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童話

ミミ ~こねこのぬいぐるみのぼうけん~

作者: われさら

 (あか)黄色(きいろ)のチューリップが()だんに(いろ)(あざ)やかに()いてそよ(かぜ)にゆれている季節(きせつ)のことです。お(とう)さんネコのぬいぐるみが花だんのあいだの()みちをた、た、た、と(おと)をたて、むこうから(はし)ってきました。(くち)には一通(いっつう)手紙(てがみ)をくわえています。


 お父さんネコのぬいぐるみは花だんのあいだを(とお)()け、そのまままっすぐと小みちを走ります。それから()(はな)(ばたけ)をとびこえ、たんぽぽの綿毛(わたげ)にくしゃみをして、それでもさらに(さき)へと()くと、見晴(みは)らしのよいおかの(うえ)へとたどり着きました。そのおかにある、大人(おとな)両腕(りょううで)をいっぱいに(ひろ)げてもつかみきれないような、そんな(ふと)くて(おお)きな()うろ(・・)(なか)へお父さんはスルリ、と(はい)っていきました。(これはあまり()られていませんが、(かど)がなくて()っかかるもののない、よく手入(てい)れをされた木の中というのはとても住心地(すみごこち)がよいので、ぬいぐるみの世界(せかい)では人気(にんき)(いえ)なのです)


「おぉい、大変(たいへん)だ、大変だ」


 と、お父さんはお(かあ)さんネコのぬいぐるみと()ネコのぬいぐるみのミミ、家族(かぞく)みんなをよびあつめます。


「どうしたの」


 お父さんがあわてているのにお母さんはおどろいて、()をまん(まる)にしながらお父さんにたずねると、ミミもお母さんのまねをして、


「どうしたの、どうしたの」


 とはしゃいでお父さんにたずねます。


「これを()てごらん」


 お父さんは口にくわえていた手紙をお母さんとミミもよく見えるように食卓(しょくたく)(うえ)()きました。そこには、


「かわいいぬいぐるみとおともだちになりたいです。  はな」


 とかわいらしい()()いてありました。


「ミミ、お(まえ)はこれからこの手紙の(ぬし)のはなちゃんのところへ()いに()かなくちゃいけない」


 とお父さんは()いました。


「会いに行って、どうするの」


 ミミはたずねます。


「その、はなちゃんとお(とも)だちになるのよ」


 お母さんネコはそのやわらか前足(まえあし)でミミの(あたま)をやさしくぽん、ぽん、となでました。なんだか(たの)しくなってきたミミは、じまんのピンクの(はな)をひくひくさせ、ぴょん、ととびはねると(おお)きな(こえ)で、


「わかった。はなちゃんに会いに行って、お友だちになってみる」


 と言いました。


「……でも」


 と、ミミはお父さんとお母さんにたずねます。


「ぼく、はなちゃんに会いに行くのにワクワクしているけど、それだけじゃなくて、なんだか……」


 ミミは自分(じぶん)気持(きも)ちを上手(じょうず)(つた)えようと言葉(ことば)(さが)してみますが、なかなかその言葉が出てきません。


「そう、それでいいんだよ」


 言葉につまってモジモジとしているミミに、お父さんネコのぬいぐるみが言いました。


「どんなときでも気持ちというのはまぜこぜなんだ。うれしかったり、さびしかったり、楽しかったり、(くる)しかったり、ね」


「お母さんは(いま)、はなちゃんってどんな子なのかしら?あなたとどんなふうに友だちになるのかしらって楽しみな気持ちよ。でも、あなたがこの家から()て行っちゃうとさびしい、っていう気持ちもあるの」


 お母さんネコのぬいぐるみはそのふわふわのしっぽでくるりとミミを(つつ)んであげると、お(はなし)(つづ)けます。


「だから、さびしかったり苦しくなったりして(うし)()きになりそうな(とき)は、あなたの中にあるべつの気持ちを(さが)すのよ。どんな時でも、(まえ)向きな気持ちはきっとあなたの中にあるわ」


