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秘密の恋

作者: 木原式部

前に某サイトの短編小説公募で入賞したことがある作品です。

そのサイトが閉鎖してしまい、再掲載がOKとのことだったので、小説家になろうさんの方に移動することにしました。

「じゃあ、これ、倉庫にしまっておいてくれる? 悪いね」

 上司の林課長はそう言うと、私に背を向けて部屋から出て行こうとした。でも、ふと思いだしたようにメモ用紙に何か書くと、私が持っている書類の上に置き、今度こそ部屋を出て行った。

 私は林課長が置いていったメモ用紙に目を通した。


 ――今日の19時、いつもの場所で。


 私はメモ用紙に書かれた文字を読みながら、思わず表情を緩ませた。




 こんな風に仕事帰りに待ち合わせるようになって、どれくらい経つだろうか?

 私は今の部署に配属になる前から、林課長のことが密かに好きだった。でも、部署が違うし7歳も年上で接点がないし、何よりも消極的な性格の私はただ憧れの眼差しで林課長を見ているだけだった。


 ある日、私の元へ林課長の部署への移動の辞令がやってきた。私はこれで林課長に接近できるかもしれないと思って、胸を弾ませながら部署を移動した。

 でも、淡い期待はすぐに消えてなくなってしまった。一緒の部署に移動になったというのに、なかなか接近のチャンスは巡って来ない。私の消極的な性格もジャマして、仕事以外の話題で林課長に話しかけることがなかなかできなかった。


 林課長の部署に移動してから数日経った頃、私の歓迎会と私と入れ替わりで退職することになったスタッフの送別会が同時に行われることになった。私は林課長に近付ける絶好のチャンスがやってきたと思って、歓迎会を心待ちにした。

 歓迎会当日、私はドキドキしながら会場のお店へ足を運んだ。でも、くじ引きで決められた席は林課長から離れてしまったし、他のメンバーとも打ち解けて話すことが出来ず、歓迎会は淋しい気持ちのまま終わってしまった。

 このままではいけない、と私は思った。このままでは、ずっと好きだった林課長との距離は縮まらないままだ。


 歓迎会がお開きになった後、私は思い切って林課長のうしろをついて行った。そして、最寄り駅の近くで偶然を装って声を掛けた。

 あまりにも緊張していたので、林課長にどんな言葉をかけたのかは忘れてしまった。林課長が意外そうな表情をしたことだけは覚えている。でも、思い切って声をかけたおかげで電車が来るまでの間、私は林課長と楽しくおしゃべりすることができたのだった。

 私は林課長と笑顔で別れた後、勇気を出して声をかけてみて本当に良かった、と思った。自分のしたことでこれほど良かったと思ったことはなかった。


 歓迎会の夜以来、私と林課長は親しくおしゃべりできる仲になった。廊下でちょっとすれ違った時に何気ない会話をしたり、仕事終わりに駅まで一緒に帰ったり……と、私と林課長の距離は急速に縮まって行った。

 そして、私は林課長から休みの日に一緒にどこかへ行こうと誘われるまでになった。

 ただ、二人で出かけるようになっても、私たちは会社では「上司と部下」という関係を崩さなかった。社内恋愛を禁じる規定はなかったが、やっぱり上司と部下が付き合っていることを口外するのはよくないから秘密にしよう、と林課長から提案されたのだった。

 私は林課長の言葉に頷いた。正直、誰かに恋人が出来たことを言えないのは残念だったけど、自分と林課長だけが「秘密」を共有しているのは何だか嬉しかった。私は林課長との秘密の恋を思いっきり楽しんだ。


 でも、そろそろ秘密の恋を楽しむ時間もおしまいだ。

 この間、私はとうとう林課長からプロポーズされたのだ。

「結婚式の日取りとかいろいろと決まったら、正式に会社のみんなに報告しよう」

 林課長は私に笑顔でそう言った……。




「どうしたの? ボーッとして」

 私が書類を持ったまま林課長の置いていったメモ用紙をいつまでも見ていると、不審に思ったのか同僚が話しかけてきた。

「ううん、何でもない」

 私は同僚に答えると、再び林課長の置いていったメモ用紙に目を落とした。


 ――赤いファイルはAの棚、青いファイルはBの棚にしまって。


 私はメモ用紙の文字を読んでため息を吐いた。本当は林課長と待ち合わせなんてしていないんだ。

 私が歓迎会の日に思い切って声を掛けていれば、林課長と上手く行っていたのだろうか? いや、声を掛けてもダメだっただろう。だって、林課長はもうすぐ結婚する。私の歓迎会の時に一緒に送別会をやった、あの女の人と……。


 もう、林課長が私に振り向いてくれる日は来ないだろう。でも、もう少しだけこの秘密の恋を楽しみたい、と私は思っている。

 せめて、私に別に好きな人が出来る日までは。

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