森のともだち
初めまして。花村輝莉です。
読む専門でしたが、細々と書いてみることにしました。
どうかお手柔らかにお願いします。
6/25から大幅な変更をかけました。
手にしていた本の隙間に太陽の光が零れ落ちる。
その光を追いかけるように、本から顔を上げるが、生い茂る木々のせいで青空は見えなかった。
大海原のような真っ青な空を隠す木々は、まるで森の中に大切なものを閉じ込めているようだった。
私は、読みかけの本を膝の上に乗せると、木に凭れ掛かりながら息を吐きだした。“私”がこの森で暮らし始めてからもう少しで二年になる。初めは違和感を覚えていたコロコロとした笑い声も草花の合奏も、今では耳に馴染んだメロディーになっていた。
“私”は、元々はこの世界とは別の世界にいたらしい。あいまいなのは、“私”として覚えていることは、サナという自分の名前ぐらい。でも、この世界での“僕”自身のことも私は何も知らない。
『ノア、どうかしたのか?』
呼ばれた“僕”の名前に、思考の中に埋もれていた自我を浮かび上がらせる。私は、声の主である横で寝ころんでいた白狼の頭をそっと撫でた。
「なんでもないよ。ちょっと考え事をしてただけだから。」
そういって笑って見せると、私の笑みをかき消すように強い風が吹き上げた。私の緩く結わいていた純白の髪が揺れる。目についた白が“私”は“僕”であることを実感させる。
二年前。
この森で突然に始まった私のストーリーには、“私”はサナで“僕”はノアであること、そして“僕”と契約をした聖獣である白狼のヴィティのことしか情報がなかった。ここに存在してるのに、“私”に関する記憶も“僕”に関する記憶も何も思い出せない、からっぽな自分が怖くて仕方なかった。
『そうか、何かあるなら話ぐらいなら聞いてやるから。我慢するなよ。』
怖くて涙を流すたびに、ヴィティがそばにいてくれる。そして、もう一人。
「ノア、帰るぞ。」
少し離れたところに立つ彼の名前はレイル。私の両親に恩がある、そんな理由で私を引き取り、この森で大切に育ててくれた。記憶を無くし、すべてのものを拒絶していた私に向き合い続けてくれた二人がいてくれるから、私は空っぽな私を受け入れることができたのだ。
『ノア、もう帰るの?』
コロコロとした声に視線を落とすと、私の傍で遊んでいた精霊たちが寂しそうに私を見上げていた。先ほどまで素敵なメロディーを奏でていた草花も演奏を止めていた。
「今日はもうおしまい。また、遊びに来るから。」
私は、膝の上に広げていた本を閉じるとヴィティと一緒に、レイルおじさんの所へ足を進めた。森の精霊は、見た目はかわいいけどわがままで勝手なところがある。あんまり優しくしすぎると、痛い目にあうことはこの二年の間に身をもって学んだ。
「お待たせしました。」
レイルおじさんは私の頭をクシャリと撫でると、そっと手を握ってくれた。反対側には、ヴィティが寄り添ってくれる。
私は、今十分幸せだ。