***


 それから、ミミは出発(しゅっぱつ)をしました。お父さんとお母さんに「行ってきます」と元気(げんき)に言うと、うろ(・・)を飛び出し、たんぽぽの綿毛を()いかけて。菜の花畑でお昼寝(ひるね)をしたりなんかして。ほかほかの陽気(ようき)で、ミミの(からだ)はふっかふか。とてもいい気分(きぶん)でした。


 チューリップの花だんまでくると、ミツバチがブイブイと()んできてミミに(はな)しかけました。


「ミミ、どこにいくんだい」


「はなちゃんって子とお友だちになりにいくんだ」


「はなちゃん?うーん、知らない子だなあ。でも、大きな人間(にんげん)にならこの前会ったぜ。くしゃみをしてたんだ」


 ミミはおどろいて言いました。


「くしゃみが出るの、ぼくらだけじゃなかったんだ」


「おお、そうさ」


 ミツバチはそう言うと、ブウンと(たか)く飛び、


「こおんなに大きな人間でも、くしゃみはするんだぜ」


 と、(おし)えてくれました。


「へええ。どんなくしゃみだったの?」


 ミミは、それはもうしんけんです。


「もうすごいのなんの。ぶぁっくしょい!おれなんか、こっちの花だんからあっちの花だんまでふっとんでしまうかと(おも)ったね」


 ミミはびっくりしてしまって、ピンクの鼻のよこについているひげをピンとつっぱらせてしまいました。


「はなちゃんもそうなのかな」


「さあどうだろう。でもくしゃみは体が大きくても(ちい)さくても出るんだぜ。はなちゃんだってきっと、くしゃみをするのさ」


 ミツバチとおわかれをするとミミは、はなちゃんはどんなくしゃみをするんだろうと(かんが)えながら先へ先へと(すす)んでいきました。


***


 しばらく行くと、(つち)(くさ)でできている(みち)からアスファルトでほそうされた道へと出ました。このあたりまでくるのはミミにとって(はじ)めてです。見慣(みな)れない景色(けしき)にきょろきょろとしていると、上空(じょうくう)を色が(しろ)(くろ)の、体がスラリとした(とり)が飛んでいることにミミは気がつきました。その鳥もミミに気がついたようです。ひょうひょう、と地面(じめん)すれすれに飛んでみせると、その鳥はミミの前へと()()ち話しかけてきました。


「やあ、こんにちは」


「こんにちは。今とても低く飛んだけれど、よく地面にぶつからなかったね」


 ミミがふしぎに思ったことを話すと、


「ははは、慣れたものさ。まあさすがのわたしも、初めて飛ぼうとしたときは上手くいかないものだったけどね。何度(なんど)もくりかえしているうちに、びゅーんひょいっ!だんだんとできるようになったんだ」


 と言ってその鳥はつばさを(ひろ)げてミミによく見せてくれました。


「すごいなぁ。でも、どうして低く飛んでいたの?」


「ぼくが低く飛んだ理由かい?それはね、(あめ)がもうすぐ降り出しそうなのをみんなに教えるためさ」


「雨?」


「そう。もうじき雨がやってくるよ」


 言われて、ミミが(とお)くの(そら)()(ほそ)めて見つめてみると、たしかにずっしりと(おも)そうな(くも)が、じわじわとこちらやってきているようです。


「うわあ、どうしよう。ぼく、かさを()ってくるの(わす)れちゃった」


「なぁに大丈夫(だいじょうぶ)さ。雨が降るのはまだもう(すこ)し先のこと。それにもし、ぬれたのなら(かわ)かせばいい。雨雲(あまぐも)の向こうには(かなら)太陽(たいよう)があるのだから。雨がやみ、雨雲が()ったあとは、きっと()れるんだ」


 それから、親切(しんせつ)な鳥はミミに(まち)への道順(みちじゅん)を教えてくれました。ミミがお(れい)を言うと、「どういたしまして!」と言って、鳥さんは空へと()い上がり飛んでいきました。ミミもはなちゃんに会うために道を進んでいきます。


