第5話 入学への決意
程なくして4人は、不服そうではあるが研究所を出て行った。それもこれも言葉足らずな兄のせいであるが。
「さて少年。さっきも言ってたけど、あんたの第一志望は福楽高校だよな?」
「はい」
賢治の隣に身をなげ、おもむろに脚を組む守山。
「知ってるとは思うが、福楽高校は真っ二つに分かれてる。一つはあんたが目指してるであろう魔法科。そしてもう一つは…倍率に打ち負けた魔法科志望者が仕方な〜く入る普通科…」
極端な言い方をする守山に、賢治は不快感を示した。
「普通科はそんな場所じゃないよ! 最初から普通科に入るつもりで受験する人だっているし…」
「もちろんそういうやつもいるだろうけど…それをお前が言うかねぇ?」
知己のペンダントは光る。
「ははっ…こいつも昔、福楽の魔法科受けたんだ・け・どぉ…お察しの通りなんだよな〜」
「入学して早々に停学食らった兄ちゃんよりマシだろ!」
2人はまたしても険悪な雰囲気になっている。
「まぁ話は戻すけどよ、魔法科を目指すにあたって大事なコト…あんたに分かるか?」
「えと…あー…」
知己は考えてみたがなかなか答えが出てこなかった。
「ぶっぶー。たぶん今のまんまだとあんた落とされるよ。筆記とか魔法とか以前に」
彼は頬杖をつきながら知己を指差した。
「どういうことですか?」
ペンダントはより強く光る。
「福楽高校の学園長は、二十年前から変わらねぇ」
「たしか音無先生だったよね。…僕あのひと苦手だったなぁ…」
守山兄弟は共に苦笑いをしている。
「入学してぇなら、まずは学園長の目を引くことだな。あのヒト…魔法のことにはマジで目がねぇんだ」
「はぁ…じゃあ、入学するには結局どうしたらいいんですか?」
「あんたの場合『疑問の具現化』とかいうイレギュラーでエキセントリックな個性を持ってるからアピールできるとして…あんたの一番の懸念点は、魔導師になりてぇ意志やら目的やらがあやふやなトコロだ。要は面接だな」
これまでとは比べ物にならないほど真面目に話す守山。知己は胸のうちを口にした。
「…小さい頃のことなんですけど、福楽町で魔導師に助けてもらったことがあるんです。魔導師を目指すきっかけがあるとしたら、間違いなくそれです」
「へ〜 どーでもいーけど」
守山はあっさりと切り捨てた。知己は水に放り込まれた線香花火のように消沈した。
「兄ちゃんの悪い癖だよそれ。聞いといてすぐに興味なくすやつ…ごめんね源くん」
「あ、いえ…」
知己は居心地の悪さと気まずさを同時に感じた。
「…というわけでだ。入試まであと5ヶ月弱…なにか希望があれば俺たちで魔道具を作ってやらんこともない」
「え、本当ですか?」
「僕もちょうどそのことで呼び止めたんだ。源くん、こういう道具が欲しいっていう提案はあるかな?」
オーダーメイドができると知った知己はあれこれと思考を巡らせたが、最終的に出した要望はシンプルなものだった。
「たぶん俺の魔法って、疑問の数だけ魔力が溜まるタイプじゃないですか? どれだけ魔力が溜まったかを俺だけがこっそりと確かめられるような…何ポイント溜まってますよ〜っていうのが欲しいです」
「そんなもんでいいのか?」
「はい。もしかしたら将来的にもうちょっと欲が出るかもしれないですけど…今のところはそれくらいですね」
もっと欲張ってもよかっただろうか、と、知己は笑った。
「…分かりました。兄ちゃんも、それでいいね?」
「ああ。…そうだ知己、いいものをやろう」
そう言うと守山は、部屋にあるメモ帳に何かを走り書きし、雑に手でちぎり取った。
(いきなり呼び捨てにされた…)
まだまだ子どもの知己にとって、距離を詰めようとする大人は少しばかり恐いものだった。
電話番号の上には「守山圭介」と書かれている。
「なんか聞きたいこととかあったら遠慮なくかけてこいよ?」
「兄ちゃん普段電話しても全然出てくれな…」
「知己! 腹減ったろ? 腹壊しても大丈夫なら俺の手料理ご馳走するぞ」
「腹壊したらダイジョバないです…今日はこのへんで帰ろうと思います」
「変なやつに気に入られた」…そう感じたのか知己は、相談料を払うと頭を下げながらそそくさと後にした。
「兄ちゃんから魔道具の話を持ちかけるなんて珍しいね」
「だってよ…あんなタマ、みすみす逃しちゃ損じゃねぇか!」
「…うん、いつもの兄ちゃんだ」
この男は、ことに金儲けの話となると満面の笑みを見せるらしい。
(えらい人に絡まれたな…)
研究所を出た知己は、都会の細道をゆったりと歩く。
「アカネがグループに招待しました」
(お?)
スマホのメッセージアプリに通知が来ており、開いてみるとそのような通告があった。
「今解放されたよ」
知己は歩きながら文字を打ち込む。既読は2人ぶんついた。
「お疲れ! てか源くん研究所でなんの話してたの?」
「魔法のことだよ。魔道具を作ってくれるらしい」
「マジか! うらやま〜」
アカネと来寿は反応を見せた。バス停のベンチに座る頃には…
「魔道具を作ってもらえるのか…」
「私も作ってもらいたいです!」
正義と百合も返信してきた。
同じ「目的地」を目指す仲間が、その日のうちに生まれたのである。