雨宿りできる場所を探してかけ出しました。いよいよ、雨が本降りになりそうです。
「あった!」
ミミは道から少し入ったところにある、げんかんのかわりに木のうろのような穴がぽっかり空いている家を見つけました。なんだかよくわからないけど、この中なら雨宿りができそうです。ミミはぴょんとその中に飛び込みました。中は薄暗くてよく見えませんでしたが、大きな薄茶色のベッドがありました。
「わあ、ベッドだ!なんだかちょっと臭うけど、ふかふかだ」
ミミはぐっしょりとぬれた体をベッドにあずけて、そのまま入り口の方をながめます。
「まだ雨はやまないのかなあ」
鳥さんが教えてくれたように、雨がやみお日様が顔を出すのを待ちますが、なかなか雨はやみません。気がつくとミミはそのまま居眠りをしていました。
***
ミミが目を覚ますと、外は明るくなっていました。どうやら、雨がやみ雲からお日様が顔を出したようです。ミミがうーんと伸びをすると、突然、ベッドがしゃべりだしました。
「よお」
「わ!」
ミミはびっくりして、いつもよりも大きな声を出してしまいました。なんとミミがベッドだと思っていたのは、ミミよりも大きい、薄茶色の毛をしてつぶらな目をした動物でした。ふかふかな部分は、その生き物のおなかのところだったのです。
「おちついたかい。急に入ってくるから、びっくりしたんだぜ」
「ごめんなさい」
(ああびっくりした。もしかして、ぼくがちょっと臭うなんて言ってしまったの聞かれちゃったかな)とミミが思っていると、まるでミミの心の声を聞いているかのようにその動物は、
「きみ、おれのおなかのこと、ちょっと臭うって言ったね」
とちょっとミミをからかうように言いました。ミミがもう一度「ごめんなさい」と言うと、その動物はふさふさのしっぽをぶんぶんとふって、
「いいんだ、いいんだ。ごめんよ。ちょっとからかっただけ。それにどうせ今日はひまだったんだから、突然の来客も大歓迎さ。さ、きみの体が乾くまで、ちょっとおしゃべりしていこうよ。きみをこの小屋の屋根に乗せてあげる」
そう言うと、その動物はミミを背中に乗せて、外に出ました。雨が上がったあとのお日様はまるで、雨雲にさえぎられていた時間を取り戻すかのように、かんかんと照っています。
「暖かいというより、こりゃ暑いな。びしょぬれも問題だけど、からからに乾きすぎちゃうのも問題だ」
そう言うと小屋の主は、ふー、と鼻で息をはき、小屋をその大きな体でずりずりと日陰まで押しやりました。
「力が強いんだね」
「ふふ、まあな」
あっという間に日陰までくると、ミミは背中から小屋の屋根にとび移りました。空を見上げると、雨が降っていたのを忘れてしまうような青空に、ちぎれちぎれの雲がふわりふわり、ゆっくりと流れていました。
「ところで、あなたの名前はなんて言うの。ぼくはミミ」
「おっと、自己紹介がまだだったか。おれの名前はコンっていうんだ。ミミ、よろしくな」
「よろしくねコン」
コンは小屋のそばの涼しい場所に腰を下ろすと、前足で顔をくしゃくしゃとなでながらミミに話しかけます。
「ミミ、きみはあんなに雨が降っている時に、どこへ行こうとしていたんだい」
「はなちゃんって子のところだよ。お友だちになりにいくんだ」
「そうだったのか。知らない子だけどお友だちになれるといいね。おれにも、とおる、っていう名前の友だちがいるけどいい子だよ」
今度はごろんと地面に横になってコンはお話を続けます。
「一緒にお散歩に行ったり、公園や広い野原で遊んだり……時々、並んでお昼寝したりさ」
「友だちっていいものだね」
「まあね。でも、楽しみや喜びを一緒にするっていうことは、友だちが悲しかったり苦しかったりしたらそれも一緒に味わうっていうことでもあるんだよ」
ミミは屋根から身を乗り出してコンの方を見ました。今までミミははなちゃんとお友だちになることは楽しいことばかりだと考えていたから、コンが言ったことにおどろきました。
「そんなことってあるの」
「ああ、あるとも」
コンは深くうなずきました。
「だれだってそうさ。元気があるときもあれば、落ちこんで元気がないときもある。とおるがそんなとき、おれはそばにいてやるのさ」
ミミは心の中で、そばにいてどうするんだろう、とコンの話を聞きながら思いました。もし、はなちゃんが悲しそうにしていたのなら、ぼくはどうすればいいんだろう?
