第8話 アカネと、学園長
受験生たちはざわめいたが、不合格の烙印を押されなかっただけまだマシだと思ったのか、安心する者もいたようだ。
「実技試験は13時からですので、それまではご自由に過ごして頂いて構いません。お時間になりましたら再びこの場所にお集まりください」
姿を見せず、声だけを中庭に響かせる女性。
告知をしたが最後、声も掲示板も消え去った。
「正義くん…なんか変じゃない?」
「ぜってぇ変だよ…オレが受かってるんだぜ?」
違和感を抱いているのは知己や来寿だけではない。他の受験生も、あの出来映えでなぜ合格できたのかと首をかしげている。
「私も、全員が受かるというのは妙だと思う」
「皆さんさえ良ければ、これから職員室に話を聞きにいきませんか?」
百合がそう言うと、知らない学校の職員室に少しばかり怖気づきつつも、3人は承諾した。
正面玄関に出向いた一行は廊下を見つけて突き進む。とうとう職員室の前まで来て、誰がノックをするか小競り合いになっていた…そんなときだった。
「…みんな、あれ!」
知己の言葉に3人は一斉に左を見た。
「…アカネっち!?」
「火山さん?」
「アカネさん!」
思わず声を揃えた。職員室から少し離れた場所には派手なドアがあり、そこから出てきた子ども達の中にはアカネの姿もあったのだ。
「…みんな!」
アカネは室内を気にしつつも、4人のもとへ駆け寄った。
「アカネっち、遅刻したんじゃなかったの?」
来寿は尋ねた。
「うん。寝坊しちゃって、こりゃ絶対ダメだ〜って思ったけど一応連絡したのね? そしたら…特別に受けさせてもらって…」
意外にも寛大な処置に4人は顔を見合わせ、今度は百合が質問した。
「あの…アカネさん以外にもあそこから何人か出てきてましたけど…あの人たちは?」
「あー…遅刻とか、いろんな理由で来れなくなった人らしい。あたし含めて5人しかいなかったけどね」
遅刻した者にも挽回のチャンスをくれる…そう感じた4人はひと安心したようだった。
「何はともあれ、よかったじゃないか」
「うん。これでみんな受けられるね」
正義と知己はそう声をかける。なんとか5人が揃ったところで、実技試験までしばしの時間を過ごすのだった。
時計塔の鐘が13時を知らせる。
先ほどの中庭に欠席者5人が加わった。
「誰も来ないし…アナウンスもない」
知己は妙な空気を感じとった。
「こんな中庭で何すんだろ…つかさ? 職員室の隣のあの部屋って校長室?」
「そう。試験は別室だったけどね」
そのとき…石像の周りが白く輝いた。
ある者は驚愕し、ある者は目元を腕で覆う。
光が小さくなっていき、知己たちは石像を再び見た。
人がいた。
「学園長だ…」
アカネは呆気にとられながら声に出した。
4人はその姿を観察する。
石像と向かい合うようにして現れたのは黒いローブに身を包んだ男だった。ペストマスクのような仮面を装着しフードは深く、素顔はまったく分からない。
「皆さん! はじめまして。私は学園長の音無光有です」
(学園長の音無…守山さん達が話してたのはこの人のことだったんだ…)
守山兄弟はこの男のことを「苦手」「イカれぽんち」などと評していたが、自己紹介をする様子は穏やかな老紳士…という印象であった。
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。これから始めるのは魔法の実技試験ですが…その前に、何か質問があるという方はいらっしゃいますかな?」
音無は右手を挙げてあたりを見渡している。
このような状況で手を挙げる者はなかなかいないのだが、知己は違った。
「ではそこの君」
「あの、筆記試験を受けた人が全員合格しているというのはどうしても違和感があるんですけど…本当に採点されたんですか?」
知己は勇気を出してそう聞いた。いい質問をしてくれたとばかりに周りの学生も回答を待っている。
「採点はしましたとも。筆記試験などどうでもいいというのが正直なところですが、何しろ政府がうるさいもんでねぇ…」
知己は、守山兄弟の言っていた言葉の意味がなんとなく分かってきたのを感じた。
続いて手を挙げたのは…
「どうぞ」
「筆記試験はどうでもいいとおっしゃいましたが、その発言はいかがなものかと存じます!」
もはや質問ではなかったが、正義の主張はごもっともである。
「他に質問がある方は? ではあなた」
正義は何か言いたそうにしていたが、食い気味に挙手した百合に譲ることにした。
「筆記試験を二の次に考えてらっしゃるんですね。それなのに、欠席した人にも試験のチャンスを与えたのはどうしてですか?」
「…私はね? 魔導師の原石を探しているのですよ。より強く、より真新しい…たかだか遅刻や体調不良で、そのきっかけを逃したくはないのです」
それを聞いたアカネはすかさず口を挟んだ。
「体調不良の人もここに来てるんですか!?」
「ええ。私が直接お家に伺って治療しました」
徹底して受験生を集めようとする音無に、人々の表情は不安に染まる。
そして、来寿は尋ねた。
「オレたち中庭に呼び出されたわけっすけど…実技試験はどこでやるんすか?」
その問いかけには答えなかった。
そのかわり、彼は石像の頭に両手をかざした。
「うおお!?」
突如として石畳の中庭がじわじわと沈みはじめ、知己はよろめいた。学生たちも困惑している。
「どこでやるのか…その答えをご覧に入れましょう!」