 道を歩き続けてしばらくのこと。ちょっと(つか)れたミミが空を見上(みあ)げると、鳥さんと見た雨雲がいつの()にか空いっぱいに広がっていました。気がつくと太陽は雲の向こうへとかくれてしまっていたのです。(くら)くなった空から雨がぽつり、ぽつりと降り出してきました。


「ああ大変だ」


 ミミは雨宿(あまやど)りできる場所(ばしょ)(さが)してかけ出しました。いよいよ、雨が本降(ほんぶ)りになりそうです。


「あった!」


 ミミは道から少し入ったところにある、げんかんのかわりに木のうろ(・・)のような(あな)がぽっかり()いている(いえ)を見つけました。なんだかよくわからないけど、この中なら雨宿りができそうです。ミミはぴょんとその中に飛び込みました。中は薄暗(うすぐら)くてよく見えませんでしたが、大きな薄茶(うすちゃ)色のベッドがありました。


「わあ、ベッドだ!なんだかちょっと(にお)うけど、ふかふかだ」


ミミはぐっしょりとぬれた体をベッドにあずけて、そのまま入り口の方をながめます。


「まだ雨はやまないのかなあ」


 鳥さんが教えてくれたように、雨がやみお日様(ひさま)(かお)を出すのを()ちますが、なかなか雨はやみません。気がつくとミミはそのまま居眠(いねむ)りをしていました。


***


 ミミが目を覚ますと、外は(あか)るくなっていました。どうやら、雨がやみ雲からお日様が顔を出したようです。ミミがうーんと()びをすると、突然、ベッドがしゃべりだしました。


「よお」


「わ!」


 ミミはびっくりして、いつもよりも大きな声を出してしまいました。なんとミミがベッドだと思っていたのは、ミミよりも大きい、薄茶色の毛をしてつぶらな目をした動物(どうぶつ)でした。ふかふかな部分(ぶぶん)は、その生き物のおなかのところだったのです。


「おちついたかい。(きゅう)に入ってくるから、びっくりしたんだぜ」


「ごめんなさい」


 (ああびっくりした。もしかして、ぼくがちょっと臭うなんて言ってしまったの()かれちゃったかな)とミミが思っていると、まるでミミの(こころ)の声を聞いているかのようにその動物は、


「きみ、おれのおなかのこと、ちょっと臭うって言ったね」


 とちょっとミミをからかうように言いました。ミミがもう一度「ごめんなさい」と言うと、その動物はふさふさのしっぽをぶんぶんとふって、


「いいんだ、いいんだ。ごめんよ。ちょっとからかっただけ。それにどうせ今日(きょう)はひまだったんだから、突然(とつぜん)来客(らいきゃく)大歓迎(だいかんげい)さ。さ、きみの体が(かわ)くまで、ちょっとおしゃべりしていこうよ。きみをこの小屋(こや)屋根(やね)()せてあげる」


 そう言うと、その動物はミミを背中(せなか)に乗せて、外に出ました。雨が上がったあとのお日様はまるで、雨雲にさえぎられていた時間(じかん)()(もど)すかのように、かんかんと()っています。


(あたた)かいというより、こりゃ(あつ)いな。びしょぬれも問題(もんだい)だけど、からからに乾きすぎちゃうのも問題だ」


 そう言うと小屋の主は、ふー、と鼻で(いき)をはき、小屋をその大きな体でずりずりと日陰(ひかげ)まで()しやりました。


(ちから)(つよ)いんだね」


「ふふ、まあな」


 あっという間に日陰までくると、ミミは背中から小屋の屋根にとび(うつ)りました。空を見上げると、雨が降っていたのを(わす)れてしまうような青空に、ちぎれちぎれの雲がふわりふわり、ゆっくりと流れていました。