「元気がないときっていうのは、心がきゅーっとなって、まるで、世界に一人ぼっちなような気持ちになるんだ。だからさ、そんな時おれはとおるの目の届くところにいてやるのさ。それなら、自分は一人ぼっちだなんて絶対思わないだろう?」
へへっと照れかくしをするようにコンは笑いました。
「おれだって元気がないときにとおるがそばにいてくれたら、それだけでぱっと元気がわいてくるからさ」
それからしばらくすると、ミミの体はすっかり乾きました。ミミが気に入っている色鮮やかなピンクの鼻もピンと立った両耳も、すっかり元通りです。
「コン、小屋をかしてくれてありがとう。ぼくもう行くね」
「ああ、さようならだな。そうだ。探しもの、たずね人なら、公園にいるモモにきいてみるといい。あの子はあちこち探検しているから、色々知っているよ。はなちゃんの家も知っているかもしれない」
ゴンは名残惜しそうにしっぽをふっています。ミミも、ほんの少しだけコンとおわかれをするのがさびしくなりました。
「ここから左へ出て、まっすぐいって二番目の角を右に曲がって、それから右手に見える公園のベンチがあの子の特等席だ。モモならきっとそこにいるよ」
「本当にありがとう、コン。色々とお話できて、ぼく楽しかったよ」
「おれもさミミ。」
ミミはコンにさようならをすると、教えられた通りに公園へと向かいました。
***
目的の公園につくと、ミミは早速ベンチへと向かいました。ベンチの上には、月の明かりも星の光もない夜のように真っ黒な毛並みのねこが丸まってお昼寝をしていました。この子がモモにちがいない。そう思ったミミが声をかけると、モモは左目は閉じたまま、右目だけ開いてこたえました。
「わたしに何かごよう?」
「ぼくはミミ。はなちゃんという子を探しているんだけど、どこに住んでいるのか知らなくて……きみなら知っているかもって聞いたから、たずねにきたんだ」
「はなちゃん、ねぇ……」
ぶるぶると頭をふって、うーんと思い出す仕草をしながらモモはゆっくりと起き上がると、両目をぱっと開けて言いました。
「ええ、はなちゃんのこと、知っているわ。一緒に遊んで友だちになってくれたら、はなちゃんのおうちの場所を教えてあげる」
「うん、いいよ。じゃあ一緒に遊ぼう」
それからミミとモモは公園で遊びはじめました。まずは追いかけっこです。でも、これはモモの圧勝でした。ミミの小さな体では、どうしてもモモのすばしっこい足さばきにはかないません。
「ミミ、あなた足がおそいのね」
「はぁ、はぁ、きみってば、まったく手加減してくれないんだもの」
「あら、そうよ。だってわたし、いつでも大真面目なんだから」
モモはニッコリと笑うと、
「じゃあ次は、落ち葉のふみっこしましょう」
と言いました。公園のかたすみに二人で行くと、なるほど、そこには赤や黄色や茶色の色とりどりの落ち葉が集められていました。そこで二人はかさかさ、ぱりぱりと音を立てる落ち葉の上で大きくとびはねていい音を立てて遊んだり、どっちがよりきれいな落ち葉や大きなどんぐりを見つけられるかを競争したりしました。
「ミミ、あなたの鼻ってものすごくきれいだわ」
ミミが落ち葉の上でゴロゴロと転がっていると、モモは言いました。
「わたしの鼻はこの毛と同じ真っ黒であまりきれいじゃないもの」
「えへへ、ありがとう。でも、モモのその毛と同じ真っ黒な鼻もすてきだよ」
それはお世辞ではなくミミの本心でした。今までミミは自分のピンクの鼻はほかのだれのものよりもきれいだと思っていましたが、モモの真っ黒な鼻も、とてもおしゃれだと思えるようになっていたのです。
「本当に?」
「本当だよ!」
ミミはモモに元気よく言いました。モモは嬉しさとちょっと恥ずかしい気持ちが入り混じったのでしょう。ぷい、とミミに背を向けると、
「もう一回追いかけっこをしましょう」
と言って、たたっと走り出します。そんなモモの背中を、あわててミミも追いかけるのでした。
ミミとモモがそうやって遊んでいると時間はあっという間にたち、お日様は地平線の向こうへするすると滑り落ちだしました。そして空や雲や公園の木々を、オレンジ色に描きあげだします。夜が近づいてきているのです。ミミは、
