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ハーレルイ

グレーテルの長い一日

作者: 龗香

瘴魔の森と呼ばれる樹海の正式名称は、イラティの森。とても美しく、神秘に包まれた神聖な森として愛されてきた。


それは、この星に長く続いた温暖期から寒冷期に変わる時、全てが変わってしまった。


戦争による大虐殺、火山噴火、疫病、世界を襲った大飢饉はこの星に住む全ての生き物の在り方を変えた。


それはイラティの森に住んでいた(いにしえ)の魔女ハーレ一族(いちぞく)も例外ではなかった。


   ༓༊༅͙̥̇⁺೨*˚·


千年の時を超え、瘴魔の森近くに住む、貧しいきこりの男と身重(みおも)の女とその子供、黒髪の男の子ヘンゼルと栗毛髪の妹グレーテルの四人家族。


ある日仕事を手伝えと男に連れられて森に入っていったヘンゼルとグレーテル。身重の女はヘンゼルにお腹が空いたら食べなさいとパンを持たせてくれた。


その時代、口減らしに子供を捨てることはよくある事で、泣きながら見送る女に舌打ちをする男の背中に隠れて、ヘンゼルはパンくずを少しずつちぎって捨てる。道に迷わず帰れるようにと。


森の奥で置き去りにされたヘンゼルとグレーテルは男が見えなくなるとパンくずを頼りに歩き出した。


「ゆき」

グレーテルの手のひらに花びらのような雪がひらりと舞い落ちる。


ヘンゼルはグレーテルの手を引いて帰り道を急ぐ。しかし、途中からパンくずがなくなっている。小鳥が、すぐそこのパンくずをくわえて飛んでいく。


「そんな、、、」

絶望するヘンゼルの足元には少しずつ、少しずつ、雪が積もり始めていた。


それでもこんなところで立ち止まってはいられないと歩き出したヘンゼルとは違い、グレーテルはノンキに小さな雪だるまを作りながら歩いていた。


しばらく歩くと、雪だるまがあった。


完全に迷ってしまったのだとヘンゼルが泣きながらとぼとぼ歩きだし、グレーテルは私がしっかりしなきゃ、とヘンゼルの手を引いてぐいぐい歩いていくと、どこからか甘い匂いが漂ってくる。


匂いにつられて歩いていくと、小さなログハウスがあった。


ログハウスのえんとつから煙がもくもくと上がる。泣き止んでいたヘンゼルの手を引き、グレーテルは扉をノックした。


「、、、。」

こんこんこんこんこん

返事がないのでヘンゼルもノックした。つい、誰かいてくださいという思いに急かされて多く叩いてしまう。


ギイイイイ

ゆっくりと扉が開かれると、中から風がひゅうと吹き出て、ゴオウッ、と竜巻がおこって二人はログハウスの中へと吸い込まれてしまった。




ぱちぱちん ぱちん

温かな暖炉の炎に、火花が弾ける。


まぶたをとろんと開くと、グレーテルの視界にそんな光景があった。


ふわふわのソファでモフモフの毛布に包まれ、優しい声が聞こえてくる。


「そうか。お前は運がいいな。普通なら男はここまでたどり着けないのよ。泣いていたから視界を奪う魔法が効かず、妹がいたからここまで来れたのね。」

「(んぐんぐんぐ、ごくん)はい。(もぐもぐもぐ)」


グレーテルが起き上がって声の方を向くと、ダイニングテーブルで、グレーテルが見たこともないような沢山の美味しそうな料理が並べられており、ヘンゼルはいくつも皿を(かか)えるようにして、食べ物を口に詰め込んでいる。


見渡せば、小さなログハウスとは思えない広さだ。


きゅるるり

グレーテルのお腹がなる。甘い匂いに喉もごくりと。


「おいで。食べていいのよ。」

金色の髪は腰まで長く揺れて、エメラルドの瞳は天使のように慈しむまなざしをグレーテルに向ける女。


ヘンゼルとグレーテルは仲良く並んでお腹いっぱい食べることができた。特に、初めて食べる甘いお菓子やケーキは、お腹がいっぱいでもう食べられなくても、その皿から手を離さなかった。


生クリームやハンバーグソースをべったりと顔につけ、山盛りのお菓子やケーキの皿をしっかりと持つ二人を眺めていた女は(あき)れたように笑う。

「ふ。これならどうかしら?」

パチン、女が指を鳴らすと目に見えている物全てがお菓子やケーキに変わった。


「ここではいつでも何でも食べたい物が食べられるのよ。」

ヘンゼルとグレーテルがお菓子の家に目を奪われて呆然としていると、とはいえこれでは生活できないからね、とパチンと指が鳴り、元の部屋に戻ったらテーブルの上は綺麗に片付けられていた。