「ところで、あなたの名前(なまえ)はなんて言うの。ぼくはミミ」


「おっと、自己(じこ)紹介(しょうかい)がまだだったか。おれの名前はコンっていうんだ。ミミ、よろしくな」


「よろしくねコン」


 コンは小屋のそばの(すず)しい場所に(こし)を下ろすと、前足で(かお)をくしゃくしゃとなでながらミミに話しかけます。


「ミミ、きみはあんなに雨が降っている時に、どこへ行こうとしていたんだい」


「はなちゃんって子のところだよ。お友だちになりにいくんだ」


「そうだったのか。知らない子だけどお友だちになれるといいね。おれにも、とおる、っていう名前の友だちがいるけどいい子だよ」


 今度(こんど)はごろんと地面(じめん)(よこ)になってコンはお話を続けます。


一緒(いっしょ)にお散歩(さんぽ)に行ったり、公園(こうえん)(ひろ)野原(のはら)(あそ)んだり……時々(ときどき)(なら)んでお昼寝したりさ」


「友だちっていいものだね」


「まあね。でも、楽しみや(よろこ)びを一緒にするっていうことは、友だちが悲しかったり苦しかったりしたらそれも一緒に(あじ)わうっていうことでもあるんだよ」


 ミミは屋根から()を乗り出してコンの方を見ました。今までミミははなちゃんとお友だちになることは楽しいことばかりだと考えていたから、コンが言ったことにおどろきました。


「そんなことってあるの」


「ああ、あるとも」


 コンは(ふか)くうなずきました。


「だれだってそうさ。元気があるときもあれば、()ちこんで元気がないときもある。とおるがそんなとき、おれはそばにいてやるのさ」


 ミミは心の中で、そばにいてどうするんだろう、とコンの話を聞きながら思いました。もし、はなちゃんが悲しそうにしていたのなら、ぼくはどうすればいいんだろう?


「元気がないときっていうのは、心がきゅーっとなって、まるで、世界(せかい)一人(ひとり)ぼっちなような気持(きも)ちになるんだ。だからさ、そんな時おれはとおるの目の(とど)くところにいてやるのさ。それなら、自分は一人ぼっちだなんて絶対(ぜったい)思わないだろう?」


 へへっと()れかくしをするようにコンは(わら)いました。


「おれだって元気がないときにとおるがそばにいてくれたら、それだけでぱっと元気がわいてくるからさ」


 それからしばらくすると、ミミの体はすっかり乾きました。ミミが気に入っている色鮮やかなピンクの鼻もピンと立った両耳(りょうみみ)も、すっかり(もと)通りです。


「コン、小屋をかしてくれてありがとう。ぼくもう行くね」


「ああ、さようならだな。そうだ。(さが)しもの、たずね人なら、公園(こうえん)にいるモモにきいてみるといい。あの子はあちこち探検(たんけん)しているから、色々(いろいろ)()っているよ。はなちゃんの家も知っているかもしれない」


 ゴンは名残(なごり)()しそうにしっぽをふっています。ミミも、ほんの少しだけコンとおわかれをするのがさびしくなりました。


「ここから(ひだり)へ出て、まっすぐいって二番目(にばんめ)の角を(みぎ)()がって、それから右手に見える公園のベンチがあの子の特等席(とくとうせき)だ。モモならきっとそこにいるよ」


本当(ほんとう)にありがとう、コン。色々とお話できて、ぼく楽しかったよ」


「おれもさミミ。」


 ミミはコンにさようならをすると、教えられた通りに公園へと向かいました。


***


 目的の公園につくと、ミミは早速ベンチへと向かいました。ベンチの上には、(つき)()かりも(ほし)(ひかり)もない(よる)のように()(くろ)毛並(けな)みのねこが丸まってお昼寝をしていました。この子がモモにちがいない。そう思ったミミが声をかけると、モモは左目(ひだりめ)()じたまま、右目(みぎめ)だけ(ひら)いてこたえました。


「わたしに何かごよう?」


「ぼくはミミ。はなちゃんという子を探しているんだけど、どこに()んでいるのか知らなくて……きみなら知っているかもって聞いたから、たずねにきたんだ」


「はなちゃん、ねぇ……」


 ぶるぶると(あたま)をふって、うーんと思い出す仕草(しぐさ)をしながらモモはゆっくりと()き上がると、両目(りょうめ)をぱっと開けて言いました。


「ええ、はなちゃんのこと、知っているわ。一緒に遊んで友だちになってくれたら、はなちゃんのおうちの場所を教えてあげる」


「うん、いいよ。じゃあ一緒に遊ぼう」


 それからミミとモモは公園で遊びはじめました。まずは()いかけっこです。でも、これはモモの圧勝(あっしょう)でした。ミミの小さな体では、どうしてもモモのすばしっこい足さばきにはかないません。