「ねえ、そろそろはなちゃんの家の場所、教えてよ」
と、モモに言いました。でもモモは、
「もうちょっと!」
と、まだまだミミと遊んでいたいようです。
「ねえ──」
ミミはもう一度モモに言おうと、モモにかけよりました。
「いいでしょう、もうちょっと遊びましょうよ」
そう言いながらモモは前足でミミの頭をなでようとしました。でも、モモはうっかり、その飛び出している爪をミミの鼻のところにひっかけてしまいました。「あ」と、二人は声をそろえておどろきました。モモはあわてて爪をミミから外そうとし、ミミもあわてて顔を動かします。二人があわててしまったせいでしょうか。モモの爪は余計に深くミミの鼻のところを傷つけてしまったのです。ミミのじまんの鼻は、形がくずれてしまいました。これではきれいなピンクの色も台無しというものです。
自分の鼻が変わり果ててしまったミミは、わあっ、と泣きだしてしまいました。
「どうして、こんなことするの」
「ごめんなさい、こんなことするつもりはなかったの。ごめんなさい」
実際、ミミはモモがわざとそんなことをする子じゃないことくらいわかっていました。うっかり傷つけてしまっただけの事故なのです。それでも、ミミの涙は止まりません。しくしく、しくしくと、流れる涙は体にしみこんでいきます。モモはそれでもミミのそばにいて、「ごめんね、ごめんね」と謝っていたのですが、ミミは自分でもどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。モモを置き去りにして公園からかけだすと、当てずっぽうに町の角を右へ左へ走っていきます。背中の向こう側からモモがミミをよぶ声が聞こえましたが、ミミはそれでも走ってにげました。やがて、知らない家の駐車場にとまっている車の下へと滑りこむと、そこでまたポロポロと涙を流しました。
太陽はもうとっくに沈んで、街灯や家々の明かりがぼんやりと暗がりを照らしていましたが、車の下は真っ暗で、その上、風がぴゅうと吹くものだから、耳のとんがってるところからしっぽの先までミミは凍えるように感じました。
***
夜になり町は静まりかえっています。ミミは車の下にずいぶんと長いこといた気がしました。
「モモはどうしてるだろう」
モモがわざと自分を傷つけたのではないことをわかっていましたが、それでも自分のじまんの鼻が傷ついて悲しいという気持ちと、それをしたモモを怒っている気持ちが混ぜこぜとなって、ミミは自分でも自分をどうしたいのかわからずにいました。そして、そのどうしたらよいのかわからない、という気持ちがミミを車の下から出ていこうという気分にさせなかったのです。
「困ったなぁ」
そんなことをミミが考えていると、ミミがいる車の横に一人の大人が立つ気配がしました。
「困ったなぁ、困ったなぁ」
偶然にも、ミミと同じことを言っています。
「困ったなぁ、困ったなぁ」
また、同じことを言っています。どんな人がそれを言っているのか気になって、ミミは車の下からちょっと顔をのぞかせてその大人をこっそりと見上げました。その人は、真っ赤な衣装に身を包んだおじさんで、ミミよりも、モモよりも、そしてコンよりも大きな動物と一緒にいました。
「困ったなぁ、ぬいぐるみの世界からこねこがやってくるはずなのに。困ったなぁ」
思わず、ミミはくしゅん、とくしゃみが出ました。そこでようやくおじさんはミミが車の下にいてこちらを見ていることに気がつきました。ミミはちょっと恥ずかしそうに、
「ねえ、それってもしかしてぼくのこと?」
とたずねました。するとその人は嬉しそうに、
「そう、きみのことだよ!今夜、きみをはなちゃんのもとへ届ける予定になっていたんだ。いやあ、間に合いそうでよかったよかった」
と言いました。
「あれっ、でも……」
と、おじさんはミミの鼻が傷ついていることと、ミミの目が泣きはらして真っ赤なことに気がついたようです。
「きみは、なんだか苦しそうだね」
「うん……」
