留学生が英語で俺にデレているんだけど、なんでバレてないと思っているんだ?
「はあ、貴方って本当にバカね。もう」
「おいおい。そこまで言わなくていいだろ。たかがレポート忘れたくらいで」
「たかがですって? これだからダメなのよ。忘れ物なんて、私の国なら授業受けられないのよ?」
そう言葉を発しているのは、留学生のソフィー・ブラウン。
彼女はイギリスからの留学生で、今は日本の大学に来ている。
俺とは同じ授業で隣の席になったころからの縁であり、そこからちょいちょい話すようになった。
ソフィーは留学生ではあるものの、日本語はとても上手だ。
時々俺よりも上手なんじゃないかと思うような時もあるほど。
授業の成績もほとんどがAかSを取っているし、地頭がいいんだろうな。
まあ自分が優秀なだけに、他人にもそれを強要するところはあるのだが。
「ユートも真面目になりなさい」
「わかってるよ、ソフィー」
俺はそう返す。
俺は佐々木優斗。日本人の大学生だ。
理系の大学に通う平凡な学生である。
他と違うところと言えば、イギリス人の留学生と仲がいいところぐらいかな。
彼女とはお昼ごはんを共にしたり、休日には一緒に遊びに出かけたりする。
ソフィーからは名前の優斗の『う』を伸ばして『ユート』と呼ばれている。
なんでもこの方が呼びやすいのだとか。
そしてそのソフィーだが、日本語が堪能とはいえまだイギリスにいた頃の癖で時々英語が出てしまう。
お礼を言う時に「ありがとう」ではなく「Thank you」と言ってしまったり、驚いた時には「Oh!」と大きな声で言ったりする。
どうやらふとした時に無意識で出てしまうらしい。
十八年も英語圏で暮らしてきたのだ。いきなりそれをやめるというのも完璧ではないのだろう。むしろ基本的に日本語を話すことができていることがすごいことだろう。
しかし、そんなソフィーも無意識以外で、意図的に英語を使ってくる場会が存在した。
「全く。本当バカ」
俺に呆れたソフィーはそう言ったあと
「But such a place is also cute」
と付け足した。
「……」
「なに? そんな顔して」
「いや。なんでもない」
「ふーん。何でもないならいいけど。ふふ♪」
ソフィーは得意げな顔してこちらを見た後、にっこり笑う。
そう。
このソフィーは時々、俺と話している途中に英語でデレてくるのだ。
これは今に始まったことではない。
初めて会った時から一週間くらい後だろうか。
互いに日本語で話していたら、急に英語で
「Thank you for always talking with me. I’d like to talk with you more」
と言ってきた。
意味は、『いつも私と話してくれてありがとう。もっと話したい』である。
この時は感謝を述べられて嬉しかったが、日本の英語教育の弊害か俺は英語で返すことができなかった。今から思うと日本語で返せばよかったのだが、その時は英語で言われたのだから英語で返さなきゃいけないと思い、あわあわするだけだった。
そしてそんな俺の様子を見て、ソフィーはしてやったりという笑顔を浮かべたのである。
そのままソフィーは何事もなかったかのように日本語で話を続けた。
その時、俺は彼女の態度を少し不可解に思った。
だってそうだろう。脈絡もなく英語で感謝を述べていながら、そのことをなかったかのように話を続けているのだ。
意味が分からない。
これらがどういうことかわかるのは、少し後になる。
その後もソフィーは日本語で話している途中で事あるごとに英語を使ってきた。
食事中に醤油を取ってあげた時。
彼女はありがとう、といった後にニコニコしながらこう付け足した。
「You are really kind. I’d like to be together forever」
意味は『本当に優しい。ずっと一緒にいたいな』である。
休日に動物園に一緒に行った時。
ライオンを見ながら彼女はふと呟いた。
「I’m happy to date with you on a holiday. It may be exposed that I like you」
意味は『休日にデートできるなんて嬉しい。貴方が好きなことばれちゃうかも』である。
俺の家に遊びに来た時。
日本語では「狭い部屋ね」と呟いていたが、一緒に遊んでいるとこう言った。
「When we are together like this, we seem to be a married couple.」
意味は『こうして一緒にいると夫婦みたいね』である。
最初の頃はからかっているのかと思った。
俺たちは気づかないうちに付き合っていたのかとも考えた。
でも違う。
ある時ソフィーはこう述べたのだ。
「I always say that I like you, but you don’t find that you are told so」
意味は『私はいつも告白して好きだって言ってるのに、君は気づかないね』ということである。
そのとき初めて俺は彼女の真意がわかった。
ソフィーはなんと、『英語でデレているけどそれに気づかない俺』を見て遊んでいるのだ。
どういうことかわからないだろう?