「ミミ、あなた足がおそいのね」


「はぁ、はぁ、きみってば、まったく手加減(てかげん)してくれないんだもの」


「あら、そうよ。だってわたし、いつでも大真面目(おおまじめ)なんだから」


 モモはニッコリと笑うと、


「じゃあ(つぎ)は、()()のふみっこしましょう」


 と言いました。公園のかたすみに二人で行くと、なるほど、そこには赤や黄色や茶色の色とりどりの落ち葉が(あつ)められていました。そこで二人はかさかさ、ぱりぱりと(おと)を立てる落ち葉の上で大きくとびはねていい音を立てて遊んだり、どっちがよりきれいな落ち葉や大きなどんぐりを見つけられるかを競争(きょうそう)したりしました。


「ミミ、あなたの鼻ってものすごくきれいだわ」


 ミミが落ち葉の上でゴロゴロと転がっていると、モモは言いました。


「わたしの鼻はこの毛と同じ真っ黒であまりきれいじゃないもの」


「えへへ、ありがとう。でも、モモのその毛と同じ真っ黒な鼻もすてきだよ」


 それはお世辞(せじ)ではなくミミの本心(ほんしん)でした。今までミミは自分のピンクの鼻はほかのだれのものよりもきれいだと思っていましたが、モモの真っ黒な鼻も、とてもおしゃれだと思えるようになっていたのです。


「本当に?」


「本当だよ!」


 ミミはモモに元気よく言いました。モモは(うれ)しさとちょっと()ずかしい気持ちが()()じったのでしょう。ぷい、とミミに背を向けると、


「もう一回追いかけっこをしましょう」


 と言って、たたっと走り出します。そんなモモの背中を、あわててミミも追いかけるのでした。


 ミミとモモがそうやって遊んでいると時間はあっという間にたち、お日様は地平線(ちへいせん)の向こうへするすると(すべ)り落ちだしました。そして空や雲や公園の木々を、オレンジ色に(えが)きあげだします。夜が(ちか)づいてきているのです。ミミは、


「ねえ、そろそろはなちゃんの家の場所、教えてよ」


 と、モモに言いました。でもモモは、


「もうちょっと!」


 と、まだまだミミと遊んでいたいようです。


「ねえ──」


 ミミはもう一度モモに言おうと、モモにかけよりました。


「いいでしょう、もうちょっと遊びましょうよ」


 そう言いながらモモは前足でミミの頭をなでようとしました。でも、モモはうっかり、その飛び出している(つめ)をミミの鼻のところにひっかけてしまいました。「あ」と、二人は声をそろえておどろきました。モモはあわてて爪をミミから外そうとし、ミミもあわてて顔を動かします。二人があわててしまったせいでしょうか。モモの爪は余計(よけい)に深くミミの鼻のところを(きず)つけてしまったのです。ミミのじまんの鼻は、(かたち)がくずれてしまいました。これではきれいなピンクの色も台無(だいな)しというものです。


 自分の鼻が()わり()ててしまったミミは、わあっ、と()きだしてしまいました。


「どうして、こんなことするの」


「ごめんなさい、こんなことするつもりはなかったの。ごめんなさい」


 実際(じっさい)、ミミはモモがわざとそんなことをする子じゃないことくらいわかっていました。うっかり傷つけてしまっただけの事故(じこ)なのです。それでも、ミミの(なみだ)は止まりません。しくしく、しくしくと、(なが)れる涙は体にしみこんでいきます。モモはそれでもミミのそばにいて、「ごめんね、ごめんね」と(あやま)っていたのですが、ミミは自分でもどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。モモを()()りにして公園からかけだすと、()てずっぽうに町の角を右へ左へ走っていきます。背中の向こう側からモモがミミをよぶ声が聞こえましたが、ミミはそれでも走ってにげました。やがて、知らない家の駐車場(ちゅうしゃじょう)にとまっている車の下へと滑りこむと、そこでまたポロポロと涙を流しました。


