第1話 憧れの街と、ヤバめのおじさん
「ついにこの日が来た…!」
15歳という節目。それはこの世界での新たな局面を意味する。
「母ちゃん、服なに着たらいい?」
「なんでもいいけど、注射しやすいように半袖のやつにした方がいいわよ」
9月9日は、源知己の誕生日。
15歳の誕生日を迎えた子どもは、必ず最寄りの診療所で「通過儀礼」をおこなう取り決めがある。
「結局、普段通りだな…」
「黒Tに茶色い半ズボン…一番トモくんらしいじゃない」
「トモくんって呼び方やめてよ。俺もう15だよ? 『魔適』受ける歳なんだから!」
魔導師適性検査、通称「魔適」が受けられる日を待ちわびるのは知己だけに限った話ではない。人は生まれながらに魔力を持つが、「自分はS級かもしれない」という期待を子ども達は大きく膨らます。
「保険証持った? やっぱり付いていこうか?」
「持ったって! 俺ひとりで大丈夫だから! じゃ、いってくるわ!」
家を出た知己は、スマホの地図を見ながらバス停へ向かう。時間はぴったりだったようだ。
「よいしょっと…おっ?」
後ろの方に座った知己は、さっそく夢のある景色を目にした。
——今バス乗ったんだけど傘に乗ってる人見かけた! 普通ほうきだろ笑——
知己は保育園からの幼馴染にメッセージを送った。
——そんなの割とよくあるじゃん。——
3ヶ月前に自分がA級だと知ったせいか、幼馴染の反応は冷たかった。
バスに揺られること15分。
郊外に住む知己にとって福楽町は娯楽の街であり、名だたる魔導師の輩出を誇る「福楽高等学校」の所在地でもある。
「次は…福楽駅前、福楽駅前…」
乗客の中には知己と同年代らしき人物が5人ほどおり、「福楽駅前」を耳にした子ども達は次々に降りていった。
福楽町にさほど免疫のない知己は多少なりとも不安を感じていたが、子ども達は5人とも同じ方向へ歩いていくためその後ろを付いていった。スマホよりも集団心理に染まったのである。
駅前から歩くこと5分ほど。ビデオ屋やパチンコ店などが立ち並ぶブロックに入る子ども達を見て、知己は怪訝に思った。このような狭い路地の騒がしいエリアに、果たして診療所はあるのか、と。
そんな中、ひとりの少女が立ち止まり、知己を含めた5名に声をかけた。
「あの…皆さんは魔適を受ける組ですか?」
気弱そうな少女の呼びかけに振り返るメンバー。それぞれが顔を見合わせたのち、まず口を開いたのは知己だった。
「はい。俺はきょう誕生日で、魔適受けるぞ〜って意気込んで来たんですけど…みんなもそうなんですか?」
残りの3名は「うん」と頷いた。
「あたしもそうだけど…なんかみんなおんなじ方向に行ってるから、とりあえず付いてこっかな〜って…」
「俺も同じです。途中までスマホで地図見てたけど、みんなに付いてった方が楽かなって」
知己は名前も知らない気の強そうな少女と意気投合した。
「マジすか…オレも同じっす…」
続いて、金髪の少年も「カルガモ的」歩き方を暴露した。
「恥ずかしながら私もだ…」
七三分けのメガネ少年も…
「こんなことってあるんですね! まさかみんながみんな『付いていけば大丈夫』戦法だったとは…あはは」
知己はにこやかに話すが、あることに気づいたようだった。
「あれ…? 俺たち…6人いましたよね? あと1人どこ行ったんだろう…」
弱気少女、強気少女、金髪少年、七三少年、そして知己。
あと1人が途中からいなくなっている。
「言われてみれば…」
強気少女は口を開き、全員が周りを探しはじめた。
しかし、どれだけ探しても6人目は見当たらない。
路地の人通りはまばらで、白衣を着た男がベンチで一服しているだけである。
「すみません、俺たちこれから魔適受けるんですけど、俺たちに混ざってもう1人、6人目がいた、よう…な…?」
知己はその男に声をかけようとしたが、彼の陣取る場所に目線が逸れていく。
【守山診療所】
古びたコンクリートの建物。1階は逆さにしたLのように少しへこんでおり、その2階部分の看板にそう書かれてある。
今にも外れそうな看板の近くに座っているものだから、いつ目の前に落ちてくるか分からないリスキーさがある。
「もしかして、きょう俺たちが受ける魔適の診療所って…」
知己はまさかの可能性をあえて口にした。
「ご名答。俺が守山診療所の守り神だ」
それを聞いた少年少女は、路地を挟んだ向こう側の駐車場に身を寄せた。円陣だ。
「ねぇ…あの人ホントに大丈夫なの?」
「マジであれが先生なん? オレやだわぁ…」
強気と金髪。
「信用ならんな…ヤブ医者にしか見えんぞ」
「私も…ちょっと怖いです…」
七三と弱気。
「う〜ん…見た目だけじゃなくてセリフまでも…」
知己は後ろを確認する。
溶けるようにベンチにもたれる彼は、長い髪は縮れてそのうえ無精髭、おまけに白衣も皺だらけであった。
そんな彼は、ヒソヒソと話す彼らを眺めながら煙を吐き出した。
「なぁ…こっち来いよ」
子ども達は怯えた。怪しさのまっ盛りである。
じゃんけんの結果、知己が身を挺して彼に近寄り、残り4人もゆっくりと近づいた。
「なんでしょうか…」
「お前さん、さっき6人目がどうとか言ってたよな?」
彼は地面に落としたタバコを踏みにじりながら言う。
「は、はい」
「そりゃ俺だ」
スズメのさえずり、遠くの雑踏…
子ども達はしばらく何も言わなかった。
「…はい?」
「6人目ってのは変身した俺のことだ」