俺もわからない。
だって俺は普通に英語がわかるのだ。
そりゃロシア語とかドイツ語だったらわからなかっただろう。
仮に第二外国語としてそれらを取っていても、ロシア語で話していることを聞き取ることはできないに違いない。
だがソフィーが話しているのは英語だ。
英語。世界共通語。
多くの人が学ぶ言語だ。
もちろん日本人もそれは例外ではない。
大学生ともなれば、理系文系関係なく受験で英語は学んでいる。
当然何を言っているのか理解することはできる。
日本の英語教育なめんな、という感じだ。
俺も話すことはできないが、英語を聞き取るくらいのことはできる。
しかもソフィーは発音も綺麗だから、実に聞き取りやすかった。
しかし彼女は俺が英語を聞き取ることができることを知らないのか、英語で何度もデレてきている。
ある時は話の途中で、
「I’d like to go steady with you. Anyway, I say that I like you many times, but you don’t notice my feelings.」
意味は『貴方と付き合いたいな。それにしても何度も好きだって言ってるのに、気づかないなんてね』
ある時は授業で隣に座っている時に、
「Oh, I would like you to confess the love to me. If I’m confess the love from a man who sits next to me now, I accept his love.」
意味は『あーあ。告白してほしいなー。今隣の席の男の子に告白されたら、付き合っちゃうのになー』
そしてまたある時は出会いがしらに、
「Hi Yuto. I love you」
意味は――ていうかこれに関してはもう英語がわかるわからないという次元じゃないだろ!
I love youが通じない国なんて地球にないわ!
異世界にでもやってきたと思っているのかこいつは!
日本は地球だ!
と、まあこういう感じなのだ。
彼女の発言を放置することもできたが、いい加減じれったい気持ちもあった。
というわけで、授業が終わった後、ソフィーに言葉を返す。
「まあ英語の内容全部わかってるんだけどね」
「…………へ?」
それを言われたとたん、ソフィーは茫然とした。
ポカーンと口を開いて固まっている。
「え? いまなんて言って……」
「だから、英語の内容わかってるんだって。授業前も『そういうところが可愛い』って言ってたろ」
「う、うそ。もしかして今までの全部――」
「わかってるよ。何十回も告白してきたよね」
「うそよ!?」
ソフィーは大きな声でそう言い、頭を抱える。
「なんでバレてたの……? どうしてこんなことに……」
「逆に何でバレてないと思ったの?」
「だ、だって。日本人は英語の読み書きは得意だけど話したり聞いたりするのは苦手だって聞いて……」
「そりゃ話すのは苦手だよ。俺も英語で会話しろと言われても困るしな。でも聞くことはできるぞ」
「うそ!?」
ソフィーは頭から手を外してこちらを見た。
「本当だよ。リスニングは得意なんだ」
俺は逆にこいつの驚きように驚いている。
はっきり「I love you」って言ってたろお前。通じないとでも思っていたのだろうか。
「嘘よ嘘! そんなのってない! You’re kidding me!?」
「残念だけど本当なんだよなあ」
ちなみに『You’re kidding me』とは『嘘だろ』という意味だ。
これはデレているのではなく、感情が高ぶって無意識に英語になっているのだと思われる。
「ていうか皆も気づいてたよ?」
「ええ!?」
「だよね?」
俺がそう言って振り返ると、教室の面々は気まずそうな顔をしながらも頷いていた。
「あ、ああ……」
「そりゃあ、な」
「うち国立だしね……」
「みんな英語は基本的にできるよな。センターでリスニングもあったし」
「俺TOEICの点数850点」
「私英検準一持ってる」
「しかもソフィーさんってすごく発音綺麗だから聞き取りやすかった」
「だよな。あんな綺麗な発音で言われたらそりゃ聞き取れるわ」
「むしろ聞かせてたんじゃなかったの?」
「イチャイチャしてんなーって」
「イギリス人ぱねえなほんと」
「先生も気づいてたぞ。教卓まで聞こえてた」
みんなが次々に言ってくる。
どうやら教室の全員がソフィーの言葉の内容が分かっていたらしい。
先生すら知っていたらしい。
ソフィーが俺のことを好きだということをばれてないと思っていたのは、ソフィーだけだったようだ。
「じゃ、じゃあなんでみんな言ってくれなかったの!」
「「「すごく情熱的なカップルだと思ってた」」」
全員が口をそろえてそう言った。
「は、はう……」
ソフィーが顔を真っ赤にして下を向く。
恥ずかしさが頂点に達したようだった。
「ソフィー」
彼女の名前を呼ぶ。
「な、なに。ユート」
「今の状況、日本語では穴があったら入りたいって言うんだぞ」
「うるさい! ユートのバカ! 最低!」
ソフィーは顔を真っ赤にしながら俺の肩をペシぺシ叩いてきた。
「またいちゃついているよあの二人」
「もう日常茶飯事だよな」
「気づいてなかったのソフィーだけだよね。もう気づいちゃったけど」
教室の人たちが散々言ってくる。
それを聞いて、彼女の顔の赤みは止まらない。
「うううう! ううううう! そうよ大好きよ! 私はユートのことが好きなの! なによもう。悪い!?」
ついにキレ始めた。
「落ち着け。ソフィー」
「落ち着けるわけないでしょ! もう返事して! 今ここでして! あれだけ長いこと告白されてきたんだからもう気持ち決まってるでしょ!」
「わかったよ」
本当は二人きりの時に返事をしたかったのだが、彼女が望んでいるから今ここで返事をする。
「俺も好きだよ。ソフィー」
正直な気持ちを彼女に言った。
「えっと。それは、友人としてじゃなくて……?」
「もちろん恋人としての好き」
「ユート!」
ガバっとソフィーは俺に抱き着いてきた。
「ソフィー!?」
「ユート。私も好き! 大好き!」
「わかったからちょっと。皆見てるし」
「やだ。私に意地悪をした罰だから。このまま抱き着く」
「ちょっと待ってくれ。この後も授業が」
「Shut up. You just have to be silently kissed」
ソフィーは耳元でそう呟いて、俺に唇にキスをした。
日本は地球だ!っていうツッコミが、意味わかんなくて逆に好き。
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