 太陽はもうとっくに(しず)んで、街灯(がいとう)や家々の明かりがぼんやりと(くら)がりを照らしていましたが、車の下は真っ暗で、その上、風がぴゅうと()くものだから、耳のとんがってるところからしっぽの先までミミは(こご)えるように感じました。


***


 夜になり町は(しず)まりかえっています。ミミは車の下にずいぶんと(なが)いこといた気がしました。


「モモはどうしてるだろう」


 モモがわざと自分を傷つけたのではないことをわかっていましたが、それでも自分のじまんの鼻が傷ついて悲しいという気持ちと、それをしたモモを(おこ)っている気持ちが混ぜこぜとなって、ミミは自分でも自分をどうしたいのかわからずにいました。そして、そのどうしたらよいのかわからない、という気持ちがミミを車の下から出ていこうという気分にさせなかったのです。


(こま)ったなぁ」


 そんなことをミミが考えていると、ミミがいる車の(よこ)一人(ひとり)の大人が立つ気配(けはい)がしました。


「困ったなぁ、困ったなぁ」


 偶然(ぐうぜん)にも、ミミと同じことを言っています。


「困ったなぁ、困ったなぁ」


 また、同じことを言っています。どんな人がそれを言っているのか気になって、ミミは車の下からちょっと顔をのぞかせてその大人をこっそりと見上げました。その人は、真っ赤な衣装(いしょう)()(つつ)んだおじさんで、ミミよりも、モモよりも、そしてコンよりも大きな動物と一緒にいました。


「困ったなぁ、ぬいぐるみの世界からこねこがやってくるはずなのに。困ったなぁ」


 思わず、ミミはくしゅん、とくしゃみが出ました。そこでようやくおじさんはミミが車の下にいてこちらを見ていることに気がつきました。ミミはちょっと恥ずかしそうに、


「ねえ、それってもしかしてぼくのこと?」


 とたずねました。するとその人は嬉しそうに、


「そう、きみのことだよ!今夜(こんや)、きみをはなちゃんのもとへ(とど)ける予定(よてい)になっていたんだ。いやあ、()に合いそうでよかったよかった」


 と言いました。


「あれっ、でも……」


 と、おじさんはミミの鼻が傷ついていることと、ミミの目が泣きはらして真っ赤なことに気がついたようです。


「きみは、なんだか苦しそうだね」


「うん……」


 ミミはこのおじさんに、モモと友だちになったこと、モモがついうっかりミミの鼻を傷つけてしまったことをお話しました。


「なるほどなぁ。それで、きみはどうしたいんだい?」


「それが、わからないんだ」


「わからない?うーん、そんなことはないさ。きっと、自分の素直(すなお)な心に向き合うのがきみはちょっと(こわ)いんだね」


 すとん、とおじさんはミミのそばに(すわ)ると、


「そういう時は、大きく深呼吸(しんこきゅう)をして、目をつぶってゆっくりと自分の心と向き合ってごらん」


 そう言うとおじさんは深呼吸をして目をつぶりました。ミミも言われたとおりに、大きく深呼吸をして、目をつぶり、じっくりと自分がどうしたいのか、心の中で考えました。




 (ふたた)び目を開くと、ミミは自分の心の中で考えたことを自分自身(じしん)に言い聞かせるように、ゆっくりとおじさんに言いました。


「ぼくは、モモともう一度、お話がしたい。モモに会いたい」


「きみならそう言うと思っていたよ」


 そう言うとおじさんは微笑(ほほえ)んで、ミミをやさしく()きかかえました。


「さあ、行こう!」


 おじさんはミミを抱きかかえたまま、そばにあったそり(・・)に乗りました。一緒にいた動物がそれを()くと、一息(ひといき)にぐうん、と空高くまで飛びあがります。ミミがびっくりして目をぱちくりとしている間に、そりは空を飛び、モモがいるあの公園の前へと着いてしまいました。