ミミはこのおじさんに、モモと友だちになったこと、モモがついうっかりミミの鼻を傷つけてしまったことをお話しました。
「なるほどなぁ。それで、きみはどうしたいんだい?」
「それが、わからないんだ」
「わからない?うーん、そんなことはないさ。きっと、自分の素直な心に向き合うのがきみはちょっと怖いんだね」
すとん、とおじさんはミミのそばに座ると、
「そういう時は、大きく深呼吸をして、目をつぶってゆっくりと自分の心と向き合ってごらん」
そう言うとおじさんは深呼吸をして目をつぶりました。ミミも言われたとおりに、大きく深呼吸をして、目をつぶり、じっくりと自分がどうしたいのか、心の中で考えました。
再び目を開くと、ミミは自分の心の中で考えたことを自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりとおじさんに言いました。
「ぼくは、モモともう一度、お話がしたい。モモに会いたい」
「きみならそう言うと思っていたよ」
そう言うとおじさんは微笑んで、ミミをやさしく抱きかかえました。
「さあ、行こう!」
おじさんはミミを抱きかかえたまま、そばにあったそりに乗りました。一緒にいた動物がそれを引くと、一息にぐうん、と空高くまで飛びあがります。ミミがびっくりして目をぱちくりとしている間に、そりは空を飛び、モモがいるあの公園の前へと着いてしまいました。
ミミがモモを探すと、モモは、初めて会った時のようにベンチの上で丸まっていました。でもあの時とは様子がちがいます。モモもまた、ミミと同じように泣いていたのでしょう。モモはしおしおになっていて、目は真っ赤でした。
「モモ」
ミミがモモにかけよると、モモは
「ああ、ごめんなさい。本当に。ミミ、あなたを傷つけるつもりはなかったのよ」
と、また謝ってきました。それをミミは止めて、
「ううん、いいんだ。ぼくの方こそ、おどろいちゃって、にげちゃって。その、ごめんなさい。モモがぼくの鼻をわざと傷つけるわけなんかないのに。つい、びっくりしちゃった」
と言ってぴょんとベンチに飛び乗ると、モモのとなりに座りました。
「それで、仲直りしにきたんだよ」
実はこのときミミは、(もし、モモが仲直りしてくれなかったらどうしよう)と、ちょっとだけ心配していました。でもそんな心配は次の瞬間どこかへ飛んでいってしまいました。モモは嬉しさのあまりミミにとびつくようにして抱きつくと、
「わたしも、あなたと仲直りしたかったの!」
と、言ってくれました。ミミも嬉しくて、「うん、うん!」と、モモに負けじと強く抱き返しました。
「でも、そのお鼻はどうしたらいいのかしら……」
ひとしきりおたがいをなぐさめあって落ち着くと、モモはミミの鼻をぺろりとなめながら言いました。
「うーん……」
すると、そばにいたおじさんがおほん、とせきばらいをして言いました。
「ちょっといいかな、おふた方」
おじさんはいつの間にかぬい針を手にしています。そしてぬい針を持っていない方の手をくるり、くるりと、糸を巻き取るように動かすと、モモの黒い毛が一本、二本と宙を舞いだします。ミミとモモがおどろいて宙を舞う毛を見つめている間に、その毛はつながって、一筋の黒い糸になりました。これなら、ミミの鼻をつくろうことができそうです。
「さあ、これで準備はよし」
そう言うと、おじさんはミミの鼻をモモの毛でてきた糸を使ってぬいつけていきます。ミミは、モモのきれいな黒い毛が糸となってまるで自分のものになったみたいで、嬉しいのと、なんだかくすぐったい感じがして、クスクスと笑ってしまいました。
「ほら、動かないで」
おじさんは手先が器用で、ぬい針はまるで海の波を乗りこなすサーファーのようにスイスイと進んでいきます。
「ちっとも痛くないよ」
心配そうに息をつめてミミを見守るモモに、ミミは言いました。
「でもわたしの真っ黒な毛なんかで大丈夫かしら。あなた、はなちゃんに会いに行くのに」
「大丈夫さ。だって──」
ミミは大きく胸を張ってこたえました。
「はなちゃんは、ぼくとお友だちになる子だもの。ぼくがきみの真っ黒な毛を気に入ったように、きっと、はなちゃんも好きになってくれるにきまってるよ」