「私は魔女ハーレルイ。ルイでいいわ。ここでは何でも好きにしていいし、帰りたければ帰ればいい。真っ直ぐ帰れる魔法もかけてあげる。そのかわり、もう二度とここには戻れないと覚えておいて。」

わかったらさっさとお風呂に入る!汚い子供は嫌いだよ!とルイは二人をバスルームへと追いやった。




平和で、夢のような毎日。


ここへお母さんを連れてきてあげたいとヘンゼルはルイに頼んだが、ここから出れば二度と戻れないと言うばかり。


ルイが留守の日。とうとうヘンゼルはここを出ていくと決意した。大丈夫とナイフを握りしめ、迷わず戻れるように木に印をつけながら行くから待ってて、ほら、とグレーテルの目の前で木に二本筋の傷をつけた。


木の傷に手を当て寂しそうに立ち尽くすグレーテルを何度も振り返りながら森に入っていったヘンゼル。彼の姿が見えなくなると、グレーテルの手元の木の傷が見る見るうちに綺麗に塞がってしまった。


二日後、ルイが帰ってくると、ヘンゼルが帰ってこないと泣いていた。


ルイは悲しそうに微笑み、グレーテルの手を引いて、ルイの寝室へと入った。


お姫様のようなベッドルームには、大きな鏡があった。


「鏡よ、ベルダよ。」

「その名を呼ぶのはハーレルイか。」

ルイが鏡の前で語りかけると、鏡の中に、美しい銀髪のエルフが現れる。


「ヘンゼルがここから出て行ったわ。どこへ行ったのか教えてくれる?」

「本当に、知りたいの?」

ベルダがルイと手を繋ぐグレーテルをチラリと見る。

「ええ。お願い。」


ベルダの姿がぐにゃりと歪み、森を歩くヘンゼルが(うつ)し出される。

「あ!」

グレーテルが思わず声を上げた時、ヘンゼルは家に戻って、カバンに入った金銀のカトラリーやロウソク立てを手にして、貧しいきこりの男と赤ん坊を抱いた女に、笑いながら話す。森のログハウスにもっといっぱいあると。


貧しいきこりは、きこり仲間を集めて森に入ったが、一人減り二人減り、森に入った男達は誰一人戻らなかった。


魔女の(たた)りだとヘンゼルは袋叩きにされ、ボロボロになった体を引きずって、ヘンゼルはこの地を去った。


鏡がただの鏡に戻ると、ルイはグレーテルを連れてダイニングに戻り、いつも通り、豪華な晩餐を過ごした。


それは遠い遠い昔の話。


   ༓༊༅͙̥̇⁺೨*˚·


随分また昔の夢を見ちゃったな。

グレーテルは夢見の悪さからかまだ眠い。

「おはよう、グレーテル。」

眠気まなこで起きてきたグレーテルを振り返り、おいでおいでと手招きするルイ。


ルイは朝に強い。年寄りはあ、。

ギロリ サッ

シトロンは、年寄りはあ、と考えたところで思考を止めた。何かを察知したルイの鋭い視線がシトロンに刺さったからだ。


勿論シトロンは素早く視線を避けた。


「おはようございます、ルイ。」

はっ。とルイはグレーテルに向き直る。

「ふふ。寝起きのほっぺ、、、ふわふわなのよねー。」

屈んで頬と頬をむいっむいっと合わせてくるルイに、グレーテルは無表情で頬をむいむいされている。

その視線の先、ルイの背後には、『GJ』サインで親指を立てるシトロン。


「また冒険ですか?」

「そうなの。依頼がだいぶ溜まっちゃったから苦情くる前に片付けてくるわ。」


ルイは暫く帰れない時はグレーテルをたっぷり補充するクセがついていた。


ルイは強い。ルイにしか頼めない魔獣退治の依頼がたまに飛んでくる。その仕様はとても単純で、「世界で一番強い魔女様助けてください」と唱えるだけで、声が紙飛行機になってルイの元に届くのだ。