 ミミがモモを探すと、モモは、初めて会った時のようにベンチの上で丸まっていました。でもあの時とは様子(ようす)がちがいます。モモもまた、ミミと同じように泣いていたのでしょう。モモはしおしおになっていて、目は真っ赤でした。


「モモ」


 ミミがモモにかけよると、モモは


「ああ、ごめんなさい。本当に。ミミ、あなたを傷つけるつもりはなかったのよ」


 と、また謝ってきました。それをミミは止めて、


「ううん、いいんだ。ぼくの(ほう)こそ、おどろいちゃって、にげちゃって。その、ごめんなさい。モモがぼくの鼻をわざと傷つけるわけなんかないのに。つい、びっくりしちゃった」


 と言ってぴょんとベンチに飛び乗ると、モモのとなりに座りました。


「それで、仲直(なかなお)りしにきたんだよ」


 (じつ)はこのときミミは、(もし、モモが仲直りしてくれなかったらどうしよう)と、ちょっとだけ心配(しんぱい)していました。でもそんな心配は次の瞬間(しゅんかん)どこかへ飛んでいってしまいました。モモは嬉しさのあまりミミにとびつくようにして抱きつくと、


「わたしも、あなたと仲直りしたかったの!」


 と、言ってくれました。ミミも嬉しくて、「うん、うん!」と、モモに()けじと(つよ)く抱き(かえ)しました。


 「でも、そのお鼻はどうしたらいいのかしら……」


 ひとしきりおたがいをなぐさめあって落ち着くと、モモはミミの鼻をぺろりとなめながら言いました。


「うーん……」


 すると、そばにいたおじさんがおほん、とせきばらいをして言いました。


「ちょっといいかな、おふた(がた)


 おじさんはいつの間にかぬい(ばり)を手にしています。そしてぬい針を()っていない方の手をくるり、くるりと、(いと)()き取るように(うご)かすと、モモの黒い毛が一本、二本と(ちゅう)()いだします。ミミとモモがおどろいて宙を舞う毛を見つめている間に、その毛はつながって、一筋(ひとすじ)の黒い糸になりました。これなら、ミミの鼻をつくろうことができそうです。


「さあ、これで準備(じゅんび)はよし」


 そう言うと、おじさんはミミの鼻をモモの毛でてきた糸を使(つか)ってぬいつけていきます。ミミは、モモのきれいな黒い毛が糸となってまるで自分のものになったみたいで、嬉しいのと、なんだかくすぐったい感じがして、クスクスと笑ってしまいました。


「ほら、動かないで」


 おじさんは手先(てさき)器用(きよう)で、ぬい針はまるで(うみ)(なみ)を乗りこなすサーファーのようにスイスイと進んでいきます。


「ちっとも痛くないよ」


 心配そうに息をつめてミミを見守(みま)るモモに、ミミは言いました。


「でもわたしの真っ黒な毛なんかで大丈夫かしら。あなた、はなちゃんに会いに行くのに」


「大丈夫さ。だって──」


 ミミは大きく(むね)()ってこたえました。


「はなちゃんは、ぼくとお友だちになる子だもの。ぼくがきみの真っ黒な毛を気に入ったように、きっと、はなちゃんも好きになってくれるにきまってるよ」


 それから鼻のぬいつけがすむと、二人は夜空の月をながめながらお話をしました。


「ぼく、さっき空を飛んできたんだよ」


 空を飛んだことなんてないモモはびっくりです。


「まあすごい!でも、お月様にぶつからなかった?」


「んーと、わかんないや!ぼく初めて空を飛んだものだから、びっくりしている間にここに着いてたんだ」


 二人は声をそろえて笑いました。もう真夜中(まよなか)で、空気も(つめ)たいのに、二人はちっとも(さむ)くありません。心までぽかぽかな気持ちです。


「じゃあ帰る時はじっくりお空の様子(ようす)を見てね。そして今度(こんど)また会う時、それをわたしに教えて」


「もちろん。約束(やくそく)だよ」


「ええ、約束」


 そしてモモはミミとおじさんにはなちゃんの家の場所を教えてあげました。はなちゃんの家へ向かうため()かび上がったそりから、ミミは前足を振ってモモにお別れをします。やがて、そりが再び空の高いところまでつくと、ミミはあたりの様子をじっくりと見回(みまわ)しました。今度は気持ちに余裕(よゆう)があるので、きちんと見られます。お月様もお星さまも、どうやらまだまだ手の(とど)かない(とお)くの場所にあるようです。