それから鼻のぬいつけがすむと、二人は夜空の月をながめながらお話をしました。
「ぼく、さっき空を飛んできたんだよ」
空を飛んだことなんてないモモはびっくりです。
「まあすごい!でも、お月様にぶつからなかった?」
「んーと、わかんないや!ぼく初めて空を飛んだものだから、びっくりしている間にここに着いてたんだ」
二人は声をそろえて笑いました。もう真夜中で、空気も冷たいのに、二人はちっとも寒くありません。心までぽかぽかな気持ちです。
「じゃあ帰る時はじっくりお空の様子を見てね。そして今度また会う時、それをわたしに教えて」
「もちろん。約束だよ」
「ええ、約束」
そしてモモはミミとおじさんにはなちゃんの家の場所を教えてあげました。はなちゃんの家へ向かうため浮かび上がったそりから、ミミは前足を振ってモモにお別れをします。やがて、そりが再び空の高いところまでつくと、ミミはあたりの様子をじっくりと見回しました。今度は気持ちに余裕があるので、きちんと見られます。お月様もお星さまも、どうやらまだまだ手の届かない遠くの場所にあるようです。
「こんなに高い場所にいるのに、お月様には手が届かないんだね」
「そうだよ、お月様もお星さまも、うんと遠いところにあるんだ。それでも、彼らの光はぼくらをこうやって照らしているのさ」
とおじさんは教えてくれました。
「あ、雪だ」
ちらちらと雪が舞い、夜空を点々と白くしはじめました。空を飛ぶそりの下の町は真っ暗で、そこに住む人間たちはみんな、大人も子どもも眠っています。雪が降り出していることに気がついた人はまだ誰もいないでしょう。遠くにある星のまたたきさえ聞こえてきそうなくらい静かな、そんな夜です。
やがて、とある家の二階の窓辺へそりはそっと到着しました。
「ここが、はなちゃんの部屋だよ」
「ここが……」
ミミがそりから降りて中をのぞくと、一人の女の子がベッドの中ですやすやと眠っているのが見えました。
「あの子がはなちゃんなんだ」
ミミは静かにはなちゃんの部屋の中へと入りました。おじさんはそりに乗ったまま小声でミミにおわかれを言います。
「それじゃあ、あとはもう大丈夫だね。はなちゃんはきっといい子だから、すぐに仲良しになれるよ」
飛び去っていくおじさんの背中が見えなくなるまで前足を振ると、ミミはベッドの上によじ登りました。そして、はなちゃんのそばでころんと横になって朝がくるのをどきどきしながら待ちました。モモには自信満々に言ったし、おじさんも「大丈夫」だと言ってくれていたけれども、本当は少しだけ心配でした。
「はなちゃんがぼくのことを気に入ってくれなかったらどうしよう──」
ついぽろっとミミの不安が口からこぼれそうになります。でもそんな心配や不安をかき消すほど、きっと大丈夫だという自信もミミにはありました。何より、ミミ自身がはなちゃんとお友だちになるのが楽しみで楽しみで、しかたなかったのです。
やがて、はなちゃんの寝息にみちびかれるようにして、ミミも眠りにつきました。
***
次の日の朝のことです。ふしぎなことにはなちゃんはいつもより早く目を覚ましました。そして、はなちゃんの枕元に一匹の、とてもかわいいこねこのぬいぐるみがいることに気がつきました。
はなちゃんはびっくりしてベッドから飛び上がると、そのぬいぐるみを手にとってまじまじと見つめました。
「はじめましてだね!」
それから二人はおたがいにはじめましてのあいさつをすると、一階でまだぐっすり眠っているお父さんやお母さんに気づかれないよう、小さな声でお話をはじめました。(さて、ここではなちゃんとミミがどんなお話をしたのかみなさんにお伝えしたいのですが、ごめんなさい。それは二人だけの秘密なのです。それに二人がすぐに仲良しになったのは言うまでもありませんね)
やがて一階でお父さんやお母さんが起きて朝の身支度をしている音が聞こえてくると、はなちゃんはミミを両腕でしっかりと抱きしめて、階段をぱたぱたとかけおり、お鼻が愛らしいすてきなお友だちのことをお父さんとお母さんの二人にじまんしにいくのでした。