何とも悪趣味な呪文か。けれどこの呪文ひとつで真実助けてほしいという願いと、悪意ある願いを簡単に判別出来る。言葉には感情が必ず宿るからだ。


ログハウスのすぐ横にある、小さなログハウス型ポストに入りきらない紙飛行機が溢れ落ちている。ポストの足元には小さな雪だるま、その頭の上にも、紙飛行機がひとつ。


「よし」

ふんぞり返ってルイは手のひらに出したコンパクトを開く。丸い鏡の中にベルダがいる。


「いくのか」

「うん。回収して。」


鏡の中にポストが映り、紙飛行機と雪だるまが消える。

「良いぞ。一番近いのは山脈を超えたベヌアヌ谷だな。」

「んじゃ。まあ、いつも通り。」

グレーテルの髪を撫でるルイの手は優しい。


ログハウスのドアを開けて、朝の眩しい日差しの向こうにルイが蜃気楼のように消えていき、パタリとドアは閉じられた。


朝のルーティーン。グレーテルは顔を洗い、ダイニングテーブルに座る。小さなグレーテルにはまだ少しこのテーブルは足が高い。でも。


「ブレックファスト」と唱えるとグレーテルの目の前に美味しそうな朝食があらわれ、テーブルの高さもグレーテルにちょうど良く調節される。テーブルの足が猫脚のようにぐにゃりと曲がる。


「ブレックファストをお願いします。」

グレーテルが唱えると、熱々のココアとサンドイッチが出てきた。卵と、ハムサラダ。

「いつもありがとうございます。」

グレーテルは手を組み、感謝を告げてから食べ始めた。


食べ終えて「美味しかったです。お片付けをお願いします。」とグレーテルが唱える。「片付けて」だけでもいいのだが、グレーテルは必ず美味しかったとつける。そうすると汚れた皿が片付けられて、ガラスの器にアイスクリームが出される。


このアイスクリームがグレーテルは大好きだった。ルイの手作りだからだ。


ルイが疲れた時のちょっとしたご褒美アイスだったのだが、ダイニングテーブルが勝手にグレーテルにあげてしまうので、ルイが食べたい時には無いといった事が重なった結果、ルイはこれでもかという量のアイスクリームを作るようになり、ダイニングテーブルは自身に備え付けられた異次元ポケットに嬉々として吸い込む。なぜか懐かしさの感じるシャーベットのようなアイスクリーム。


いつかこのダイニングテーブルの由縁(ゆえん)について語る日がくるのだろうが、今ではないらしい。


「いつもありがとうございます。」

そうしてグレーテルが食後のお祈りをすませ、立ち上がるとサクサクと目的を持って歩いていく足取りに、シトロンは首を傾げ、ついて行く。


ピタリ

ルイの寝室のドアの前で止まるグレーテル。


「シトロン。約束してください。今から貴方が見ることはルイに内緒にしてください。」

「約束はできない」

「なぜですか?」

「ハーレ様に問われれば話す」

「、、、。なら、問われるまで話さない事は出来ますか?」

「それならば構わない」

「ではそのようにお願いします。」


ぺこり。ぺこり。

お辞儀をし合うグレーテルとシトロン。


カチャ

お姫様のベッドルームのようなルイの寝室。ドアを開けて入るとその一角に異様な存在感を放つ大きな鏡がある。


「鏡の(かた)、出てきてくださいベルダ。」

「、、、増えた」

ベルダはグレーテルと並び立つシトロンを見て呆れて言う。


「すいません。シトロンはここに住んでいますので、内緒にするのは難しいと思い、連れてきちゃいました。」

「住むというか、取り憑くというか、、、うーん、連れてきたからにはしょうがない。シトロン。一蓮托生、という言葉を知っているか。もはや私達に逃げ道はない。しかと心得よ。」

「、、、。」

シトロンは無反応である。

「「、、、。」」

シトロンの反応を待つグレーテルとベルダ。

たっぷりと時間をかけて、シトロンが反応を(しめ)す。

「、、、、、、、、わかった。」

「本当にわかったのか?」

「ベルダ、シトロンはルイから聞かれなければ話さないと約束してくれました。とりあえず始めてください。」


ただユラユラと漂うオレンジ色の大精霊に睨みをきかせるベルダだが、その顔がぐにゃりと歪む。


鏡に、ベヌアヌ谷の村の村長と話すルイの姿が映された。

「なるほど、、、いい趣味だ。」

シトロンが顎をしゃくる様に呟く。


「、、、声が聞こえない。」

「がっつくな。チャンネルと声量の調整は同時に出来ん。」

「ハーレ様の顔の映りが悪いぞ、早く合わせろ。」

「グレーテル!此奴(こやつ)を黙らせろ!」

「お二人共、お静かに。」


意外と盗撮に乗り気なシトロン。

珍しく饒舌(じょうぜつ)なベルダ。

グレーテルは鏡に映し出されたルイの横顔を見ながらほっと息をついた。


寝室の窓から小鳥達の(さえず)りが、おはよう、おはようと言っているように聞こえる。


長い一日になりそうな、ある晴れた雪の日だった。

「年寄りの朝は早い」

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