「こんなに高い場所にいるのに、お月様には手が届かないんだね」


「そうだよ、お月様もお星さまも、うんと遠いところにあるんだ。それでも、(かれ)らの光はぼくらをこうやって照らしているのさ」


 とおじさんは教えてくれました。


「あ、(ゆき)だ」


 ちらちらと雪が舞い、夜空(よぞら)点々(てんてん)と白くしはじめました。空を飛ぶそりの下の町は真っ暗で、そこに住む人間たちはみんな、大人も子どもも眠っています。雪が降り出していることに気がついた人はまだ誰もいないでしょう。遠くにある星のまたたきさえ聞こえてきそうなくらい静かな、そんな夜です。


 やがて、とある家の二階(にかい)窓辺(まどべ)へそりはそっと到着(とうちゃく)しました。


「ここが、はなちゃんの部屋(へや)だよ」


「ここが……」


 ミミがそりから降りて中をのぞくと、一人の(おんな)の子がベッドの中ですやすやと眠っているのが見えました。


「あの子がはなちゃんなんだ」


 ミミは静かにはなちゃんの部屋の中へと入りました。おじさんはそりに乗ったまま小声(こごえ)でミミにおわかれを言います。


「それじゃあ、あとはもう大丈夫だね。はなちゃんはきっといい子だから、すぐに仲良しになれるよ」


 飛び去っていくおじさんの背中が見えなくなるまで前足を振ると、ミミはベッドの上によじ登りました。そして、はなちゃんのそばでころんと横になって朝がくるのをどきどきしながら待ちました。モモには自信(じしん)満々(まんまん)に言ったし、おじさんも「大丈夫」だと言ってくれていたけれども、本当は少しだけ心配でした。


「はなちゃんがぼくのことを気に入ってくれなかったらどうしよう──」


 ついぽろっとミミの不安(ふあん)が口からこぼれそうになります。でもそんな心配や不安をかき消すほど、きっと大丈夫だという自信もミミにはありました。何より、ミミ自身がはなちゃんとお友だちになるのが楽しみで楽しみで、しかたなかったのです。


 やがて、はなちゃんの寝息(ねいき)にみちびかれるようにして、ミミも眠りにつきました。


***


 (つぎ)の日の朝のことです。ふしぎなことにはなちゃんはいつもより早く目を()ましました。そして、はなちゃんの枕元(まくらもと)に一匹の、とてもかわいいこねこのぬいぐるみがいることに気がつきました。


 はなちゃんはびっくりしてベッドから飛び上がると、そのぬいぐるみを手にとってまじまじと見つめました。


「はじめましてだね!」


 それから二人はおたがいにはじめましてのあいさつをすると、一階(いっかい)でまだぐっすり眠っているお父さんやお母さんに気づかれないよう、小さな声でお話をはじめました。(さて、ここではなちゃんとミミがどんなお話をしたのかみなさんにお伝えしたいのですが、ごめんなさい。それは二人だけの秘密なのです。それに二人がすぐに仲良しになったのは言うまでもありませんね)


 やがて一階でお父さんやお母さんが起きて朝の身支度(みじたく)をしている音が聞こえてくると、はなちゃんはミミを両腕(りょううで)でしっかりと抱きしめて、階段(かいだん)をぱたぱたとかけおり、お鼻が(あい)らしいすてきなお友だちのことをお父さんとお母さんの二人にじまんしにいくのでした。

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[良い点] 面白かったです。 冒険のなかでいろんなお友達ができましたね。 適度にかながふられてて、小さい子でも読めそうです。
[一言] ミミの冒険、楽しく読ませていただきました! はなちゃんとずっと仲良くね^_^
2022/12/18 16:18 退会済み
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